舌先に滲んだ甘さに、手が止まった。
同時に視界の端でイルマが見を固くする。気にしまいとして、反対にその意識はこちらに向けられている。静かに杯を飲み干した。
「おかわりはいりますか?」
さり気なさを装い、イルマが杯に手を伸ばした。その細い手首を掴むと、身を固くする。不安げにこちらを見た。
「先生?」
「粛に」
頬を撫で、項を抱く。おずおずと預けられる重みを膝に乗せた。
「ね、せんせえ……聞いて、いいですか?」
「何をだ?」
「僕のこと、ど、どう……思います?」
「どうとは?」
「それは、その、忌憚ない意見を聞きたくてですね」
回りくどい言い様に、緩みそうになる口元を耳に寄せる。
「例えば?」
「た、たとえば……」
「丸い耳が食べてしまいたいくらい、愛らしいとか?」
かり、と耳殻に音を立て齧りつく。
「耳だけ?」
身を竦ませながらも、イルマはもっと、と強請るような眼差しを向けた。
「ぜんぶ食べてしまいたいくらい、愛らしいと思っている」
ゆっくりと手のひらをその懐へと滑り込ませる。探しものはすぐに見つかった。相変わらず、迂闊なことだ。
小瓶を目の前に掲げる。
「リラック酒か、随分とかわいらしいいたずらだな」
「えっ、あっ、そ、それは!」
取り返そうとするが、体勢が悪い。肩を押さえ、悔しげに歯噛みする魔王を見下ろす。不敬もいいところだ。
くちびるに笑みを刷くと、イルマは柳眉を逆立てた。
「分かって……からかってたんですね!」
「まさか? 本心だ」
くつりと喉鳴らし、笑う。
「それで、わざわざ、こんなものを飲ませてまで、何を言わせたかった?」
目前で瓶を揺らす。分が悪いとさとったか、眉が下がりに下がった。
「そ、それは……」
「それは?」
促すが、頬を朱に染めたまま、目を逸らしてしまう。どうにも、埒が明かない。
「お前のほうが、これが必要なようだな」
ひとりごち、甘ったるい、どろりとした蜜みたいな原液を口に含み、そのまま押し当てた。大きな瞳がさらに驚きで丸くなる。
押し当てたまま引かないようすに、観念したようにイルマは口を開いた。舌とともに口内に流し込む。こくりと嚥下する音を確かめ、離れた。
「ひどい」
「先にいたずらを仕掛けたのはお前だ」
「先生なんて……きらいだ」
じわりと滲む青い目が、こちらをなじる。
「それは残念だ、こんなにも愛しているというのに」
「うそだ、まだ、からかってるくせに」
きらい、きらい、と子どものようにだだをこねる。呂律も怪しい。
そういえば、酒乱だったな、と今さら気づくあたり、己も多少は酔いが回っているのだろう。
「俺は嫌われるようなことをしたんだな」
手のひらを頭に置き、掻き混ぜるように撫ぜる。
「してない、だって、せんせい、いそがしいし、そんなこといっても、どうしようもないし、困らせたくないし、き……きらわれたくない」
わずらわしく、呆れてしまうくらい真っ直ぐな感情に、ふ、とため息が漏れた。
「嫌われるのは俺だろう?」
「ちがう、そうじゃなくて、ただ」
さみしかった、と。
その一言が、どうしようもなく心を締め付けた。