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    めぐらぬ

    ホームズさんとワトスンさん|ジャック・オーブリーとスティーブン・マチュリン
    あまり性愛を重視していない

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    めぐらぬ

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    2019年6月の作。
    その後本編を読み進めた結果、ジャックさんは普段から髪の毛を編んでいるような気がしています。

    ##A&M

    Aubrey&Maturin:tie-mate きみの髪は、と、頭の後ろでスティーブンが言った。
    「うん?」
    「きみの髪は、金というより黄色だな」
     振り向こうとしたジャックの動きを制するように、こめかみのところで髪にもぐりこんだ指が、耳の後ろを通って首を渡る。するりと毛先を抜けて、着古したシャツ越しの背中に指先の丸い感触が落ちた。
     髪をくしけずるスティーブンの手にされるがまま、生物の体毛の色に関する講釈でも始まるのかと大人しくしていたジャックは、しかしそのあとに続く声がなかったので口を開く。頭の天辺から後頭部に向けて下りてきた指の腹が、小さな縺れに引っ掛かって止まった。
    「子供の頃は明るい色だったらしいんだが。母親譲りだとかでな」
     ふうん、と嘆息と大差のない相槌を返して、スティーブンの指が二度、三度と同じ動きを繰り返す。指先の捉えた引っ掛かりをあやすようにしてほどいたあと、再び毛先まで撫で下ろすようにして梳いていく。
     海の上で日射にさらされ続けたジャックの髪は、スティーブンの言う通り鈍い黄色だ。雨に濡れては風に吹かれるまま乾き、泳いで海水に浸されたあと特に洗われることもなく自然と乾くに任され――日頃から頓着せぬ扱いを受けているおかげで、指を通すと微かにきしむ。普段は後ろ頭で束ねて済ませることも多く、きちんと編むのと言えばそうする機会があるときだけのことだ――たとえば、今日のような。
     その数少ない機会に髪を編む作業を頼まれ、それがもう何度目かになるスティーブンの動きは、彼の元々の器用さもあってか慣れたものだ。痛んだ髪に手櫛を入れ終え、両手の内でひとつに束ねて、量の均等な房に分ける。耳の近くに残った金糸をすくいあげてまとめる手付きは、複雑な外科手術をやってのける医者の精緻さというよりも、巣作りのために素材を集める野性動物の甲斐甲斐しさを思わせた。
     ふっと笑いそうな呼気を抑えようと、ジャックは無理矢理に話を続ける。
    「士官候補生をやってた頃も、まだそんな色だったんだろうな。『金髪ちゃん』なんて渾名を付けられたもんだ」
     スティーブンの指が、ジャックの首の後ろで分けた髪の房を交差させる。編み始めにくんと引いたとき彼の意図した以上の力が籠ったことにジャックは気付かなかったし、それはジャック、未だに呼ばれているぞ、という一言が背後で呑み込まれたことにも気付かなかった。スティーブンは素知らぬ顔でひとつふたつと編み目を作り、
    「きみの“下積み時代”のことか」
    「ん? ああ、いや、どうだったかな……」
     その言葉が何を指しているかすぐに理解して、ジャックは遠い記憶を思い返した。
     早朝の甲板掃除、狭い下甲板ローワー・デッキでの生活、一人十四インチだけ与えられたハンモックのスペース。毎日高みまでのぼっては下りてを繰り返す毎日の中で、ジャックの明るい気質もあって、水兵たちと親しくなるまでにはさほどの時間も掛からなかった。
     あの時期は、日曜の礼拝のために仲間と二人一組になって髪の結い合いもしたなと思い出して、ふとジャックは後ろを振り向く。折よく背中の方まで黄色い髪を編み終えたスティーブンが端を結わえて離してやると、一本の弁髪ピグテイルがぴょんと艦長の背中で跳ねた。
    「ジャック?」
     終わったぞと空の両手を見せられて、それでもジャックは視線をスティーブンの顔に据えたまま、右手を伸ばして自分よりもずっと低い位置にある頭に触れる。意味が分からずされるがままになっていたスティーブンは、頭を撫でるような動きに何も意味がないことを察すると、苦笑しながらその手を掻い潜るようにして頭を逃がした。
    「きみの髪が長けりやあ、ぼくが編んでやるんだが」
    「僕が? 水陸両用のままでいいよ、かつらもあるし」
     ジャックや他の船乗り達の髪よりもずっと短い、艦上での生活が何年目になっても変わらず短い自分の髪に手指を通したスティーブンが、立ちながら言う。それからジャックの顔に何を見たのか、一度動きを止めた。用が終わっても半端に腰掛けたままでいたジャックの背中が、とんとごく軽い力で小突かれる。
    昼食ディナーが終わったら、コーヒーに付き合ってくれないか。それから音楽も」
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