赤ずきんパロ むかーしむかし、あるところにスカラビアの森がありました。
そこには、毎日宴やマンカラをしながら仲睦まじく暮らすスカラビアの民達が大勢いました。
その中でも一際大きな豪邸が、カリムとジャミルの家。
赤ずきんカリムと従者ジャミルの物語、始まり始まり。
「おーい、ジャミル!アズールが風邪引いたらしいから、俺、見舞いに行きたい!」
「ダメだ。どうせ見舞いの品目当てか店への融資勧誘に決まってる」
ズバッと言い捨てるジャミルにカリムは困ってしまう。ジャミルはどうもアズールへの当たりが強い。
キッチンからいい匂いがしてきて、腹がキュウっと鳴いた。
「でも、今回は本当かも…」
「どう考えても嘘だろ」
「うーん、そうか…?」
「そろそろ朝飯にするぞ。手を洗ってこい」
「分かった。今日の飯は何だ?」
「席についてからのお楽しみだ。ほら、早く行ってこい」
ジャミルはもう朝食を盛り付け始めていた。
慌てて洗面所に行って手を洗う。
ジャミルはああ言ってたけど、やっぱりアズールが心配だ。でも見舞いに行かないように言われたしな…うーん。
「飯の準備できたぞ!」
「わわっ、今行くっ!」
考えるのはまた後だ。
足早にジャミルの待っているだろう食卓に向かった。
「はー、ご馳走様でした。やっぱりジャミルの飯は美味いな」
「お粗末様、当たり前だろ」
「ははっ、そうだな!」
当然だと胸を張るジャミル。その当然ができない俺は、何度でも感想を言いたくなってしまう。
「なあジャミル、アズールの」
「ダメだ」
「でも」
「やめておけ。見舞いの品なら郵送で送っておくから」
どうしても折れてくれないジャミルに困ってしまう。
オクタヴィネルの森は、ここから歩いて20分程度。その距離でも見舞い品を郵送するのはちょっと冷たい気がする。
「今日は皆んなとダンスの練習だろ。ほら、行ってこい」
「うん…」
友人の見舞いにも行けないと思うと、少し気持ちが沈んでしまう。
何かいい方法はないか、と頭を捻りながら広場に向かう。
「寮長、おはようございます!」
「っ!もう着いたのか…おはよう!」
あーでもない、こーでもないと考えていたら、いつの間にか広場に到着していたみたいだ。
「寮長、具合でも悪いんですか?なら無理しないほうが」
どうやら心配を掛けてしまったようだ。寮生たちの視線をいくつも感じる。皆んな優しくて良い奴らばっかりだ。
「心配しなくて大丈夫だ。あのなーーー」
アズールが怪我をしている事、見舞いに行きたいがジャミルから行くなと言われている事を手短に話すと、皆んな真剣な表情で聞いてくれた。
「そーゆー事で、どうしたもんかなと思ってさ」
病気なら移ると危ないという言い分も立つが、今回は怪我。少しくらい様子を見に行きたい。
「あっ、あの、俺のユニーク魔法なら何とかなるかもしれませんっ!」
「ん?なんだ」
「あのですね…」
恐る恐る、といった様子で話す寮生に皆んなで耳を傾ける。
ヒソヒソと告げられたそのユニーク魔法。皆んなは首を傾げて悩んでいたけど、俺はとっても面白くて、今の状況にピッタリな魔法だと思った。
「お前のアイディア、俺はすごく良いと思う」
「でも寮長、」
「物は試しって言うだろ。大丈夫、やってみようぜ!」
心配そうな寮生達に笑いかけると、寮長がそう言うなら…と納得してくれた。
「へへっ、皆んなでジャミル、騙してみようぜっ!」
浮き足立ったような寮生達にウインクをすると、楽しそうな歓声が上がった。
ジャミルに悪巧みする、なんて初めてだ。なんだかドキドキしてきた。
頭に浮かんだジャミルを振り切るように、提案してくれた寮生に向き直る。
「じゃ、よろしく頼むな」
「はっはい、ではーーー」
その寮生がマジカルペンを構えて呪文を唱えると、ふわっとした光に包まれた。柔らかい光はスゥっと消え、俺はーー。
「寮長可愛いですっ!」
「さすが俺たちの寮長!!」
「え、え?俺、どうなったんだ」
寮生達の褒め称える声と足がスースーとする感覚。
変身魔法、そう聞いていたからこの中の誰かの姿になるもんだと思っていたが、どうやら違うらしい。
自分の格好を確認しようと服を摘んでみても、全体はよく見えない。俺の様子を察してくれた寮生が手鏡を貸してくれて、漸く自分の全身が見えてーー。
「はぇあっ!?!?」
思わずおかしな悲鳴が出た。
鏡の中の俺は、紅い頭巾を被り、首元でリボン結びにして留めていた。頭巾の下は髪が伸びていて、緩い三つ編みを赤いリボンで結んでいる。
そこまではまだいい、問題はスカートだ。
膝丈のスカートは、いわゆるエプロンドレスというやつだろうか。エプロンをめくってみるとワンピースだった。白いタイツに紅いパンプス。
「おい、これって…」
女装、と続けようとしたところで寮生達からまた賛辞の声が聞こえてきた。
でも、しかし、うーん、女装は…。
この姿はどうなんだろうかと悩んでいると、ユニーク魔法をかけてくれた寮生と目が合った。不安そうに瞳を揺らしている。きっと俺が悩んでいたせいだ。
大丈夫だぞ、そう言う意味を込めて笑ってみせる。
頭巾で顔は隠れるし、後ろ姿は女にしか見えないだろう。そう考えると案外悪くないかもしれない。
「ありがとな!後は頼んだぞ、皆んな」
「はいっ!寮長になりきって副寮長騙してみせます…!」
心強い声援を背中に受けて、俺はオクタヴィネルの森に向かった。
手には土産を入れたカゴのバッグ。果物がたくさん入っている。
「アズール、喜んでくれるといいな」
一人でこの森を歩くのは初めてだ。穏やかな動物の鳴き声が遠くから聞こえる。
しばらく歩いていると、木の影に人が立っているのが見えた。誰だろう、とジッと目を凝らすと、そこにはシルバーが居た。
「何やってるんだ?」
「…っ?ああ、カリムか。どうやらうたた寝していたようだ…」
「ハハッ!相変わらずだな、シルバーは」
目を抑えるシルバーに、肩に乗っている小鳥がチュンチュンと話しかけている。動物に好かれているのも相変わらずで羨ましい。
小鳥に向けられていた視線が、ゆっくりとこちらに向いた。
「一人か?」
「おうっ、アズールの見舞いにちょっとな」
手に持ったカゴを見せると、納得したように頷くシルバー。
「それならこの先の花畑で花を摘むといい。きっとアズールも喜ぶだろう」
「花か…確かにそうだ。ベッドの近くに置いたらきっと元気が出るよなっ!そうする。ありがとな、シルバー」
「ああ」
また会おう、と手を振ってシルバーと別れる。
教えてもらった道の先を行くと、そこは一面の花畑。
明るい色ばかりでお見舞いの花にはピッタリだ。元気が出るように、黄色や赤、オレンジの花を少しずつ摘んでいく。
夢中になって摘んでいると、だいぶ日が傾いてきてしまった。もうすぐ昼時、ジャミルが昼飯に呼びに来る時間。
「やばい、早く行かないと…!」
急いでカゴに潰れないよう花を入れる。
遅れてしまった分を取り戻すように、駆け足でオクタヴィネルの森に向かったのだった。
「はぁ、はぁ、着いた…おーい、アズール!…は、出れないか…ジェイドかフロイドはいるかー?」
コンコン、とノックをしても反応がない。それでも聞こえていないだけかもしれない、と何回かノックを続けると、キィとドアが開いた。
何も言わずにドアが開くなんて、と思わず首を傾げてしまう。
「誰かいるのか?」
少し警戒しながら家に入ると、バタンッ!!!と勢いよくドア閉まった。大きな音にビックリして、思わず飛び跳ねるようにドアから離れた。そこには勿論誰も居なかった。
警戒を強めて、恐る恐るドアノブを捻ってもガチャガチャと音がするだけで、開かない。
「おーい、誰か居ないのか…?なぁ、」
振り返っても、誰も居ない。きっと双子のイタズラだ、そう気持ちを持ち直して薄暗い部屋の中を進む。
真新しい床を踏み、仕方なくアズールの寝室へ足を進める。
寝室のドアをゆっくりと開けると、そこは真っ暗な部屋だった。部屋の窓際にはアズールのベッド。
ぼんやりと見えるそこには、確かに人の膨らみがあるように見えた。
「なあ、居るんだ、ろ?そろそろイタズラやめてくれよ。なあ…っっ!」
バタンっッ!!!また勢いよくドアが閉まった。
なんだこの家、怖い、怖すぎる。…まるでホラーハウスだ。
ゆっくり、ゆっくりとアズールが寝ているであろうベッドに近づく。
きっとアズールに話しかければこのイタズラも終わるはず、そう信じて。
ベッドの膨らみに手を伸ばす。
「なぁ、アズー、」
「なあカリム、俺の耳が大きくなったのは、誰のせいだと思う」
「…えっ?」
膨らみから聞こえた声。俺が間違えるはずがない、恋人の、声。
「分からないか?ほら、よく見ろよ」
驚いて固まっていると、膨らみから黒い耳が出てきた。
「どうしてこんなに大きいんだろうな?カリム」
「え、ジャミル…なんで」
「どうして尻尾が生えているんだろうな?」
そう言うと、今度は黒くて毛並みのいい黒い尻尾が顔を出した。
なんでジャミルがここに居るのか、なんで耳が大きいのか、尻尾があるのか。そんなの分からない。
ジャミルに分からないことが、俺に分かるはずなんてない。
「くくっ、分からないか?」
「分かん、ない」
底冷えするような、冷たい声。口調だけは弾んでいる。
「そうだろう、そうだろうな。…それはな」
「っっ!!」
音もなくベッドから抜け出したジャミルに押し倒された。
「お前を追いかけるためだよ、カリム」
そう言ってベロリと舌なめずりをした狼男。
抵抗も謝罪も許されず、ガブリと全て食べられてしまった赤ずきん。
それからの2人は、どこに行くにも2人一緒。一切の異論は許されませんでした。
めでたしめでたし。
「っていう夢を見たんだ。ハロウィーンのジャミルがカッコよかったから夢に出てきたのかもなっ!」
「知るか」
おしまい。