会えない日の夜は会えない日はさみしい。会えない日の方が多いんだからそろそろ慣れなきゃとは思うのだけれど、あのふにゃっとした笑顔や石鹸の匂いや少し高めの体温を独り占めできないのはやっぱりさみしくて辛い。
――今日の試合もカッコよかったです。次はゼッタイスタジアムで見たい!ゆっくり休んでくださいね。おやすみなさい。
メール文は当たり障りなく、元気に明るく、あの人が返事に困らないように。会えない日のルーティンの一つをこなして、オレはソファーに身体を埋めた。
会えない日はさみしい。一ヶ月前、玉砕覚悟で告白して、返事を聞かずに頭を下げて謝って帰ろうとしたら、
「ありがとう、……嬉しい、です」
と控えめな声が背中に飛んできて、首がひきちぎれる勢いで振り返った。振り返った先にはふにゃっとした笑顔のあの人が顔を真っ赤にして立っていて、
「すごく嬉しい、んだけど、ぼく、どうしたらいいかな……?」
困ったように首を傾げるから、付き合ってくださいと絶叫じみた声で言うしかなかった。
お付き合いが始まって、おはようとおやすみのメールを送り合うようになって、たまにお昼とか午後の空いた時間にも「今何してる?」なんて聞けるようになった。ごはん食べてるよ、とか、ミーティングが終わったところ、とか、送られてくる短くてなんでもない内容のテキストがキラキラ光って見えるのがすごく不思議だ。
休日が重なったのは一週間前。一日だけ、もちろんお泊まりとかは無し。オレの行きつけのカフェでお茶をして、ナックルスタジアムの中の蔵書庫を案内したくらいだったけど、帰り際に「次のお休みがわかったらまた連絡するね」と言ってくれたのが死ぬほど嬉しかった。
会えない日はさみしい。次はいつ会えるだろう。テレビを付けて、ガラルリーグの専門チャンネルを見ればあの人の姿は見ることができる。でもそれはオレだけのあの人じゃない。笑顔も、匂いも、あたたかさも足りない。
夜は特にさみしい。寝る前の思考は妙に冴えていて、手持ち無沙汰で、スマホ画面に映るあの人からのメールを新しい順に遡っていく。短くて無駄のないテキストはオレだけに向けられたもので、読んでいくとさみしい気持ちが少しだけやわらいでいく。
声、聞きたいな。ふとそう思ってしまい、急いでそれを追い払う。わがままは言わない。しない。なぜならオレはもう大人なので。大人なあの人とお付き合いをしているちゃんとした大人なので。
時刻はもうすぐ明日になる。夜も朝も早いあの人はもう夢の中だろう。ぐっすり眠ってるといいな、悪い夢とか見ないといいな。毎日そんなことを真剣に願ってしまう自分はちょっと重たい、かもしれない。
「オレも寝よ」
言い聞かせるように呟いて、ソファーから立ち上がる。シャワーは浴びたし、明日の打ち合わせの準備も多分オッケー、問題なし。伸びをしながら寝室へ向かうと、
「電話ロト!カブから!」
手の中にいたロトムが飛び出しながら叫ぶ。
「へ」
頭の中が真っ白になって、それでも手は反射的に動いた。
「も、もしもし!」
咳き込みそうになる勢いで声を出すと、
『あ、こんばんは、遅い時間にすみません』
全然!
嬉しいです!
興奮のままに口から飛び出しそうになった言葉を飲み込み、
「全然、まだ起きてたんで。何か急用でした?」
努めて冷静に、穏やかに、大人なオレを取り繕う。
『うん』
電話の向こうのあの人は、何やら少しためらい、
『あの、うん、何でも、何にもなかったんだけど』
ごにょごにょと珍しくはっきりしない声と言葉遣いで、
『キバナくんの声、ちょっとだけ、聞きたくって、あの……ごめんね』
恥ずかしそうに、多分顔を赤くしてそう言った。
その夜の通話は五分くらい。日付が変わると同時に「おやすみなさい」を言った。会話の内容は全然覚えていない。ただ百回くらい「大好き」って言ったような、その度に『もういいから、大丈夫だから』って恥ずかしがらせてしまったような。
そうして、次の日から夜のメールが電話に変わって、会えない日のさみしさは会えない日の楽しさに変わった。
なんでもない毎日は、あの人と一緒にちょっとずつ変わっていく。