You are my sunshine「それではお待ちかね、カードインタビューのコーナーです!」
観覧席の観客が口笛を鳴らしながら拍手をし、司会者がトランプのようなカードを頭上に掲げる。トークショーも終盤、お馴染みのコーナーだ。ガキの頃、テレビの中にあったカードが手の届く位置にあることを感慨深く思う。
「簡単にご説明を。カードにはそれぞれ異なるマークや絵が描かれています。この中から一枚だけカードを選んでいただき、カードに描かれたマークや絵にちなんだお話をお聞かせください」
「黙秘権は?」
椅子に深く腰掛け、これ見よがしに足を組みながら尋ねる。司会者はオーバーに肩をすくめ、
「沈黙が答えという場合もありますからね」
満面の笑みを浮かべ、扇のように広げたカードを恭しく差し出してきた。
台本はここまでだ。カードに描かれたマークも絵も知らされていない。大方ダンデに関するものとか、恋愛観だの結婚観だのを引き出させるようなものが描いてあるんだろう。まあ何が出てもそれなりの答えは用意できる。
手を伸ばし、悩む素振りを見せてから、右から二番目のカードを引き抜いた。
「何が描いてあります?」
司会者に悪戯っぽい表情で促され、苦笑いを浮かべながらカードを裏返した先、
「え」
どきり、と心臓が跳ねる。
赤と黄色。
それは見慣れた、見慣れすぎた色と形。
「キバナ選手、カードには何が?」
何がって、あんた知ってるんだろ。なんだよ、その嬉しそうな顔。
引きつりそうになる口元を抑え、指で弾くように司会者に――カメラに向かってカードを見せる。観覧席から、わっ、と笑いのような驚きのような声が上がり、司会者は手を叩いて椅子から立ち上がった。ひとしきり盛り上がった後、
「それではキバナ選手、カブ選手について語っていただけますか?」
カードに描かれていたのはエンジンジムの、カブさんのマーク。マルヤクデを模した赤と黄色の燃える色。
じわり、と額に汗が滲み、緊張で鼓動が早まる。
語る?
語るって何を。
オレにあの人の何を話せというのか。
想定外の事態にうろたえているのを悟られないよう、
「まいったな、すげえ難しいんだけど」
笑いながら額に手を当て、顔を隠す。
まいった。
これは本当に、困る。
困るよ。
だって、オレ。
「おはよう、キバナくん」
びくん、と飛び上がりそうになり、すんでのところで踏みとどまる。
定例会開始三十分前、シュートシティの委員会会議室横の休憩スペースでスマホロトムを眺めていたオレは、エレベーターから出てきたカブさんに声をかけられた。浮いていたスマホロトムを掴みながら、だらりと投げ出していた足をそれとなく正し、
「おはようございます、カブさん。早いですね」
いつも通り――多分いつも通りにできているはずだ――の笑顔を浮かべ、そのまま会議室に入って行くだろうカブさんに挨拶を返す。
「君こそ。今日はどうしたんだい?」
おっと、これは想定外だ。挨拶で終わらない。今日に限ってどうしたんだろう。
動揺を表に出さないよう、オレは笑顔を作ったまま、
「やだなー、オレさまだってたまには早起きしますよー。なーんて、昨日は近くのホテルに泊まりだったんで、なんとここまで徒歩二分!」
ちょっと早口になったことを自覚しつつ、おどけて見せた。カブさんが吹き出すように笑ってくれたのでほっとする。
「隣、座ってもいいかい?」
ソファーを指差され、断る理由がない。ほっとしたばかりの胸がまたどぎまぎし始める。
どうぞどうぞ、と空ける必要もないのにソファーの隅に身体を寄せ、お礼を言いながらすぐそばに座るカブさんを横目で見下ろす。
カブさんが下りてきたエレベーターが動く気配はなく、すぐ誰かが来ることはないようだ。まだもう少し、ここに二人きりでいられる、らしい。
どうしよう。
まいった。
昨日と同じ、焦りのような、緊張のような、動揺のようなざわめきが身体中に広がっていく。
何で今日に限ってこんな。
「昨日のテレビ見てたよ」
うわあ。
思わず天を仰ぎそうになる。
カブさんがオレじゃなくて真っ直ぐ前を見ていてよかった。
「ちょっと照れちゃった」
カブさんは、ふふ、と小さく笑い、オレの顔はじわじわと熱くなる。
「ありがとう、その……嬉しかった、です」
控えめな視線が見上げてくる。いつもは――スタジアムでは火花が散るくらい真っ直ぐで燃えるように熱い視線が、今はどこか遠慮がちに揺れている。
どくん、と心臓が跳ね、きゅう、と締め付けられる。
知らない。
知らなかった。
初めて見た、こんな。
「もっと話しやすいカードならよかったのにね。キバナくん、珍しく話しづらそうだったから申し訳なくて」
それは、だって。
当たり前だ、そんなの。
「あの番組、生放送だったんだね。本当に、その、ごめん、ぼくが謝っても仕方のないことなのはわかってるんだけど、でも」
視線を前に戻し、カブさんは静かにゆっくりと息を吸う。
「でも、とてもうれしかった。君がぼくのこと、あんな風に言ってくれて」
ありがとう。
カブさんはもう一度そう言って、今度は真っ直ぐオレを見上げてきた。
燃えるように熱い、真っ直ぐな目。
「君の言葉に恥じないよう、これからも努めます」
凛と背を正し、それは決意のように、誓いのように。他の誰でもない、オレに向けられた強い意志だった。
ああ、この熱だ。この眩しさだ。
これがオレを、オレの火を強く、熱く、消し炭になる一歩手前まで燃え上がらせる。
この人が、この人だけが、オレの――。
「キバナくん?」
首を傾げるその人の目に吸い込まれるように、その熱に引き寄せられるように、
「あ」
小さな声ごと両腕の中にその身体を閉じ込めて、
「カブさん」
淡い色の髪の向こうにある耳に愛しい名前を囁くように紡ぎ、
「届いた? 好きだよって」
腕の中、ゆっくりと上がっていく体温を感じながら、甘えるように尋ねた。
「あー……、カブさんは、なんて言うか、大先輩で……トレーナーとしても人生とかそういうのでも、すごい先輩、です。いやマジで! ほんともー笑わないでくれます!? めちゃくちゃ照れくさいのめちゃくちゃ我慢してるんだからさー」
司会者が観覧席で笑う人たちを両手を振ることで諫める。続きを促され、片手で頬を押さえつつ、茹だった頭でオレは言葉を選ぶ。
「あの人は、すげえ熱くて。それこそ燃えるみたいに。ジムチャレした人ならわかると思うけど、いっつも全力で、誰を前にしても手を抜かないし、一歩も引かない。たまにマジで心配になるくらい」
火にくべたタンドンみたいな人ですよ、と司会者が言う。
「頭が固いってこと?」
オレのツッコミに司会者はおどけた表情で肩をすくめた。
「まあ、うん、そうかも、ある意味では。頑固なのは確かかな。すごく頑固で、絶対に曲げない。でなけりゃ戻って来ないでしょ、戻ってなんか来れない」
観覧席の観客があちこちで頷いている。そうしろと言われているんだろう。大きいリアクションをすればカメラが捉えてくれる。
「あとは……そうだな……」
何が言えるだろう。今ここで言葉にしても良い気持ちはどこまでだろう。カメラがオレを捉えている。オレの言葉は電波に乗ってガラル中に届く。届いてしまう。もしかしたら、あの人のところにも。今は多分夜のジョギング中だから、テレビなんて見てないだろうけど。
でも、もし、届くなら。
「太陽、みたいな?」
語尾上げで言った言葉に、観客席から感心したようなため息のような声が湧き起こる。
「カブさんは燃える太陽みたいな人です」
司会者が次の言葉を探している途中で、
「あ、やっべ、来期の戦略のヒント言っちまったかも。『ひでり』とか全ッ然関係ないんで! 対策練ってこなくていいんで! よろしく!」
カメラに向かって指を差すオレにスタジオが笑いに包まれ、そのままCMへなだれ込む。
じんわりと熱を持ったままの頬をミネラルウォーターのペットボトルで冷やし、司会者にも観客にも気づかれないように少し笑った。
そう、あなたはいつでも、いつまでも、オレの。
エレベーターの扉が開き、中から出てきたのはメロンさんだった。ソファーに座っているオレと目が合うと、
「あら」
早いじゃない、珍しく、とでも言おうとした口が言葉を発しなかったのは、オレの隣――肩が触れ合う位置にいるカブさんにも気づいたからだ。
「あ、お、おはよう」
休憩スペースの前で足を止めたメロンさんに、カブさんが小声で挨拶をする。それに何も返さず、しばらくオレとカブさんを交互に見ていたメロンさんは、
「ははーん」
何かを察したような声と表情を隠さず、
「You are my sunshine, my only sunshine」
口ずさむ歌のそれ以降の歌詞はうろ覚えらしく、鼻歌を歌いながら会議室の方へヒールを鳴らしながら歩いていった。
「見てたみたいだね、テレビ」
「ですね」
見送りながら、ふふ、とどちらからともなく笑い、視線を合わせる。
「さっきの歌知ってる?」
尋ねられ、首を振る。メロディーは何となく聞いたことあるけれど。
「君はぼくのたった一つの太陽、曇っていても君がいれば幸せ」
「わかる」
「ほんとに?」
うん、と頷いてみせる。
「でも君が他の誰かを好きになるなら、いつか絶対後悔するよ」
「え」
「っていう歌」
「マジで?」
「まじで」
ちょっと引いてしまったオレに、カブさんはにこにこ笑っている。
「怖いなあ、キバナくんは」
「えー、オレぇ?」
苦笑いするオレを見ながら立ち上がり、
「怖いから、もう君以外好きにならないようにするね」
ほんのり赤く染まった顔でそう言って、会議室の方へ行ってしまった。
すぐに反応できず、ソファーに残されたオレは、
「ふ、えへ、うへへ」
ニヤける顔をしばらく抑えきれず、エレベーターから下りてきたルリナに「うわ」と素の声をぶつけられた。