背筋を伸ばして⑤ 怪訝な顔をしてこちらを振り返ったパッチさんに、私は今一度勇気を出して告白した。
「パッチさん。私、秘密を打ち明けます。
……パッチさんには私の全てを見て欲しい」
私が緊張しながら言ったせいか、パッチさんの雰囲気も変わった。
目を白黒させて、さっきまでの張り詰めた雰囲気が何処かへ去って、代わりに別の種類の緊張感がやってきた。そんな感じだ。
「いや……、待ってくれ。俺はお前をそんな目で見たことないし、これからだって…」
パッチさん、もしかして何か察しているんだろうか。そんな言葉が真っ先に出てくるなんて。
やっぱりこの人は、優しい人だ。
「ありがとうございます。そんなパッチさんだから私、決心したんです。ちょっと怖くて恥ずかしいですけど……」
そう言って私が緊張から詰まった首元を寛げたら、パッチさんが何故か慌てて止めた。
「待て待てまさか脱がないよなここで」
「? まぁちょっと脱ぎますね…破れちゃいますし」
「や、破れる? そんな激し…いやちょっとでもダメだろ! お前みたいな娘の最初の相手は絶対俺じゃない! 絶対に俺じゃあない!!」
え、すごく動揺してる。なんで? まだ何も見せても言ってもいないのに。
「あの、そんなに心配しなくても初めてではないんですよ? 通りすがりにその、成り行きで以前、」
「はあああああ!? なんだそれ誰だその野郎は!? それともアマか!? なんにせよ見つけてぶっ殺してやったらいいわけ!?」
今度は唐突に怒り出した。別に何もおかしなことは言っていない筈なのに、この人は耳まで顔を赤くしたり青くしたり何をそんなに狼狽えているのだろう。情緒不安定すぎる。
もういいや、えい。
「あ??」
「……どうですか? これが私です。本当の名前はゾラーヤスっていう、蛇人なんです、私」
パッチさんがぱちぱちと瞬きした。
「あ、あぁ。なんだ、そっちのことか。アハハ、よかった。いや、うん。ぶっちゃけ知ってたぜ」
ちょっと! そっちってどっちのこと想像してたのこの人は!
いえ、それはともかく今し方聞き捨てならないことが。『知ってたぜ』って??
「いやでも言ってくれてよかったわ。火山館ン時に言わなかったってことは内緒にしてたんだろうからお前蛇なの? とか俺から聞いくのもアレかなとかさ、年頃の娘だし難しいっていうか」
「ちょ、ちょっと待ってください。何で知ってるんですか? ひょっとしてさっきの見てました? それともまさか英雄様が…?」
「何でも何も、お前考え事してぼーっとしてるとよくソレになってたぞ? 寝てる時とかも大体そうだな。てか初めての相手ってアイツかよ」
「きゃあああああ…! な、なんてこと」
私またやっちゃった!
「あとお前ここに住むようになってから妙に眠そうにしてること多かったしな。冬眠してえのかなとか思ってたらやっぱり? みたいな」
「あああああ」
か、顔から火が噴き出そう……。
「……お前少しは大人になったかと思ったけど結構抜けてるっていうか、隙だらけだよな相変わらず」
寝込みそうなくらい恥ずかしくて顔が上げられない。
「しかし改めて見るとでけえな。部屋みっちみちじゃねえか。やっぱ増築するべきかな。俺時々寝床侵略されてるし……」
……でもこの人は、それだけ以前から私の本当の姿を見ても何も訊かず、私と変わらず一緒にいてくれたんだ。
こちらが何も気付かないくらい自然体で。
「パッチさん」
「なんだ? でっかい蛇っ子」
「パッチさんはどうしてそんなに私に優しいんです?」
「優しい? 俺が? 今日あったこともう忘れたのかお前」
「確かに私は正直、貴方を悪人だと思っていました」
「それで正解だ。俺は悪ぅ〜いお兄さんだぜ?」
悪いお兄さん、を指で強調しながらニヤニヤと笑うパッチさんに、少しだけ胸がちくりとして彼から目線を更に下に外してしまった。
「……でも悪いお兄さんでも、パッチさんは『人』じゃないですか」
「は?」
「私がどうしてこんな姿なのかわかりますか? ……口にするのも悍ましい儀式、沢山の穢れの上で行った、人からも、蛇からも……母からも、許されてはいけない産まれ方をしたからなんですよ。私の母になってくれた人は恩寵を賜って生まれたと言ってくださいましたが、私を守るための嘘だったのでしょう。こんな穢れきった私を娘にしてくれた優しい人でしたから」
タニス様の優しい眼差しを思い出して涙が出そうになったけれど、ぐっと噛み殺した。
「……だから私は悪い子。いいえ、悪い『それ』なんです。それでもあなたは、私の生き方は否定したけど、『そんなもの』の命は否定しなかった。優しいですよ。とても」
何とか絞り出すようにそこまで言って、パッチさんの顔をチラリと見た。
流石に嫌悪の一つも向けるだろうかと思ったのに、意外にもぼやっとした、何やら腑に落ちなさそうな顔をしていた。
「恩寵…ね。それは本当なんじゃねえのかな」
「え?」
「って言うか、産まれ方ってそんなに重要なことなのか? 大体何でテメェ自身が生きる事に、誰かの許可が必要なんだよ」
パッチさんらしいといえばらしい意見だけど、言われてみれば考えたこともなかった。
私は自分の生まれを知った時、許されるべきではないと思った。
でも逆に、普通に生まれた人達は須くみんな許されているのだと断言するのも、それはそれで何だか傲慢な気もする。
そもそもその人達は、一体誰に許されているかのかって訊かれても、私はきっと答えられない、かも。
「産まれがどうとか、くだらねえ話じゃねえか」
その言葉を、私は何故か優しい母の声でとらえて、真っ直ぐパッチさんの目を見た。
「お前には俺が『人』に産まれたってだけで勝ち組に見えてるかもしれねえが、俺の過去だって別に立派なもんじゃねえよ。人間なんて生きたいように生きてナンボ、徳を積もうが罪を重ねようが結局ノーカウントなんだよ。わかるか?」
わかるか? と言われても正直わからない。
ただとても大事なことを言われているような気はする。
不思議なことに、ケイリッドで聞いた時よりも、パッチさんの言葉が素直に沁みる。
「大体お前、悪いのは産まれ方くらいだろ? 知らんけど。俺なんてきちんとヒトのお袋の股から産まれたってのに、まぁ大体仕方なしとはいえ人は殺してきたし、好んで騙してきたし、進んで盗んできたし、老若男女平等に搾り取ってやったし、悪いことしかしてきてないぜ。お前が生きてちゃいけなかったら俺はどうなりゃいいんだよ」
何故だろう。
数え切れないほどの前科、わかりやすく酷い所業の告白を聞いている筈なのに、こんなに面白おかしい話をされてる気分になるのは。
「くっふふふ、パッチさんって極悪人なんですね……っふふふ」
笑いが止まらない。
一世一代の告白、いっそ懺悔のつもりで切り出したのに、もしかして私、凄く馬鹿馬鹿しい話をしているのでは? って気持ちになってしまった。
「笑ってんじゃねえっつの」
「きゃん」
蛇のままの背中を優しくぺんっと叩かれた。
こんな風に笑うのいつ以来だろう。…ヘタをすると子供の時以来かもしれない。
あの頃はただ幸せで、生まれとかそういうのなんて考えたこともなかったな。
「んふふふ、あいたた、笑いすぎて蹴られた脇腹がまた痛くなって来ました」
「いい加減にして飯食って寝とけ」
正直、これで自分自身を許せるとはまだ思えない。
それでも背負った荷物は随分軽くなったような気がした。
どうせなら死ぬ前に、楽める時は楽しんでしまおう。結局はノーカウントであるなら。
そんな風に思える程度には。
続