メルトちょっとした弾みで。
ほんの出来心で。
なんとなく。
つい反射的に、引き寄せられるように、それが当たり前で、当然のことのように。
だって触れられる距離だったんだ。二人がけのソファーに並んで座って、髪の毛と肩が柔らかくぶつかって、耳のすぐそばで遠慮がちな笑い声がして、吐息がスマホを持ってるオレの手に触れて、生まれたてのヌメラがオレの撮った写真の中で笑っていて、それを見たカブさんが、
「かわいい」
そう言って、本当に楽しそうに笑って、それがあんまりにも可愛くて、好きで、好きな人がこんな近くにいて、オレの手の中を覗き込んで肩を小さく震わせながら笑っていて、可愛くて、本当に好きで、大好きだと思って、思ってしまって、だから、つい。
つい、唇に触れてしまった。
カブさんがオレを見ている。さっきまでスマホを見ていた目はオレを真っ直ぐに見据えていて、その顔はもう笑っていない。きょとんとしたような、ぽかんとしたような、顔に強い表情は浮かんでいない。ゆっくりまばたきをして、さっき触れてしまった薄い唇が何か言いたそうにわずかに開き、また閉じる。
オレは何か言わなくてはいけない。ごめんなさい、嫌だった? ごめんなさい、なんか近かったからつい。ごめんなさい。ごめんなさい、オレ。ごめんなさい、カブさん、どうしよう、嬉しいのか怖いのか泣きたいのかわかんない。
でもできることなら、もう一回触れたいです。だってまだあなたとの距離が近い。まだあなたがここにいる。オレのすぐそばにいてくれている。あなたの目がオレを見てくれている。
「カブさん」
名前を呼んでみる。わずかに息を飲み、カブさんはオレを見たまま何も言わない。
「……カブさん」
もう一回名前を呼ぶ。目を見つめて、囁くように、甘えるように、ねだるように。
先に目を閉じたのはカブさんだったのか、オレだったのか。視界が暗転すると同時に、唇に少し優しくて少し乾いた柔らかさが触れた。軽く音を立てて、触れては離れ、少しずつ触れ方を深くしていく。おずおずと開かれる唇の間に舌の先を差し入れ、吐息を飲み込みながらゆっくりと熱を交わらせる。唇と舌に濡れた音を乗せ、ゆっくり、深く、もっと深く。
「は、っ……きばなく、ん……ぅ」
こくん、とカブさんが喉を鳴らす。夢中になりすぎたことに気づき、中から舌を抜き、オレは目を開けた。
「ごめんね、苦しかった……?」
恥ずかしいくらい甘い声を出し、まだ吐息の触れ合う位置にいるカブさんの頬を撫でる。濡れた唇を親指で軽く拭ってあげると、きゅ、と目と唇を閉じ、カブさんは小さくまばたきを繰り返しながら泳ぐ目でオレと視線を合わせた。
「あの……、ええと」
ごまかしようがない。オレはこの人に触れてしまった。情欲ってやつを剥き出しにして。触れられたカブさんも曖昧にする方法が思いつかないのだろう。かといってどうしてオレがそんな触れ方をしたのか結論を出すことができないようだ。「いつも優しくて明るくて元気なキバナくん」がどうしてこんなことをしたのか。答えは一つしかないのに。
わかりやすく戸惑う視線を間近に見つめ、オレは駄目押しに軽いキスを落とした。
「んっ」
軽い音にびくんと肩をすくめるカブさんはやっぱり可愛い。可愛くて、大好きで、ずっとこの距離にいてほしい。ずっとこの距離にいたい。カブさんもそう思ってくれたなら嬉しい。そう思ってくれていると思いたい。だってさっき、一緒に目を閉じたのはそういうことだって自惚れてもいいでしょ?
唇を指で辿りながら、泳ぐ視線を追いかける。耳まで真っ赤にして、オレのあからさまでふしだらな視線と手を受け入れているカブさんに、
「ね、カブさん」
甘ったるい声でもう一度おねだりをして、ゆっくり目を閉じる可愛い人とそっと唇を重ね合わせ、身体全部で甘えながらソファーに沈んだ。
「……カブさん」
「う、ん……?」
あちこちに触れて、口付けて、お互いの体温が同じくらいになった頃、
「すき」
初めて口にしたら思いのほか照れてしまって、それはカブさんも同じだったみたいで、
「……うん」
両腕をオレの首に回し、ぎゅ、としがみついてきた熱がオレよりもちょっと高くて、それがとても愛おしかった。