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    だいち

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    だいち

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    JKと友達の話。
    朱甘ちゃんの友達が語り手。クラスメイトでアイドルの漫絽ちゃんと友達になれるかな?

    わたしのあなたのすきをしって 触れてしまったら、何かが壊れてしまいそうで怖かった。
     それでも手を伸ばせたのはきっと、君のおかげだった。

     * * *

     志島晶は普通の女子高生だ。甘いものが好きで、数学が嫌いで、ゲームが何より好きな高校二年生。そんな晶には、普通とはちょっと違う友達がいた。
     昼休み、その友達と机を挟んで昼食を摂る。向かい合えば、可愛いその容貌がよく分かる。晶は無意識に、じいっと向かいに座る友達を見ていた。
    「アキ、どうかなさったの?」
    「んーん、なんでもにゃーい」
     友達の名前は倉科朱甘。晶が今まで生きてきた中で出会った、一番可愛い子。初めて朱甘を見た時、物語の世界からお姫様が飛び出てきたのかと晶は思った程だった。。
     朱甘が首を傾げると、左右で色の違う顔の横の髪が揺れる。晶はその様子を見ながら昼食の焼きそばパンを齧った。
     小さな口でお弁当を咀嚼する朱甘を見ながら、晶はぼうっと考える。
     朱甘は可愛いものが好きで、可愛い洋服が好きで、お姫様になりたいって思って努力を重ねている。幼い子が見るような夢を諦めない朱甘は、晶にとって眩しかった。
     そんな朱甘を、一年生の晶はゲームセンターに誘った。自分の好きなものを知って欲しくて、そして、あわよくば好きになって欲しかった。そして、友達になりたかったのだ。
     多分、ゲームセンターに行かなくても友達にはなれた。朱甘はとても優しいから、友達になるのはきっと簡単だ。だけれど、まるで別の世界で生きているような朱甘は、晶にとって近くて遠い存在に感じられてしまったのだ。
     どうせなら近くにいたかった。だから朱甘を晶の世界に招いたのだ。そして最初に考えていたものとは少し違うけれど、朱甘はゲームを好きになってくれた。遠い場所から、近くに来てくれたのだ。
     まあ、まさかシューティングゲームにハマるとは思ってもいなかったけれど。
     そんな風に、お姫様然としながらもシューティングゲーム好きというギャップが付いてしまった朱甘。けれど、晶は少しだけそれが誇らしかった。
     だから朱甘は、晶の一番の友達になった。一緒に過ごす時間が楽しくて仕方がない。こんな風にお昼を食べながら、何でもない話に花を咲かせる子の時間も、晶は好きだった。
     そんな時、がらり、と教室の後ろの扉が開かれた。一拍後に教室が静まり返る。ついさっきまで昼休みの喧騒に溢れていたのが嘘のように、皆が黙りこくっていた。
     そちらに目をやらなくても、晶には誰がやって来たのか分かっていた。このクラスの、もう一人の可愛い子。
     クラスの空気なんて気にしない彼女は、晶の隣の席に腰掛けた。みんなわざとらしいくらいに目を逸らして、意識を逸らそうとしている。
     ──徒然漫絽。アイドルなんていう、人に愛される仕事をしている子。
     けれど晶は、漫絽の事があまり好きではなかった。嫌っているわけではない。ただ、少し漫絽が苦手なのだ。
     一年生の時から同じクラスで、出席番号の関係で隣の席だった。けれど漫絽はアイドルの仕事ばかりを優先して、学校行事でさえろくに来ない。
     だから漫絽は有り体に言えば、学校で浮いてしまっていた。
     だが本人はそんな事気にも止めず、たまに学校に来ても休み時間は一人でスマホを眺めているばかりだった。話しかければ答えてくれる。だが、それ以上は返さない。 次第にどう接すればいいのか分からなくなってしまって、その戸惑いはいつしか苦手意識へと変化してしまっていた。
     それでもやっぱり気になって、晶はいつも漫絽を見てしまう。視界の端にいる真っ白な二つ結びがいなくなってしまうのが、どうしてか嫌だった。
     そうしていると、気付くのだ。普段教室ではほとんど無表情な漫絽が、ごく稀にスマホを見ながら小さく笑みを溢す事に。
     それはメディアでは見せない柔らかく温かな笑みだった。何に向けたものなのだろうと、その疑問が頭の片隅にいつまでも居座るのだ。
     犬や猫の小動物? それとも家族? 友達、は学校の様子を見るにピンと来ない。だがきっと、どれも違うのだろうと晶は考えている。けれどどれだけ考えても、漫絽が笑みを向ける相手は分からなかった。
     今日もまた同じように頭の片隅で思考しながら視界の端っこで漫絽を見ていたら、あ、と声が漏れそうになった。それを咄嗟に飲み込んだけど、多分朱甘には気付かれていただろう。
    「アキ?」
    「ん? どーしたの」
     名前を呼ばれて朱甘の方を見ても、彼女と喋っていても、やっぱり漫絽の笑みとその相手への疑問は、晶の中に居座り続けていた。

     * * *

     晶と朱甘の二人は放課後、よく連れ立ってゲームセンターに遊びに行く。二人ともプレイするゲームは違えどゲーマー同士の仲間意識が少なからずあるのと、友達とゲームセンターに行くのは純粋に楽しいからだった。
     ゲームセンターに着けば、二人は別れてリズムゲームとシューティングゲームのコーナーにそれぞれ向かう。たまに互いのプレイを見たりするが、大抵は一人でプレイしていた。そして先に終わった方がプレイを見に来るなり、自販機前のベンチに座って待っているのが常だ。たまに一緒にプリクラを撮ったりするけれど、二人ともゲームをする方が好きだった。
     今日も晶と朱甘は別れてそれぞれ好きなゲームをプレイした。晶は自分のゲームが終わると、一度シューティングゲームのコーナーを覗く。今日は、朱甘はまだプレイ中だった。晶はプレイを見るかベンチで待つかを考え、後者を選ぶ事にした。
     ベンチに座ってスマホを弄っていると、朱甘がやって来る。今日の成果を報告し合ったり、お喋りをしていると突然朱甘が漫絽の背後を見つめた。
    「あちらにいるの、もしかして徒然さんかしら?」
     そう言う朱甘の視線を追えば、そこには確かに徒然漫絽がいた。晶は大きく目を見開く。
     そうして二人してじっと見つめていたからか、漫絽は二人の方に振り返った。満月のような瞳に見つめられて、晶はなんとなく姿勢を正す。元から綺麗な姿勢でベンチに腰掛けていた朱甘は晶みたいに動く事はなかった。
    「えーっと…… 志島さんに、倉科さん?」
     名前を呼ばれ、ベンチから立ち上がった朱甘が漫絽に歩み寄る。晶はその小さな背中を追いかけながら、考えた。
     まさか名前を呼ばれるとは思わなかった。クラスメイトに興味を持っているとは思っていなかったから、晶の胸中には素直な驚きが満ちていた。
     漫絽に二人で向かい合う。黙っているのもバツが悪くて、晶は何か話そうと口を開いた。
    「漫絽ちゃんもゲーセンとか来るんだね」
    「うん。放課後はレッスンが多いし土日とかは仕事があるからあんまり来れないけど、時間が出来たらよく来るよ」
     そう言う漫絽の両手には、ゲームセンターの獲得袋が提げられている。どちらも特大サイズで、中には二つずつぬいぐるみが入っていた。これを持って帰るのはなかなか骨が折れそうだ。
    「もしかして、徒然さんがみんなお取りになったの?」
    「うん。新しい景品がみんなかわいくてついやっちゃった」
    「すごいわ! 徒然さんは器用な方ですのね!」
    「そうかな?」
     朱甘の称賛に首を傾げる漫絽は、どこにでもいるような女子高生に見えた。けれど漫絽のそれは謙遜ではないのだろう。漫絽は本当に、朱甘が自分を褒めているのを不思議に思っているようだった。
     けれど、普通の女子高生らしく話す二人を見ていたら、晶も少しだけ勇気が出せる気がした。口を開いて、息を吸う。
    「あの、漫絽ちゃん! もしよければ、あのクッション獲ってもらえないかな……? あ、勿論お金は払うよ!」
     晶は少し早口でそう言った。そして言葉が口を滑り落ちていった瞬間混乱した。こんな強情るような事を言うつもりではなかったのに。もっと朱甘みたいに、素直に普通の事が言いたかったのに。
     晶は後悔と自己嫌悪で消えたくなった。
     けれどそんな風に荒れ狂う晶の心なんて知らない漫絽は、分かったと言うと筐体に百円玉を入れた。
     漫絽はスティックを動かしてアームの位置調整をし、こんな感じかな、と呟いてボタンを押す。空々しい声が響く中、三人揃って筐体を見つめる。
     アームはしっかりと景品を掴んだかに見えたが、空中で離してしまった。分かりやすく落胆する朱甘を横目に漫絽はもう一度チャレンジする。
     今度は迷う様子もなくスティックを操作する。そして落下防止のシールドに足の一本を掛け、重心を傾かせる事によって見事クッションを獲得口に落としてみせた。
    「すごい!!」
     晶と朱甘が口を揃えて言っても、漫絽は照れる様子もなくクッションを晶に手渡した。
    「はい、どうぞ」
    「あ、ありがとう」
     晶はきゅっとクッションを抱き締める。とても柔らかいけれど確かに弾力があった。それに少し心の底がざわついて、その理由も分からないまま霧散した。
    「そうだ。二人がよかったらなんだけど、他にもどれか貰ってくれないかな」
     漫絽はそう言って、視線で足元の袋を示す。
    「え、いいの? 漫絽ちゃんが取ったんでしょ?」
    「うん。やってる最中は忘れちゃうんだけど、よく考えたらこんなに取っても置いてあげられる場所がないんだよね。なのについ取りすぎちゃって」
    「和葉くんにはあげないの?」
     漫絽は一宮和葉とハニーダーリンというデュオを組んでいる筈だ。確か二人はとても仲がよくて、漫絽がクレーンゲームで獲った景品を和葉にプレゼントした、というSNSの投稿を見た事がある。
     和葉の名前を出すと、漫絽は少し、ほんの少しだが柔らかく微笑んだ。それは教室で、スマホを眺めている時にたまに浮かべる笑みとよく似ている──いや、同じものだ。
    「流石にはーくんの家にも置いてあげる場所がなくなっちゃったみたいで」
     漫絽は困ったように言うが、その表情はどこまでも優しかった。
    「ねぇ、徒然さん」
     ふんわりと、まさしくそういった音が似合う声色で朱甘が漫絽の名前を呼ぶ。
    「徒然さんにとって、一宮さんってどんな方なの?」
     朱甘のおっとりと訊ねると、漫絽は一瞬だけ目を見開いた。けれどすぐ柔らかな笑顔に戻る。
    「そうだなぁ」
     漫絽はどこか遠いところを見つめるような瞳をして、言った。
    「大好きで、すごく大切で、一番幸せになってほしい人だよ」
     その言葉はきっと、朱甘の問いに答えたものではあるけるど朱甘に向けたものではなかった。多分自分自身で確認するような、そういったものだった。
     それにきっと朱甘は気付いている。晶ですら分かったそれに朱甘が気付かないわけがないから。
     晶と朱甘の向こうを見ている漫絽の言葉はとても優しかったのに、ゲームセンターの喧騒にも掻き消える事はなかった。

     * * *

     ゲームセンターの獲得袋を三人それぞれが持って、駅への道を歩いた。普段二人で並ぶ歩道を三人で歩くのは少し不思議な感じがしたが、三人でするお喋りは悪いものではなかったように思う。歩くとたまに足に当たる袋も、晶の心を少しふわりと宙に浮かせた。
     あっという間に駅に着いて、改札を通る。改札を通って電光掲示板を見て、電車の時間を確認した。すずろは行かなきゃ、と呟いて二人に向き直る。
    「じゃあ、またね。漫絽ちゃん」
    「ごきげんよう、徒然さん」
    「うん。バイバイ」
     漫絽はひらひらと手を振ると、晶と朱甘に背を向けてすたすたと歩いていく。小さなその背中はすぐに人混みに飲まれて、あっという間に見えなくなってしまった。
     またね、とは言ってくれなかった。ありふれたバイバイに感傷を抱く事はおかしいだろう。そう自覚していても、どうしてかその言葉がきゅっと晶の胸を締め付ける。
    「アキ?」
     もう漫絽が見えなくなったというのに視線を外さない晶を不思議そうに朱甘が覗き込む。それに何でもないよ、と返して晶と朱甘もホームへ降りる。
     つい数時間前までは苦手意識を持っていた筈なのに、今は違う感情が胸の内を占めている。苦手意識が全て消えたわけではない。一年かけて積み重なったものが、そんなにすぐ消えるわけがない。だけれど、その中に新たなものが生まれたのだ。
     いつか、いつかでいい。クレーンゲーム以外の、漫絽の好きな事も知りたいと思った。そして、もしも叶うなら。
     漫絽が目の前で笑ってくれるような、晶と朱甘と三人で笑い合えるような。そんな友達になりたい。
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