わんらい「時計」 祝賀となったとある問題児の生誕の日。
飲み笑い騒ぎ、すっかりと酔っ払った魔王陛下を担ぎ、部屋に返すのも何度目だろうか。
一度目は過ちで済む。
だが、二度目は? 三度目は?
四度目のこれは、なんなのだろう。
ほのかに光を放つようななめらかな肌。自分とは違うことわりで動く生き物だと思っていた少年は、事実、己とは違う別の生き物だった。薄い胸の奥、小鳥のように脈打つ鼓動に耳を澄ませながら、そんなことを思っていた。
巣立つその背を見て、誇らしさに胸を躍らせるはずだったのだ。
その背に触れ、どうしようもない痛みと喜びに胸を震わせることなど、あってはならない。ならない、はずだったのに。
事が終わっても離れない男を、魔王はふしぎそうに見つめる。
いつもならば、言葉もなく、人目に付く前に御前を去るのだから、当然の反応だろう。
なにか言いたげに、くちびるを薄く開き、また閉じた。
発しようとした言葉は、暇を告げるものか、それとも引き止めるものか。
素知らぬ顔で煙草を取り出す。
「吸っても、いいか?」
「え、ええ……、どうぞ……」
最低限の身支度を整え、窓辺に腰を下ろす。
夜風に紫煙がたなびき、消えた。
部屋の主は、薄い夜着一枚で所在なさげにカルエゴの隣に立っている。
「風邪を引くぞ」
「先生だって」
やわらかく、イルマは笑った。
それもそうだと、煙草を消し、細い手首を掴み、引き寄せた。わずかの抵抗もなく、その小さな体は腕の中へと戻る。
肩に頬が寄せられ、髪からは胸が苦しくなるような甘酸っぱい香りがした。この体を抱いたまま朝を向かえることができたなら───
「後悔してますか?」
思いがけない問に弾かれたように顔を上げれば、イルマは真っ直ぐにこちらを見つめていた。
後悔、か。
そんな言葉で表せられたなら、断ち切れただろう。
これは己のすべてを狂わせる。
「そうだな……」
うわの空で答えていた。それ以外、なんと答えられただろう。
触れるべきではなかった。
触れたら最後、今まで培ったものすべてが、滅茶苦茶に壊れてしまうと分かっていた。
離れるべきだった。
背を押し、進ませるべきだった。
苦い思いは後悔ではなく、焼け付くような渇望へと変わる。
沈黙に背を押されるように離れようとするその手を、強く握った。
「イルマ」
その小さな手を取ったまま、膝をつく。
戸惑いに、青い目が揺れた。
「同じ時は生きられない。なら、お前にすべてを捧げるしか、もう、俺に生きる術はない」
「せんせい……?」
「だから、そろそろ諦めろ」
ともに逝こうなどとは言わない。
誓ってくれ。
同じ時間を生きると。
青い瞳に水が満ち、頬を伝い落ちるまでを、静かに見つめていた。