「ター坊、ちょっと話がある」
「んー何? 海藤さん」
「俺も東のことが好きみたいだ」
「……は?」
午前中に数件の依頼をこなし、探偵事務所でのんびりしていた午後のことだ。
海藤さんが、突然そんな事を言い出した。
「え、えーっと…それは『かわいい弟分として好き』ってことではなく…?」
「ああ、恋愛感情としての『好き』だ」
う、嘘だろ…海藤さんの恋愛対象は女だったはずだ。
それなのに…どういうことなんだ!?
「ちょ、ちょっと待って…海藤さんは女が好きだったと思ったけど」
「まぁな。でも東のことは特別みたいなんだ」
まぁ…東はかわいいし色気もあるし、特別っていうのには激しく同意だ。
「そう…でも俺、東と付き合ってるんだけど?」
「ああ、知ってる」
「前に、俺たちのこと応援してるって言ってたよね」
「そうだな、前までは本気でそう思ってた」
「……今は違うの?」
「ああ…俺は東のことが好きだ。だから東と恋人同士になりたいと思っている」
海藤さんの表情は真剣そのものだ。
俺をからかっているとか冗談だとか、そういう類いのものではないことが、充分すぎるほど伝わってきた。
「……つまり、俺から東を略奪するってことなのかな? 寝取るってこと?」
「それは違う。俺は正々堂々と、東に俺のことを好きになってもらう」
「なるほど」
今のところ、俺は東と一生離れる気はない。
けれど人の気持ちなんて、どうなるかはわからない。
俺が東に嫌われたり、東に他に好きな人ができるかもしれない……あ、考えただけで泣きそうになってきた。
「好きになってもらえるかはわからねぇ…でも俺は諦めたくねぇんだ」
海藤さんの熱い気持ちが伝わってくる。
本気なんだ。
しかし、俺だって負けていられない。
「…俺は、東のこと手放すつもりないけど」
「ああ、だから、ター坊より俺のほうが魅力的だってことを、東に伝わるように頑張るつもりだ」
「は?ちょっとちょっと…誰が誰より魅力的だって!?」
「ター坊より、俺の方が魅力的」
冷静沈着でクールな俺も、そんな風に言われるとさすがにカチンと来てしまった。
「それは聞き捨てならないな…そもそも海藤さんと俺とじゃ、タイプが違うでしょ」
「タイプ?」
「うーん…体育会系と文系との違いみたいな」
「俺が文系なのかっ!?」
「ちげぇよ!どう考えても海藤さんは体育会系でしょ!」
「そうか」
「そうだよ。それに東は、俺みたいな知的なタイプが好みなんだ」
「はぁ!? 誰が知的だって? 頭はいいかも知れないが、他はポンコツだろ」
「なっ、俺のどこがポンコツなんだよ!」
はぁ…しかしなんてことだ…海藤さんも東のことを好きになるとは…。
この先、どうなってしまうんだろう…。
・・・
時刻は過ぎ…
「…あ、もう夕飯の時間か…俺は東を誘うからな」
「は? ちょっと待ってよ、東は俺と夕飯に行くんだ」
「早く誘ったもん勝ちだろ!? じゃあな」
「あっ!? ちょ、ずるいぞ海藤さん!」
海藤さんは素早く事務所を飛び出していった。
俺も慌てて後を追う…くそっ…待ってろよ東…!
・・・
(注:ここから東視点)
ゲームセンターシャルル。
「くしゅん、くしゅん!」
「東の兄貴、風邪ですか?」
突然くしゃみが出てしまった。
俺が雇っているシャルルの店員(元舎弟だ)に心配される。
「んー…いや、わからねぇ」
「誰かが兄貴の噂してるんですかね」
「噂されるようなことはしてねぇけどな…じゃ、店のことよろしくな」
「へい!お疲れ様でした!」
店員に仕事を引き継ぎ、店をあとにしようとした時…
「東~夕飯に行こうぜ!」
「兄貴!?」
海藤の兄貴が、シャルルに突然やって来た。
久し振りの兄貴の姿に、喜びがあふれる。
最近、兄貴とはあまり会えていなかった。
俺と八神が付き合っていることを知っている兄貴は、きっと俺たちに気を遣ってくれてたんだろう。
「久し振りに俺と一緒に夕飯に行こう」
「え?」
「何か予定あるのか?」
兄貴と夕飯!
八神と過ごすのも大切だが、やっぱり兄貴と一緒に過ごす時間も大切だ。
俺にとって、兄貴はずっと憧れの存在だ。
「いえ、特には…」
「ちょっと待ったああああ!」
「や、八神!?」
今度は八神がやって来た。
な、何だ? 何が起きてるんだ?
「遅かったな、ター坊」
「ハァハァ…くそ…なんで町歩くだけでチンピラに絡まれまくるんだよ…」
八神は息も絶え絶えだ。
「ハァ、ハァ…東…俺と夕飯に行こう…」
「えっ?」
「おい、ター坊、俺のほうが先に東を誘ったんだ」
「…いや、でも東はまだ返事をしてないだろ」
「うっ…いや、まぁそうだが…」
「それに東は俺の恋人だからな…俺のほうを優先するはずだ」
「はぁ!? 何でそうなるんだよ! それこそ兄貴である俺を優先するだろうが」
「いや、東は俺を…」
「俺だ!」
「東、俺と行くよな」
「いいや、俺と行くだろ東!」
どうなってるんだ!? 何で兄貴と八神が言い争いみたいになっているんだ?
「お願いします!」
「俺と行こうぜ東!」
兄貴と八神が、お辞儀をしながら右手を差し出す。
これは、どちらかを選んで手を握る、ということなのだろう。
なんか…昔こんなテレビ番組があったのを思い出す。
『ねるとん紅鯨団』だ。
※若いヤツは知らないだろうから、ネットで調べてくれ。
「兄貴、モテモテっすね」
元舎弟の店員は、完全に面白がっている。
けれど、これはどういう状況なんだろう?
兄貴は、俺と八神が付き合っていることを知っている。
いつもの兄貴なら「邪魔しちゃ悪いから、2人で行ってこいよ」なんて言って、自分から身を引いてくれそうなのに。
確かに店員の言うとおり、俺がモテモテで、2人が争って俺の奪い合いをしているように見える。
訳が分からない。
それに、俺にとっては2人とも大切な存在だ。
尊敬する、憧れの存在の兄貴と、恋人である八神と。
どちらかを選べるはずもない。
それに俺は、兄貴と八神が相棒として、一緒に仕事をしているのを見るのが好きなんだ。
こんな風に言い争うような2人の姿は見たくない。
俺は差し出された2人の手を一緒くたにして、両手で握った。
「兄貴…3人で一緒に行けばいいんじゃないすか? 」
「え?」
「八神も…それでいいだろ?」
「えっ? あ、ああ…そうだな」
兄貴と八神が顔を見合わせて、微笑む。
「東にそう言われたら、そうするしかねぇな」
「そうだね海藤さん…ひとまず休戦だな」
ふぅ…なんとか事態は収まったようだ。
元舎弟の店員が「東の兄貴…魔性の男っすね」とか意味不明なことを口走っているが無視した。
この時の俺はまだ、海藤の兄貴が俺のことを好きになったとは、思いもしなかった…。
(続きません!)