Come back into Room502 Room502。かつて深夜三時に放送されていた三十分のラジオ番組だ。
パーソナリティーは当時売れない芸人をやっていた払ったれ本舗の五条悟と、数年前に天才子役としてブレイクするが突如表舞台から姿を消した俳優乙骨憂太だ。内容はフリートークを主軸に……というよりこの時間にお便りも来るはずもなくほぼフリートーク。今後の仕事の悩みや芸人である五条悟の面白いエピソードトーク果ては好きなタイプまでを等身大に話していたという互いのファンにとっては是非とも大いに聞きたかった内容となっているが、たった数ヶ月、払ったれ本舗がC-1に出場しメディアの露出が増えたことがきっかけで番組は終了した。
今や何一つ聞ける媒体もなく、なんなら当日誰も聞かないような時間帯で話題性もなかったその番組は音源すらも残っていないのだ。
「んで、それの再現するの?チャンネルで?」
「うん、そういうことだね」
私も一回は聞いてみたいし、と目の前の相方は頷く。
今や人気芸人として名を馳せた払ったれ本舗のチャンネルは登録者数50万人越え、さっき五十2万人を達成したのでその数字にちなんだ記念としてファンの間で噂を通り越して都市伝説となっている幻の番組の再現をしようじゃないかというのが傑の発案だ。
「50に何もしねえなって思ったら」
「まあまあ、という訳で乙骨君にも連絡しなきゃね」
「別にいいけどさぁ、あっちも忙しいんじゃねえの」
「あんまり乗り気じゃないね?親戚だろう?」
楽屋の椅子に身体を預け天井を向く五条に夏油は疑問を投げかける。とはいえ五条の言っていることもまた事実であった。
「海外に行ってから会ってないんだろ?」
「一度もね」
「帰ってきてからも?」
「そーだよ」
払ったれ本舗のメディア露出が増え始めた後、あるビッグタイトルの海外映画で乙骨はスクリーンに復帰。主人公を狙う殺し屋の役のうちの一人で登場数分にも満たなかったが、正統派アクション映画にあるまじき不気味で得体の知れない演技でインパクトを残した。しかもそれがかつて天才子役として人気を博していたあの乙骨憂太だったと知れば当然日本でも話題になる。CMやドラマ、街中の広告。今や彼を見ない日はない。
「まあ悟の言う通り確かに忙しそうだけどさ、こういうのはダメ元でも先方に聞かないとわかんないから」
「客寄せパンダにしたかねぇんだけど」
「なんだ親戚思いだね」
「ちげえわ俺は俺らの実力で再生数伸ばしてぇの」
「……売れるのは実力で構わないけど、たまには顔ファンにも愛想振りなよ」
夏油は半ば呆れた様に返すとおもむろにマネージャーにメッセージを送る。返事が来たのは二日後、二人が思っていたよりも早かった。
「皆さんこんばんは、乙骨憂太です」
「払ったれ本舗五条悟です」
「この番組は祓ったれ本舗のチャンネルの提供でお送りしています……あの」
「何?」
「お久しぶりです」
「うん久しぶり」
「あの」
「何?」
「機嫌悪いですか?」
「なんで機嫌悪いか当ててみる?」
「えー……僕が黙って海外に行ったから?」
「核心付くじゃん後20分強あるけど」
「正解ですか?」
「80%」
「ほぼ正解じゃないですか」
「ついでになんで海外行こうって思ったか聞いていい?」
「あーそうですね……ええと払ったれ本舗ってC-1決勝まで行くのに長い間努力して研鑽してってやってたでしょう?」
「うんそうだね」
「そういう人達が頑張って、それで日の目を浴びた姿に勇気貰った結果です、かね……僕ももう一度舞台でもカメラの前でもなんでもいいから僕のこと知らないところで自分の武器を持ってやってみようって」
「わあすごいいい話!」
「思ってないでしょ?」
「ふふふふ……今面倒臭いって思ったでしょ?」
「悟さんって面倒な人じゃないですか?」
「えー何急に悪口じゃん」
「でもそれって悟さんの魅力というか……聞いてる人もわかってるとは思うんですけど、ほら夏油さん見てたらわかるでしょ」
「他の男の名前出さないで」
「ふふふ、ほら面倒ですよ」
「大丈夫うちのファンこういう男が好きだから」
「じゃあ安心ですね」
「安心したところで残り20%、知りたくない?」
「……えー」
「えーじゃないよ困んないでよ」
「だって八割当たってる訳だし」
「でも一回位さぁ、当てる姿勢見せなよ」
「えー……うーんなんだろ」
「ほら、ラジオだから早く」
「僕が寂しそうじゃない?」
「……」
「自分は寂しかったのに?」
「……僕がそんなに寂しんぼに見える?」
「寂しんぼじゃないんですか?」
「正解はこっちは解散したりなんだり大変だったのに近くにいてくれなかったでした!」
「大体一緒でしたね」
「もーね、大変だったんだけど既読もね付かないから」
「あっちでちゃんと成果だすまで会わないでおこうって決めてたので……あの」
「うん」
「僕も寂しかったです」
「……憂太」
「なんですか?」
「おかえり」
「はい、ただいまです!」
「うーん」
途中で映像を止めた夏油は腕を組んで考え込む。それと同時に別のピンの収録でこの収録現場に同席できなかったのを心の底から後悔していた。
「どうよ」
「これずっとこんな調子?」
「後憂太と僕の思い出話とかしてる」
「例えば?」
「誕生日に僕のブラックカード渡したら怒られたとか、まだ憂太が小さいときお泊まりしに来てくれて帰る時帰りたくないってぽろぽろ泣いてるの可愛かったとか」
「うーん……まあいいか」
「いいんだ?僕の顔ファン減るくない?」
いけしゃあしゃあとそうぬかしてくる五条に夏油は眉をひそめる。なるほど確信犯か。
「別に?私の猿共は減らないから」
「顔ファンやにわかのこと猿って言うのやめなよ、喜ばれんだから」
後日、件の動画を出した払ったれ本舗のチャンネルの再生数は最高記録となり、五条悟のガチ恋と顔ファンは減りに減った。が、同時に払ったれ本舗とセットで度々乙骨憂太がバラエティに呼ばれるようになって更に彼らを見ない日は無くなった。