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    はねみな

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    はねみな

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    バディミ / チェズモク
    エンディング後
    とりあえず吐き出したかった

    「チェズレイ、結婚って興味ある?」
    タブレットの向こうから聞こえてきた声に思考が止まった。

    「で、なんなんですかこれは」
    唐突な電話から十数分後、私は居酒屋のテーブル席に着き、向かいにいるモクマさんに精一杯の恨めしげな視線を送っている。走ってきたせいで乱れてしまった髪が気になって仕方ないが、それより先に現状の説明がほしい。モクマさんは私の視線を意にも介さず、
    「いやー、ご夫婦限定! スペシャルメニュー! って書いてあってさあ、この値段でこのボリュームでしかも見てよこれ! ミカグラ近海でしか獲れない貴重なお魚さんなんだよ〜?」
    まさかここでお目にかかれるなんてねえ、と満面の笑みを浮かべ、目の前で煮立っている小さな鍋の食べ頃を今か今かと待ち構えている。
    「お得意のナンパでどうにかしたらよかったでしょう」
    「おじさんの連敗記録知ってるでしょ?」
    知っている。本気で声をかけていないことも知っている。だから私も嫉妬はしないし、呆れもしない。それがこの人の渡世術、この人が傷つかないための生き方なのだ。
    「そろそろいいかな? ささ、食べよ食べよ!」
    ほれ、と手を出され、小鉢を渡す。
    「お腹空いてる? たくさん食べれそう?」
    手際よく魚や野菜、スープを小鉢に盛り付けるモクマさんを眺めつつ、それって完全にお腹が空いてる人のための量ですよね、とぼやきたくなるのを堪え、
    「まあ、そこそこに」
    曖昧な返事をして、やたら楽しそうに、嬉しそうに、笑顔で山盛りの小鉢を手渡してくるモクマさんに笑みを返した。

    二人で仕事をするようになって半年。ビジネスパートナーと言うには互いを知りすぎ、友人と言うには互いの傷を抉りすぎ、かといって家族だの恋人だのと言えるほど互いの領分や皮一枚を超えられない、酷く不安定な場所にお互いを置いている。
    不安定。そう、不安定だ。安定したいのかと問われれば、どちらでも良いと思う。私と彼の関係性は一言では言い表せない。離れることはないし、離すつもりもない。それは恐らく、この先ずっと。どちらかが死ぬまで、否、どちらかが死んでも。あの日、約束をした瞬間からそれは覆されることのない確定事項で、決して揺るがないものとして私と彼を繫いでいる。それはある意味安定と言っても良い。けれど。しかし。
    「おいしいねえ」
    湯気の向こうでモクマさんが幸せそうに魚や野菜を頬張っている。私も少しずつ小鉢の中身を減らしながら、なるほど確かにおいしい、スペシャルと謳うだけはある、と自分を納得させながら味わう。
    ――結婚って興味ある?
    さっき電話越しに聞いた問いが頭から離れない。
    興味はない。全くと言っていいほどない。必要になれば偽装でするかもしれないが、モクマさん以外の誰かとの特別な繋がりは基本無駄で邪魔だ。繋がりどころかしがらみにしかならない。
    そう、だから、正しくは、
    ――あなたとなら、ないわけじゃないです。
    そう、あなたとなら。あなたとの繋がりが得られるのなら、悪くはない。もう十分繋がって、約束もして、揺るがない未来もあるけれど、この関係を私たち以外の誰かに説明する言葉を手にすることができるのなら、それは――、
    「チェズレイってさあ」
    顔を上げると、湯気の向こうに変わらない笑顔がある。いつの間にか小鉢をお猪口に持ち替え、ほんのり紅潮した頬はそのせいかと思っていると、
    「結婚、興味ある?」
    またそれですか、しつこいですよ。
    言いかけた言葉は喉の奥で止まる。モクマさんの目がまっすぐ私を見ている。
    賑やかだったはずの店内が静まり返った。そんな風に思えただけだ。私の目も耳も、感覚の全てが彼に向いている。
    本当、ムードだとかタイミングだとか、どこまで無頓着で考え無しで行き当たりばったりな人なのか。
    私は小鉢の中の魚を一切れ口に入れ、
    「あなたとなら、まあ、ないわけじゃないですね」
    もぐもぐと咀嚼しながら、精一杯適当に、そう返した。

    「指輪は私が買います。あなたに任せたら大変なことになりそうだ」
    「いくらなんでも玩具は買わないよ?」
    「センスも心配ですので」
    「信用ないなあ」
    「モクマさん」
    「んー?」
    「幸せに、なってください、私と」
    「……うん」
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