Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    9fdTJfsAACGnBqR

    @9fdTJfsAACGnBqR

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 31

    9fdTJfsAACGnBqR

    ☆quiet follow

    「うつせみ」
    フェン+🐬毒を食らわば皿まで。書いてるうちにいろいろ齟齬が出たので供養🙏

     空が青さを増し、蝉の声が鼓膜を揺らす。
     見上げた木の葉の隙間できらきらと何かが光った気がした。目を凝らすと貧血でも起きたかのように、視界が狭まり、足元がふらついた。
    「そんなにぼうっとしてたら、さらわれるっすよ」
     不意に落ちた声に、夢から覚めたように、振り返る。
    「えっ、あっ、フェン…じゃなくて、ナル……いや、おにいさん?」
    「フェンちゃんでいいっすよ」
     人差し指と中指を親指にくっつけ、それに喋らせるかのように、ちょんちょんと動かしながらフェンリルは言った。
     無表情と軽薄な動作はふしぎと馴染んだものだけれど、どこまでがほんとうで、どこからが演技が分からなくて、困ってしまう。
    「あ、そうそう、忘れる前に、これどうぞっす」
     うやうやしく差し出されたのは、ひと目で高級と分かる菓子折りだった。
    「えっ! いいんですか!?」
    「まあ、お詫びっすから、遠慮なく食べてください」
    「おわび?」
     首を傾げるが、フェンリルは軽く首肯しただけだった。
    「えと……」
     真っ黒な硝子球のような瞳が、真っ直ぐにこちらを見据える。まばたきもしない。立ち去る様子もない。
     今、食べたほうがいいのだろうか。
     木の根元にしゃがみ込むと、ならうように彼もしゃがみこんだ。思い切って包みを開ける。
    「いただきます」
    「どうぞどうぞ」
     ひとつ手に取り、口にする。
     うっとりとするような、バターと砂糖の香り。さくりと歯を立てた。おいしい。食べている途中に、もうひとつ、と堪らず手が伸びてしまいそうなおいしさだ。
     しかし、咀嚼している間もずっと向けられる視線に、うまく飲み込めない。砂糖がまるで砂利のようだ。
    「君は警戒心がないと言われたことは?」
     ゆったりと、気怠げに、そのひとは言った。
     輪郭がぼやけ、影が濃くなるような、錯覚。
     ぞわりと背筋を這い上がるものを、口の中の菓子と一緒に飲み込む。
     恐れは生き抜く上で必要だ。けれど、今は違う。
    「僕も鼻が効くんです。食べ物に関しては、きっと、あなたより」
     ぺろりとくちびるを舐める。
     甘い。喉が焼けるほどに。
     蝉の声が、大きくなった気がした。
     うわん、うわん、と反響する。
     すん、と鼻を鳴らすと、彼は空を仰いだ。
    「さて、番犬に見つかる前に退散するっす」
     長い脚を気怠げに伸ばし、立ち上がる。長く濃く伸びる影。
    「先生に……会わないんですか?」
    「うーん、そうっすねー」
     手足をだらりと揺らし、頭をもたげる。本能を滲ませた獣じみた仕草。
     さらりと肩を滑り落ちた髪が、視界を覆った。
     つやつやと真っ黒な、髪の毛。まるで帳みたいだ。
    「もう少しだけ、秘密にしようか」
     ふたりだけの、と低い声が耳朶を打つ。
     くらりと世界が回った。
     呼吸半分、まばたきもできない間だった。
     音も、熱も、気配も残さず、そのひとは消えていた。
     あとはただ、命を削るように、蝉が鳴いていた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👏👏👏☺🙏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works