正直、複雑な気分だ。
俺とディルックは…まぁ元々仲も良かった訳でもない。…過去を除けば、だが。
俺は営業スマイルで向こうは事務的な対応だ。
それでいいと思ってるしそれ以上を望むつもりもない。ただ、時折酒を飲んでいる時に俺に向けてくれる笑顔をみれればそれでいい。
…我ながら女々しいとは思う。が、幼い頃からの一方的に芽生えてしまった気持ちには抗えない。
ただここ最近、なんとなくだが距離が縮まっている気がする。
稲妻に出かけ、帰ってくると必ず花…桜というそうだが。それを1輪渡しに来るようになった。…無表情で、だが。
ただわざわざここ、騎士団に足を運ぶのだからそれなりに何か理由がありそうな気もするのだが、いくら頭を巡らせても答えは出ず。昨夜丁度バーテンだったから聞いてみたんだ。
「なぁ、最近どうしたんだ旦那様。俺にプレゼントとは機嫌をとっておきたい理由でもあるのか」
「いや、そんな薄暗いものではないさ。受け取ってくれるならばそれでいいんだ。」
そう言われただけ。釈然としない。あのディルックだ。…正直嬉しくないわけではないのだが。過去が過去だけに、優しくされる、優しく接してもらえる理由などないのに。
そんなことを、机に頭を乗せながら、一輪挿しにされた桜を見ながら考えていた。
ぼーっとしていたからか、ドアをノックする音に必要以上に反応してしまう。
「あら、」
入って早々机に飾られた桜に目をやるリサ。
「貴方がそんな綺麗なものを飾るなんて意外。」
ふふふ、とにこやかな笑みを溢しながら近付いてくる。
「そうかプレゼントされたものだ存在には扱えんだろう」
嬉しくて、なんて微塵も見せないように。細心の注意を払って笑ってみせる。
「貴方その花の名前はご存知」
「あ桜だろ」
それ意外に何があるのかと自分でもすっとんきょうな声が出た。
「ふふふ、同じ桜でも種類があるのよ。最近稲妻からの書物が流通するようになって色々読んでみているのだけれど。これは…」
凄く、愉しそうだ。
「貴方、好かれてるみたいね。このプレゼントの主に」
…はいと頭のなかは疑問符でいっぱいとなり、「じゃこの書類の束、よろしくね」と置かれた書物に目を通すことはなく。リサがいなくなった後もぐるぐると思考が定まらないため、直接向かうこととした。
…今日はあそこではないはずだ。だから…屋敷に足を踏み入れねばならない。
そこまですることなのかどうか、それは考えたがどうにも気になってしかたがない。好きあの男が俺を
「ガイア様」
こんな夜中に急に訪ねてきた無粋な男にも、アデリンは相変わらずしっかりと対応してくれる。
「ディルック様はそろそろお休みになられるかと」
「わかった。ありがとう、アデリン」
…アデリンには、昔から隠し事が出来ない。笑顔も含めて。
久々の来訪ではあるが、勝手は変わっていない。迷うことなくディルックの寝室に向かう。…途中、自分がプレゼントした壺が飾られているのが目に入りぎょっとした。まさかこんな似つかわしくない壺を飾っているなど思いもしなかった。ただ、オーナー就任祝いのプレゼントとして渡しただけだ。すぐに処分出来るよう似つかわしくないものをわざと選んだのに。
ドアの前でノックをするための拳が戸惑う。
あの日の夜も同じだった。
今すぐなにもなかったかのように帰りたい。そんな気持ちで、冷や汗が背中をつたう。
そんなことをしていたら、ガチャリとドアが開いてしまって
「あ…」
「ガイア」
風呂に入った後なのか、濡れた頭にタオルを被せて、シャツは少しはだけていた。普段気だるそうな瞳が、大きく見開かれていて吸い込まれそうだ。…普段見せないような嬉しそうな表情をしていた。…気のせいだが。
「ひとまず、中に入らないか」
そう紳士的に誘われては断れない。おずおずと部屋にはいると、なんとも懐かしい匂いがした。
昔は良くここから
「ここから二人で夜空を眺めたな。」
はっと、自分が空を眺めていたことに気付く。ディルックは、何を思っているのかそんな俺に、さっきからずっと優しく笑みを作っていて、心が、ざわざわする。
「君からここに出向いてくれるなんて思ってもみなかった。嬉しいよ、ガイア。」
「あ、いや…」
言葉がでない。いつもの俺を演じれない。
「どうしたんだ何か用が」
「うん。…あー、いや」
流される。昔の記憶に。
「…まぁいいさ、何もなくても。君がここに来てくれただけで僕は、」
あ、知っている。と思った。この空気。何度か。
人から向けられる好意が苦手だから、そういう雰囲気になってしまった時はのらりくらりとかわしてきた。
…今は
鼓動がうるさい。
人から向けられる好意が苦手なら、プレゼントをもらった時点で気に止めなければいい。気にしなければいい。こんな、行動にうつさなければ良かったのに。
…かわす気が、無かった
もしかして、という気持ちがどこかにあった万が一そうなら逃したくないと思ったこの俺が
「…ガイア」
ふと目の前に心配そうに見上げている顔があった。俺は立ち竦んだままだったようだ。
気持ちを気取られそうで、片手で顔をおおう。
「あの、桜だったか。…なんで俺に、くれるんだ」
「嫌だったか」
確信をついた質問だ。嫌なわけはない。
無言を否定と受け取ったようで安堵するように溜め息をついている。
「あの花は、山桜と言うそうだ。」
きしり、とディルックはベッドに座る。
「花言葉というのは知っているか」
無言で頷き、指の隙間から顔を覗いた。
「…君に、贈る言葉だ」
そう、はにかむ姿が美しかった。
「もう君は自分を許してやってくれ。もう僕は、乗り越えたから。…僕は、君へ、笑顔を向ける。気恥ずかしくてなかなか出来なかったが、君が来てくれていいきっかけになったよ。…だから、ガイアも、笑ってくれないか」
俺なんて、ずっとずっと、お前の前で笑顔を絶やしたことなんて無かったのに、なんでわかるんだ。ずっとずっと、心では泣いていたのに。
「ガイア、泣き止んで」
目のはしから溢れたものを、指で掬う。
「こんなこと、言ってもいいのかわからないけれど、今しかないと思うから良く聞いてくれ。…その後、どうするかは君が好きにしてくれていいから。」
そう言うと、両肩を優しくつかまれた。戸惑いが見える表情が、すっと決意ある優しい表情に変わる。
「君が好きだガイア。ずっとずっと、好きだった。これからも僕は君の事が好きだ。」
なんで、なんで、
「なんでだよ…こんなっ俺なんて…嫌いになるだろ…嫌いになってくれよっ…」
泣きじゃくる俺を、優しく包む匂いが、まるで自白剤のように
「だって…俺、我慢しないとって…こんな、の…迷惑だから…っ吹っ切りたいのにっ」
「吹っ切らなくていい。そのままの君でいい。もう隠さなくていい。教えてくれ、君の気持ちを。」
そんなこと、ずるい
「すき…なんだ、にいさん…っ」
十数年間、ずっと心に貯めていたものが、こんな陳腐な言葉に詰まっていた。
「…同じだな。嬉しい。」
懐かしい、嬉しそうな声が耳に優しく届く
「僕の側にいてくれ。もう、離さないから」
涙で濡れた唇に、そっと優しく
「しょっぱいな」
その笑顔を見たかった。俺に向けてほしかった。あの頃のように。
忘れられたと思っていた。捨てられたと思ったいた。
僕を忘れないで、と何度も思っていた。自業自得のその気持ちを殺す度に、嘘の笑顔が目立っていた。
「…今度、二人で稲妻に行こうか。綺麗な社があるんだ」
「あぁ、連れていってくれ。」
久々に、本当に笑えたんだ。