背筋を伸ばして⑥***とある研究の一端***
(中略)
かようにして、全ての亜人の女系祖先を辿ると、一人の人間の女性に辿り着くという研究結果が出た。
近年、考古学、歴史学等、各分野において研究が進められている『狭間の地』と呼ばれていた地方には、禍そのものと呼ばれていた「デーディカ」という女の記録が僅かに残されている。
記録上、その女はあらゆる不義・姦通を行い、あらゆる獣と交わった証左として無数の異形の子をなしたのだとある。
生まれた子らは当初知性を持ち合わせていたものの、同族間で近親交配を繰り返し、時代が下るにつれて知能が衰えていったと見られており、それは今日の亜人の特徴とも合致する。
(尚、この異形の子の殆どが、かつて存在したとされる黄金樹の祝福を受けない落とし子であり、混種や忌み子と呼ばれた者らと同様に差別の対象となっていた)
彼女が狂気とも思われる姦淫に耽った理由は、淫奔が過ぎたが故にその身で快楽を追求していたとも、ただ白痴であったとも言われているが、記録が残されていないため定かではない。
だが考察の材料が無い訳ではなく、昨年(****年)発見された「デーディカ」本人と思しき女の肖像は、全身の皮膚を剥がされているという残酷で悍ましい様相を呈して尚、慈しむような微笑みが湛えられており、伝聞なりの猥雑さに乏しく、またその二面性のある特徴付けから、各国の地母神信仰の共通項と絡めて、「デーディカ」がある種の信仰対象であったことを指摘されている。
今日に至るまで、デーディカは非常に大きな関心が寄せられている。
今後も研究者の間で盛んに議論が交わされていくだろう。
著: ※※※※※
『宗教学から見る亜人に関する類縁関係』
「デミヒューマン・イヴ」の頁より
***とある裁判の記録***
事件番号: ※※※※※
事件名: ※※※※※
裁判年月日: ※※※※※
法廷名: ※※※※※
被告人: ※※※※※
罪状: 近親者との姦淫、聖職者との姦淫、幼児を含む未成年者との姦淫、獣との姦淫、伴侶のいる者との不義・不貞
判明しているだけでも件数が膨大なため、詳細は別紙にて記載
判決: 死刑
全身の皮膚を剥ぎ、『梨』を用いて性器を破壊した後、火炙りに処す
備考:
臨月である。
産婆の報告によれば、胎動の様子から蛇か、それに類する子であるとのこと。
故に刑は出産を待ってから執行すべし。
嬰児の処遇は追って決める。
子に罪はなし。
***とある儀式の噂話***
「あなたたちご存じ? 獣と人との子の作り方」
「嫌だそんな穢らわしい。知るわけないわ。でも後学のために聞いてあげる。ただ交わるだけでは駄目なの?」
「あら、あなたもお好きね。そうよ、ただ交わるだけでは作れない。だから邪神が必要なんですって。どんな動物とも交わっても子を産める女神が」
「あぁ、それならアタシも知ってるわ。夫婦で彼女を崇めて沢山のオトコを供物に捧げるってやつでしょう? そうすると気を良くした女神が妻に子を与えるのだとか」
「もう! わたくしが言おうと思ってたのにあなたはいつも割って入って」
「おや? 私が聞いたのは、獣と人の夫婦が邪神とまぐわうのだという話だよ。邪神が彼らの子を産むのだそうだ」
「まあ、あなたまでそんな話を。でも私も似たようなことを知ってる。男も淫らな交わりも要らず、ただ沢山の血と精を捧げれば子を与えてくれる女神がいるって。でもそれは子を欲しがる番(つがい)であればなんでも良かったような?」
「ひぇ…いずれにせよ悍ましい。獣との子を欲するのも穢らわしいのに、そんなものに手を出すのはまともじゃないわ。そうまでする夫婦なんてこの世にいるのかしら?」
「かしらかしら、どうなのかしら。愛には性別も人種も関係ないなら、血だって種族だって関係ないのかも。それに愛する人のややこが欲しいって本能的なものだもの。外の世界なんかでは神が親兄弟動物と交わって子を作るのだって噂も聞くし」
「また噂か。博識なんだかただ下世話なんだか、君は話題に事欠かない」
こら! 姦しい踊り子共め! 休憩時間はとっくに終わっているぞ! 囀ってる暇があるならお客の前に出ろ!!
***とある夫婦の会話***
「この子は?」
「それはお前の子だ」
「私の……?」
すやすやと眠る産着に包まれたその子は、どう見ても小さな蛇の赤子でしか無い。
「あぁ。我の恩寵を授けている。女子(おなご)だ。先日ようやく授かった」
「……私にちっとも似ていない」
「不服か? あれほど子を願っていたと言うのに」
「お腹も痛めていないのに突然渡されたこの子を、その日から我が子と思えるでしょうか。愛のある母になれるでしょうか。我が王」
「なるのだ。我がそう望んでいる。必要なものは全て揃える。時々様子も見に参ろう。あとはよしなに頼む」
そう言って父である男は我が子にそっと指で触れた後、闇に紛れるようにして部屋を出た。
「どうすれば良いのだ……」
人の子の抱き方もよくわからないまま戸惑う女は、その異形の子を可愛いとは思えなかった。
まだろくに色もついていない、つるりとした冷たい蛇の鱗を持つ赤子は今はすやすやと眠っているが、これが目を覚まし、けたたましい泣き声で自らの耳を刺し貫いたら、自分は発狂するのではないかと女は恐れた。
「王の子を欲しいと願ったことは真ではあるが、でもこんな……」
女が最悪な選択も含めてありと凡ゆる可能性を頭に巡らせている内に、ふと赤子の目が開いた。
瞳孔がすっと縦長の、よく磨いた翠玉を嵌め込んだような澄んだつぶらな瞳だった。
「マ……マ、」
短いながらにうんと伸ばして女の指に力強く絡んだその小さな手はヒトのそれとは程遠く、小さく鋭い爪が生えていた。
「ママ」
今一度はっきりとそう言った時、蛇の笑ったような裂けた口から可愛らしい桃色の粘膜が覗いた。
その日、火のようだった女の強い眼から、嫁いできて最初の涙が溢れ出た。
その赤子にとって、それは祝福の雨だった。