俺はなんてことをしちまったんだ。
……何のことかというと、先程かかってきた八神からの電話のことだ。
昨夜は八神と2人、シャルルで酒を飲んでいた。
久しぶりに飲む酒がおいしくて、かなりハイペースで飲んでしまったせいか、
途中から記憶がおぼろげで。
自宅に帰った記憶がないのに、朝起きたら自分のベッドで寝ていたものだから混乱した。
それで起きて早々、八神に電話をし、昨夜のことを確認したわけだが。
八神から突然「恋人として付き合おう」だの言われたものだから、ますます混乱して焦った俺は、咄嗟に怒鳴りつけてしまった。
…そして現在。
顔を洗い歯を磨き、ゆっくり朝食を食べながらコーヒーを飲んで冷静になったら…思い出してしまった。
昨日の自分の言動。
八神から「付き合おうか?」とか言われて、それに対して俺は「うん」って返事をしたはずだ。
どうして酔っていたとはいえ、素直に「うん」なんて言ってしまったのかというと。
俺はずっと八神のことが好きだったからだ。
喧嘩も強く、度胸もある。おまけに頭も良い。
碌に高校や大学にだって行っていないはずなのに、相当な努力をして弁護士にまでなった。
兄貴が松金組を破門された時も、俺は泣くばかりで何の役にも立てなかったのに、
八神は羽村のカシラに対しても臆することなく、兄貴のピンチを颯爽と救ってみせた。
俺は自分自身が情けなかった。それと同時に八神に対して憧れとか尊敬も抱いた。
反面、兄貴の相棒として、対等な立場で隣に立つ姿は羨ましく、嫉妬する気持ちもある。
八神には、自分でもわからない色々な感情が入り混じって、つい素直じゃない態度をとってしまう。
世間一般ではこういうのを「ツンデレ」とか言うらしいが、
30過ぎたおっさんにツンデレ属性なんて、マジでいらねぇ。
そういえば…
「お友達じゃねぇんだからよ」とか言いながら酒をふるまったり。
「気をつけろよ」とか言いながら「別に心配してねぇけど」とか言ったり。
よくよく考えたら、かなり挙動不審じゃねぇか!
ツンデレも極まりすぎて、おかしなことになっている。
さっきの電話のこともそうだ。
せっかく八神のほうから「付き合おう」と言ってくれたのだから、
素直に返事をしておけば、うまくいくチャンスだったのに…
もう取り返しがつかない。
「さっきの返事は無しだ。やっぱり付き合って欲しい」なんて、口が裂けても言えない。
恥ずかしすぎる。
……しかし怒鳴りつけてしまったことは、悪かったよな。
覚えてなかった俺が悪くて、八神は全く悪くないのだから。
とりあえず後で八神の事務所に行き、謝ろう。
俺は出かける準備をし、八神の事務所に向かった。
「あれ?東どうしたの?今日は休みなんでしょ」
探偵事務所に行くと、八神はいつもの机で書類整理をしていた。
「え、あー…兄貴は?」
「海藤さんは午後から来るよ。海藤さんに用事だった?」
「あ、いや、そういうわけじゃねぇけど…」
兄貴はいないのか。それなら、逆に謝りやすいか…。
「今朝の電話のことだけどよ、悪かったなと思って」
「悪かった?何が」
「だから…突然怒鳴っちまって」
「あー別に気にしてないよ。昨日はお互い酔ってたしさ。俺の方こそごめんな」
「……」
八神…お前…俺のことを家まで送った挙げ句、電話で怒鳴られたっていうのに…
いい人すぎるぞ!…逆に謝られてしまったじゃねぇか。
しかし…謝るってことは、昨日の八神の言葉は酔った勢いで言ったことで、本気じゃなかったって事なんだろう。
なんだか悲しくなってきたな。
「こっちこそ悪かったな…俺と付き合うとか嫌だろうに、俺に合わせてくれたんだろ」
「ん?」
「…だから、付き合うって話だよ!俺と付き合うなんて嫌なのを無理に」
「は?もう…なんでそうなるんだよ…(嫌なんて言ってないだろ)」
「え?」
最後のほうは小声すぎて、よく聞き取れなかった。
八神は椅子から立ち上がり、近づいてくる。
なんだか怒っているようで、俺は気圧されてつい後ずさってしまった。
…が、俺の背後は事務所の扉で塞がれている。八神は目の前に迫っていた。
「だって、謝るってことは…そうなんだろうが…」
「俺が謝ったのは、酔ってる東に付き合おうなんて言って、なし崩し的に付き合うことになっちまった事に対してだよ。本当なら、ちゃんと告白して…」
「え?」
「あーーーーーもう!」
突然八神に両肩をガッと掴まれた。
「東、俺、東のことが好きだ。付き合って欲しい」
「は?……え?」
「………返事は?」
「あ…はい…お願い…します…」
「よっしゃ」
そう言うと八神はいつもの机に戻り、書類整理を再開しだした。
…え?今、何が起きたんだ?
八神の勢いに押されて返事をしちまった。
八神と俺は付き合うことになったのか?
「あ、東、お昼一緒に食べに行こうよ。書類整理もう少しで終わるからさ、ソファで寛いでて」
「……わかった」
なんだかもうよくわからないが…とりあえずお昼を一緒に食べに行くことだけはわかった。