夏の君病院の先生から、もうすぐお兄ちゃんになるんだよって言われた
でも、赤ちゃんが出てくる日が思ってたより遅くなっちゃったからお母さんは入院しなきゃいけない、とも
じゃあ、僕はどうすればいいんだろうって思ってたらお父さんが「じゃあ暁人。お父さんのとこのおばあちゃん家にお泊りしよう。丁度、夏休みになるだろう?」って
東京からずっと遠いところにある、おばあちゃん家に来たことは何度かある。でもその時はお父さんとお母さんも一緒だったし、3日くらいで帰ってたから僕一人で夏休みの間ずっといるのは初めてだ
おばあちゃんは夏祭りのお手伝いがあるからずっとお家にいられなくてごめんねって言ってた
夕方くらいまでならお外で遊んでてもいいって言われたけど、どうしようかな
そういえば、近くに神社があるってお父さんが言ってた。僕が産まれるときはたくさんお願いしたんだって
今のお父さんはお仕事で忙しくて神様にお願いできないかもしれないから代わりに僕がお願いしてこよう。お兄ちゃんになるんだし
家から出て少し歩いた先にその神社はあった
……なんだか一番上が見えないくらい階段を登った先に
途中で何度も休憩しながら何とか上までたどり着いた。どこまで登ってきたのかなって後ろを振り向いたらすごい景色だった
うわぁ、お家があんなに小さい!おばあちゃん家はあの辺りかな?
僕こんなに高いところまで一人で来たんだよって言ったらみんなびっくりするかもしれない
神社の境内は全然人がいなくてまるで貸し切りみたいだった
今日からここを僕の秘密の場所にしようかな
それから毎日神社にお参りして神様に赤ちゃんが無事に産まれてきますようにってお願いをしてから夕方まで過ごすのが僕の日課になった
でもその日は下から階段を上がってくる音が聞こえた
ど、どうしよう。隠れたほうがいいのかな?でも何も悪いことはしてないし…なんて考えてたら上がってきたのは僕と同じくらいの男の子だった
「あ?んだよやっぱり人間じゃねえか、つまんねー」
ものすごく口が悪い
「てか見ない顔だな、よそもんか?」
「…暁人。君は?」
「よそもんには教えてやんねー」
何だかいじわるだ
「チビ達があんまりうるせえから来たけど無駄足だったな」
「チビ達?」
「…何でもねーよ」
「ええっと、兄弟とかいるの?」
「いねーよ」
「そうなんだ。僕はもう少しでお兄ちゃんになるんだよ」
「ふーん」
どうしよう話題がない!助けてお父さん!
「……お前さ、ずっとここにいただろ」
「あ、うん」
「神社に子供がずっと一人でいるっていうからお化けじゃねえかって言われてた」
「お化け!?」
「だから俺が退治してやろうと思って」
ほらって、その子が背負ってたリュックからたくさんの御札が入ってるのを見せてくれた
どうやら僕は知らない内にお化けにされていた上に退治されるところだったらしい
「はー、マジで無駄だった。こんなことならあいつ等無視して河童探しに行けばよかった」
「河童?」
「妖怪だよ。知らねぇの?」
「頭にお皿があるやつ?」
「そう!俺のじいちゃんがさ、この辺で見たんだって!」
「え、ホントに!?僕も見たい!」思わず僕がそういうとその子は目をキラキラさせて、「だよな!見てえよな!」って笑った
「お前、よそもんのくせに結構話がわかるやつだな!いいぜ、特別に連れてってやるよ」
そう言って僕の右手をぐいぐい引っ張りながら川まで引きずるようにして連れてってくれた
「だから、よそもんじゃなくて僕は暁人だってば!」
それからその子は毎日僕と遊んでくれた。待ち合わせはあの神社で
僕が一番に着いてるときもあればその子が先にいるときもあった
「ねえ、いい加減君の名前教えてよ」
「あ?言ってなかったか?」
「よそもんには教えねーって全然教えてくれなかったじゃん」
むう、と不貞腐れていたら悪い悪いと頭をガシガシ撫でられた
「もうとっくに教えたもんだと思ってたんだよ。俺の名前は って言うんだ」
うーんと困った顔をしていたら「難しいか?」と聞いてくれた。
「…ちょっとだけ」
こういう字なんだよって地面に書いてくれた
僕はちょっと思いついてその名前の横にローマ字でその子の名前を書いた
「なんだそれ、英語か?」
「うん。英語で書くとこうなんだって」
「向こうの人は名前と名字の頭の文字をとってサインとかするんだって。イニシャル、だったかな。お父さんがそう言ってた。」
「ふうん。俺のは同じ文字だな。なんて読むんだ?」
「えーと、君は……けぇ、けー?」
「へー、なんかそれカッコいいな!なあお前のは?」
「僕のはAIになるのかな」
「エーアイ……言いづれぇ。お前はやっぱり暁人のほうがしっくりくるな」
「なんだよそれ」
思わずふふっと笑ってしまった
「なあ、俺のことこれからKKって呼べよ」
「うん、よろしくねKK」
そういえばずっとKKに聞きたいことがあったんだった
「ねえKK、この町ってマリモが特産なの?」
「はぁ?マリモ?なんだそりゃ」
「え、でもその辺でよく見るよね?あ、ほらあの木の枝のところにも」
そう言って指をさすとKKはびっくりした顔でこっちを見た
「まさかお前、見えるのか?」
「見えてるけど……え、あれもしかして見ちゃいけないやつだった!?」
うわぁどうしようこれまでいっぱい見ちゃったけど大丈夫かなぁ
「あれはマリモじゃなくて木霊っていうんだ」
「木霊?」
「そう。木の妖精?みたいなやつ。見ても大丈夫だから怖がんなくても大丈夫だ」
「そうなんだ、よかったぁ」
「最初に会ったときさ、チビ達が騒いでたって言ったろ?それこいつらだよ。俺んとこ来て、子供が一人ぼっちでいる、あのままいたらお化けに連れていかれるかもってさ」
「そうだったんだ」
「実際にいたのはぼやっとした暁人だったけどな」
「ぼやっとはしてないよ!」
KKは初めて会ったときに比べて大分話しやすくなったけどいじわるなのは相変わらずだ
そんなことを話していたら急にすごい突風がふいた。わっ!と思わず目を閉じたらKKが「おい、見ろよ暁人!」
そこには風を纏ったイタチが空に浮かんでいた
「鎌鼬だ!見えるか?」
「うん、見える!すごい!」
「あ、あいつ逃げるつもりだ!追っかけるぞ!」
僕たちはあっちへ行ったりこっちへ行ったりする鎌鼬を追いかけてやっと動きが止まったところに追いついた
「ようやく追いつめたぜ鎌鼬よぉ」
「KK悪い顔してるよ」
でもよほどKKの顔が怖かったのか鎌鼬は僕に向かって突進してきた
「うわぁ!」
とっさに避けたから直撃はしなかったけど思いっきり転んでしまった。何だか足がぴりぴりする
「暁人!」
KKが慌てた様子でこっちに走ってきた
「お前、血が出てる…」
「え?あ、ホントだ」
「痛そうだな。歩けるか?」
「うん、大丈夫」
「ここからなら俺の家のが近い。早く手当しねえと」
KKは僕より痛そうな顔をして僕に肩を貸してくれた
思い詰めたような様子に僕も声を掛けづらくて、そこからは無言でKKの家まで歩いた
家に着くと、KKのおじいちゃんが出てきて僕の手当をしながらKKの話を聞いていた
話を聞き終わってから、ふうと一つ息をはいた後、ごん!って大きなげんこつをKKに落とした
「無闇に追い詰めるからだバカもん」
「……おう」
KKは痛そうに蹲っていたけど意外にも言い訳はしなかった
そしてこっちに向き直して、「君も、妖怪だからっていじめたり脅かしちゃいけないよ。今回みたいに優しい妖怪ばかりじゃない、怖い妖怪もいるからね」
「…ごめんなさい」
「よろしい。それにしても怪我が大したことがなくてよかった。万が一腫れたりするといけないから明日は外で遊ばないこと」
「はい」
「それじゃあ家まで送るから準備して。 、お前は留守番頼んだよ」
「…わかった」
玄関まで見送りに来てくれたKKに「ごめんね」と言うと「お前は悪くねーよ」じゃあなって言ってくれた
家までの帰り道にKKのおじいちゃんから「あいつと仲良くしてくれてありがとうね」と頭を撫でてもらった
「あいつは口も態度も悪いからなぁ、暁人君も大変だろう?」
「ううん、KKが優しいの知ってるから」
いじわる言われても全然平気だよって笑ったらおじいちゃんはほっとした顔をして
「そうか。これからも一緒に遊んでやってくれ」
「もちろん!」
次の日、傷は腫れなかったし跡も全然なくなってた
触っても痛くないしこれなら大丈夫そう
KKに会って大丈夫だったよって言いに行きたいけどだめかな。おじいちゃんに僕もげんこつされるかな
どうしようか悩んでいたらピンポーンって呼び鈴がなった
はーいって返事をして玄関を開けたらそこにはボロボロになったKKがいた
「ど、どうしたのそれ!」
髪はぼさぼさ、体のあちこちに擦り傷だらけ、後は動物の毛みたいなのとか葉っぱがくっついていて昨日の僕より酷い状態だ
KKはふん、と鼻を鳴らして
「仇討ちしてきた」
「僕死んでないよ」
「いーんだよ。ほら手出せ」
ぽんと手に乗せられたのはきれいな勾玉だった
「これどうしたの?」
「鎌鼬捕まえたら落としてった。お前にやる」
「でも……」
「いいからもらっとけよ」
そしてぽつりと「昨日は守れなくて悪かった」って謝った
でもKKが謝ることなんて何もないから僕は「違うよ、あれは僕がぼんやりしてたからだ。KKは悪くない」
「それでも、子分は守るもんだ」
「子分ってなんだよ、友達でしょ僕たち」
「友達…」
「そうだよ。だからさ、次は一緒に連れてって。僕足手まといにならないようがんばるから。友達が知らないところでボロボロになってるのもうやだよ」
思わずぎゅう、と抱きつくとKKに痛いくらいに抱きかえされた
「お前、怪我は?」
「もう大丈夫。痛くないよ、跡も全然ないし!」
「ホントだ、よかった」
「跡残ったらどうしようって怖かった。お前、きれいな足してるし」
「傷は男の勲章じゃないの?」
「お前には勿体ないよ」
僕はぎゅってしてた体を少し離して、「僕もう元気だからさ、明日はまたあの神社で待ってて。一緒にまた探検しよう?」
「おう、約束な」
それから、僕たちは夏祭りに行ったり、山のなかを探検したりKKのおじいちゃんと河童を探しに行ったり釣りをしたりいろんな事をして遊んだ
楽しい時間はあっという間で、気づけば夏休みももう終わりでお父さんが迎えにくる日になっていた
東京に帰る日、KKは僕の見送りに来てくれた
「もう帰っちまうのか」
「うん……」
「次はいつ来れる?冬か?」
「ううん、冬はお母さんの方のおばあちゃん家にいくんだって…」
「……そっか」
お前がいねぇとつまんなくなるなって寂しそうにKKは言ってくれた
僕もずっとここにいたい、KKとずっと一緒にいたい
そう思ったらもう、だめだった
「っ、あの、あのねKK!僕また来年、来年の夏休みに来る、から…っ」
「…おう」
「僕のことっ、忘れないでね」
「忘れねーよ!」
耐えきれずにぼろぼろ泣いて、つっかえて聞き取りづらかった言葉をKKはちゃんと拾ってくれた
そして前に僕がしたように、ぎゅうって抱きしめて背中をぽんぽんって優しくたたいてくれた
「次にお前が来たときもさ」
「、うん」
「あの神社で待っててやるから、ちゃんと来いよ」
「うん!」
同い年なのに上から目線で偉そうでいじわるでとても優しい、夏休みにだけ会える僕の友達
また来年。約束の場所で