私だけ、あなただけ「ふうちゃん」
最初にふらむがそう口にした時、楓花は一瞬反応しなかった。だからきっと、自分を呼んでいるのだと分からなかったのだろう。だから彼女が一拍遅れて少し慌てたようにこちらを向いた時、なんとなく気まずくなってしまった。
「いきなりどうしたの? ふらむちゃん」
「なんか、なんかね」
指先でスカートの裾をいじる。なんとなしに口にした呼び方だけど、今さら恥ずかしくなってしまって、この感情を何と言葉にしたらいいのかわからない。
けれど楓花はそんなふらむを急かす事もなく、穏やかな笑みを浮かべてふらむの言葉を待っている。こんな優しいところに惚れたのだったな、とふらむは思い出した。
こんな風になんでもない瞬間に、彼女の好きなところを見つめ直す時がふらむは好きだった。自分でも意識していない時に好きなところに改めて気付くのは、とても幸せな事のような気がしている。
「……恋人っぽいかなって、思って」
考えたって誤魔化す言葉は浮かばなくて、素直にそう告げるしかなかった。どうしようもなく恥ずかしくて頬が熱くなる。
そんなふらむを見て楓花は面食らったような表情をして、そしてその頬に仄かな朱を上らせた。その様が愛らしくて、ふらむの胸がきゅっとなる。
「ふーちゃん」
ぽつり、と楓花がそう言った。それを聞いたふらむの心臓がどきりと音を立てた。その音は止む事なく、耐えず強い鼓動を刻んでいる。
「私達、どっちもふーちゃんなんだね」
ふわりと笑う楓花に、ほんの少し欲が顔を出す。一瞬脳裏に過ったそれが実現すれば、それはとても甘い現実となる筈だ。
「あの、ね。楓花ちゃんが、嫌じゃなければなんだけど」
もじもじと言うふらむを優しい笑みで見つめたまま、楓花は言葉の続きを待っている。
「二人きりの時は、たまにふうちゃんって呼んでもいい?」
楓花はぱちりと目を瞬かせた後にぱっと笑って頷いた。花が綻ぶような楓花の笑顔が、ふらむは大好きだ。胸をぽかぽかと暖かくさせるから。
「勿論、いいよ。私もふーちゃんって呼んでもいいかな」
ふーちゃん、と自分が口にした呼び名と同じものが彼女の口から零れる度、胸が跳ねる。
「うん」
とても嬉しくて、いざ呼ばれてみると思い描いていたよりもその現実は甘くて優しい。二人を包んでいるこの甘さを、きっと幸福と呼ぶのだろう。
「二人だけの呼び方って、いいね」
心臓が忙しなく動いて、ときめきという名の熱を全身に伝えようとしている。一人でそれを抱えているのは難しくて、ふらむはそっと楓花の手を握る。
二人だけに通じるもの。二人だけに許されたもの。その特別なものを共有しているのは、世界で私とあなただけ。