好きすぎてうそみたい「きみが好きなのはぼくじゃないよ」
オレの好きな人は優しい笑顔で残酷なことを言う。
何度伝えても、何度本気だと訴えても、この人の返事は変わらない。
違うよ。
ぼくじゃない。
ちゃんと見ないと。
優しい声で、優しい言葉で、オレの全部を否定する。
何も違わない。オレが好きなのは今オレの目の前にいるこの人――カブさんで、オレはちゃんと目を見て伝えてるのに、カブさんはオレから目を逸らす。見てないのはカブさんだ。だからオレは意地でも食い下がる。
「それ、ちゃんとオレの目見て言ってよ」
肩や腕をつかみたい気持ちを抑え、声だけで訴える。カブさんは逸らした目を動かそうとはしない。
「カブさん」
オレを見て。逃げないで。怖いのはわかるよ。だから、だからこそ逃げないでほしい。オレを見てほしい。何にでも真っ直ぐ立ち向かっていくこの人が、オレにだけこんなことをするのが悲しくて、でも少しだけ薄暗い喜びが湧き上がってしまうのは秘密だ。
「オレが好きなのはカブさんだよ」
こっち見て。怖くないから。怖くないようにしてあげるから。
「今までもこれからも、カブさんだけだよ」
「……うそ」
小さく首を振って、小さな声で言う。こんな声、初めて聞いた。
「それは、うそです」
小さな声ははっきりと否定する。
「ウソじゃない。あなたにウソなんてつかないよ、オレ」
手の届く位置にいるのに、やたら遠く感じる。つかめる位置にある肩も腕も遠くて、遠すぎて、オレはそれでも食い下がる。
「カブさんには、ほんとのことしか言わない」
だってカブさんには正攻法しか通じない。試合だって最後は必ず火力勝負になるんだから。
「応えてほしいわけじゃないです。ただ、オレの気持ち、否定しないでほしい」
カブさんは何も言わない。肩に掛けたバッグのベルトを両手で握りしめ、唇を噛み締めている。
「もう一回言うね? カブさん、オレ、あなたのこと、」
「キバナくん」
遮られ、今日何度目かの告白の言葉が止まる。
「キバナ、くん」
ゆっくりと顔が上げられ、いつもより随分頼りない視線がオレを見つめてきた。
「それは、ぼくに言うべきじゃない」
懇願するように、祈るように、言わないでくれと言う。どうしてそこまで否定するのだろう。オレだけじゃない、他でもないあなた自身を。
だってその目は確かに、オレを、
「オレのことそんなに好き?」
ひゅ、と息を飲む音が聞こえた。
「好きすぎて怖い?」
顔が泣きそうなくらい歪む。
「これ以上好きになるの怖い?」
ぐ、と曲がった口は怒っているようにも耐えているようにも見える。
「わかるよ、オレだって怖いし」
全部見抜いて言い当てたオレに笑顔を向けられ、カブさんはますます泣きそうな顔になる。
「カブさんがそうやって逃げれば逃げるほど可愛くてたまんなくて、力尽くで捕まえたくなる自分がめちゃくちゃ怖ぇよ」
大袈裟に肩を振るわせ、カブさんは耳まで顔を赤くした。うん、そういうとこ、本当に可愛い。
「ね、そろそろ諦めよ?」
さっきより少しだけ近くに感じる愛しい人に手を伸ばす。指の背でそっと頬に触れると、揺れる目がわずかに潤んだ。
「諦めて、オレのこと好きだって言って?」
頬を撫でていた指で、噛み締めた唇に触れる。
「怖くないよ」
促すように、誘うように、惑わすように。すりすりと指で唇を辿り、わずかに開いた口から零れる言葉を待つ。
「ぼく」
指に触れる声と吐息があたたかくて愛しい。
「ぼく、は」
「うん」
早く、早く聞かせて。はやる気持ちを抑え、指に吐息を感じながら、待つこと数秒。
「 」
声にならない吐息がようやくオレの待っていた言葉を告げ、うう、と呻くカブさんが固く目を閉じて俯いてしまう前に、
「オレも好き」
その唇に初めてちゃんと言葉を届けた。
「カブさん、こーゆーのはじめて?」
「……はじめて、です」
「じゃあ二回目もその次も次の次もずーっと、オレとして。……ね?」