困ったな(困ってない)「え?」
何を言われたのか理解できなくて聞き返す。いや、理解は多分できたのだけれど、それをきちんと噛み砕けなかった。
「や、だからオレ、すげえ好きな人がいて」
やはり理解はできていた。さっきもちゃんとそう聞こえていた。間違いない。ぼくは、テーブルを挟んだ向かい側でアイスコーヒーが半分くらいになったグラスに視線を落として背を丸めている彼――キバナくんのおでこを見つめる。
「その、どうしたらいいのか、わかんなくて」
そんなのぼくもわからない。ぼくの人生は色恋とは縁遠い。今だけじゃなく、昔からずっとそういったことには疎いし、近づこうと思ったこともないし、機会もなかった。そういう生き方をしてきて困ったことも苦労したこともないし、これからものらりくらりとそんな感じで生きていくのだと思っていた。
のだけれど、今こうしてカフェで偶然彼と一緒になって、話の流れで相談を持ちかけられ、ぼくはとても悩んでいる。挫折や失敗、不格好な立ち上がり方は知っているし、そういう方面なら多少は助けになれると思う。でもこれは駄目だ。経験が圧倒的に足りない。ぼくは俯く彼にかける言葉を持たない。
「カブさんは、全然その気もない誰かに告白とかされたら、やっぱ困ります?」
どうだろう。好意を持たれて嫌な気はしない、と思う。多分。でもそれが全く知らない人や、ちょっと苦手な人だったら困ってしまうかもしれない。
「人による、かなあ……当たり前だけど」
つまらない答えしか出せないぼくに、キバナくんはグラスを見つめたまま、ですよね、と真面目に頷いている。ぼくは残り少なくなった温いカフェオレを口に含み、何か言える言葉はないかと空っぽな引き出しを次々と開けていく。開けたって何かあるわけでもない。入れておくだけの経験がないんだから。困った。大人なのにぼくは何もしてあげられないのか。
「やっぱ、どうしたらいいのかわかんね」
キバナくんが笑う。諦めたように、呆れたように。それはぼくに向けられたものではないけれど、その言葉にすら返す言葉を思いつかないぼくは呆れられても仕方ないと思う。
ごめんね。
つい、反射的に謝ろうと口を開いたとき、
「よし、もうわかんねえから言うわ。カブさん」
俯いていた顔を上げ、彼は真っ直ぐぼくの目を見る。
「あなたが好きです」
ぼくはやっぱり理解できなくて、噛み砕けなくて、
「え?」
つい聞き返してしまって、
「同じこと二回言うのちょっと恥ずかしい」
困ったように、照れくさそうに笑う彼はそれでも、
「カブさんのこと、すげえ好き」
とても嬉しそうに、どこか幸せそうにそう言うので、ぼくもなんだかとても嬉しいようなあったかい気持ちになってしまって、グラスに添えられていた彼の指がそっとぼくの方に伸びてきて、冷たい指の先がほんの少しだけ手の甲に触れたとき、困っていない自分にちょっと困ってしまった。
困ったな。
この気持ちをどうやって君に伝えようか。