「実際のところ何があったのか、もう聞かせてくれても良いんじゃあないかと思うんだが」
ホームズが前触れなく口にした言葉の意味するところを掴みそこねて、私はパイプを持つ手を止めた。
私の向かい側に、いつもの肘掛け椅子に座ったホームズが居て、彼もまたパイプを手にしている。灰色の瞳は何かを咎めるように鋭く細められ、私は何のおぼえもないのに、なにがしかの罪を隠しているような居心地の悪さを感じた。
何の話だと問う前に、ホームズが左の手でトンとサイドテーブルの上を叩く。雑然と積み上げられたさまざまな本の一番上には、分厚い紙の束が載っており、ホームズの長い指が繰り返し叩いて示しているのはその紙の束だった。私にも見覚えのある束で、それは先日書き上げたばかりの新しい原稿だ。まだ世に出すつもりはなく、けれど書き上げたときの倣いとして、試しに読んでみてほしいと彼に頼んだものだった。
昨日は一日中科学実験で忙しくしていたようだが、早くも読んでくれたのだろうか。私の頭に浮かんだ考えを読み取ったように、「読んださ」とホームズが言った。
「いつもに増して主観的描写の多さが目についたが、まあ君の体験が主なのだから許容範囲と言えなくもないだろう。一人の人間の冒険譚としては特筆して酷い出来ということもない、君の読者は面白く読むんじゃないか。関係者の取り扱いに関しては――」
指先が紙を叩く規則的な音を背景にして、立て板に水を流すように続いていた品評が、ふと途切れる。ホームズの両眼がちらりと私を見て、それから窓の方に流れた。
「――まあ、君はまだ公表する気がないんだったか。今すぐ世に出したところで問題はないと思うがね」
何年も前に絞首台にのぼった人間ばかりだ、と言いたいところを堪えたのだろう、ホームズが口を閉じる前には妙な沈黙があった。
そして一度口を閉じた彼は、私が了解と謝意を籠めて頷くのを見てから続ける。
「それで、マッティー・ギャロウェイとは?」