Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    はねみな

    ( ╮╯╭)<ほどよく

    ☆quiet follow Send AirSkeb request
    POIPOI 50

    はねみな

    ☆quiet follow

    🐉🔥
    🎄🌟

    人生にはいくつかの分岐点がある。学校を選ぶとき、家族や友達と大喧嘩をしたとき、知らない土地へ旅立つとき、住む場所を決めるとき、新しいことを始めるとき。それから。
    「あ、こ、こんばんは」
    グーゼンデスネ、とどこか上擦る声で言い、ぎこちなく笑う年下の友人――ぼくは友人だと思っている――がエンジンスタジアムの前でぼくを待っていた。
    クリスマスイブだというのに書類仕事や各所への報連相、年明け早々にあるイベントの申し送りやらその他諸々でばたばたと忙しく、家族と過ごすトレーナーのみんなを先に帰して一人で事務仕事をしていたらすっかり遅くなってしまった。ケーキくらい食べたいな、と思っていたけど店も閉まっているだろうし無理かなあと呑気に外に出た途端、思いもかけない声に呼び止められて今に至る。
    多分、きっと、かなり長い時間、寒空の下にいたのだろう。閉館後のスタジアムから漏れるわずかな光に照らされ、端正な顔の真ん中にある高い鼻が赤く冷えているように見える。
    「ちょっと仕事でそこまで来たんで、カブさんいるかなーって思って。ほんと、偶然」
    彼が声を出す度、カモフラージュでかけている眼鏡のレンズが白く曇る。眼鏡もすっかり冷えているみたいだ。
    「それであの、これ、よかったら」
    立ちすくんだままのぼくに歩み寄り、彼が小さな手提げ袋を差し出してきた。
    「会えたら渡そうかなって思ってて。ほんと、ナイスタイミング」
    両手で包み込むように受け取った袋は重くもなく軽くもない。手元と彼の顔を交互に見ると、見慣れた笑顔を浮かべ、
    「前、バッグの中でカギ見失ってたでしょ? キーホルダー、役に立つかなって」
    全然高いものとか派手なものとかじゃないです、と慌てた様子で付け加え、
    「使ってもらえると、うれしいです」
    冷え切った大きな手が、袋を持つぼくの手をそっと包む。
    「それだけ! 遅くまでお仕事お疲れさまです!」
    弾かれたように数歩後退り、勢いよく頭を下げた彼が踵を返して走り去る。ぼくは最初から最後まで何も言えないまま、手提げ袋を抱えて立ちすくみ、ただその背中を見送るしかなくて。
    見送るしか、なくて。
    彼は――キバナくんは、年下の友人だ。今年の初め、ぼくがジムリーダーに復帰してすぐにわざわざ挨拶に来てくれて、いつも人懐っこい笑顔でぼくに話しかけてくれて、いつの間にかごく自然に連絡先を交換していて、それから時間が合えば時々一緒にご飯に行ったり、お茶をしたり、何でもない話をするようになった、そんな人で。若いのにしっかりしていて、視野が広くて、優しくて、いろんなことに興味がある人なんだなあ、ぼくなんかにも彼の興味を引く面白い何かがあるのかなあ、なんて、ぼんやり思っていて。
    でも本当は、なんとなく気付いていた。まさか、そんな馬鹿なこと、とその都度振り払って気づいてないフリをして、自惚れだと自戒と自嘲を繰り返していただけだ。
    ほう、と吐いた息が白く散っていく。オフィスは温かかったけど、外は寒い。今年一番の寒さになると天気予報が言っていた。子どもの頃に歌ったクリスマスの歌じゃないけど、彼の鼻は真っ赤だった。手もすごく冷たかった。ずっと待ってたんだ、こんな寒い中、ぼくを。約束も連絡の電話もメールもなかったけど、それは、この贈り物は、きっと。
    人生にはいくつかの分岐点がある。今、ぼくはまさに分岐点の前に立っている。どうする。どうしよう。いや、答えはもう決まっている。どうしたいかは自分が一番よく知っている。ちゃんと、わかってる。
    バッグの中に紙袋を入れ、事務仕事で凝り固まった肩を回し、足を伸ばす。息を吸い、精神統一。
    君は分岐点の「そっち」を選んだみたいだけど、ぼくは「こっち」を選ぶよ。いいかい? いいよね?
    さあ、
    「行くよ」
    背中を押すように呟いて、思いっきり駆け出した。
    やたら踵の高いブーツ履いてる君になんて、すぐに追いつくんだからね。そろそろ息切れしてる頃だろう? ほら、もう見えてきた。
    「キバナくん!」
    「え、うわ!?」
    振り向きざま、猛スピードで追いついたぼくに思いっきりタックルをされ、後ろによろけながらどうにかその場で踏ん張った彼の腰に抱きついたまま、
    「キバナくん」
    もう一度名前を呼んで、
    「ありがとう、……だいすき」
    顔を上げながらちゃんと届くように真っ直ぐ、真っ直ぐに。
    目を丸くし、ひゅ、と音を立てて息を飲んだ彼が、
    「あ、うぁ……」
    言葉にならない声を出して固まってしまったので、ぼくは彼の胸に顔を埋めながら少し笑った。

    街灯のない通りの端、初めて触れた唇はすごく冷たくて、
    「つめたいね」
    照れ隠しにそう言ったら、
    「じゃあ、カブさんがあっためて?」
    甘い声でおねだりをされてしまったので、
    「……いいよ」
    今夜はちょっと、たくさん、がんばることにしました。
    Tap to full screen .Repost is prohibited

    recommended works