「旦那、もう一杯くれ」
「呑みすぎだ。もうやめておけ」
「けち」
「うるさい」
端から見ていて、正直イライラするんだよね。この二人。
「ねぇねぇ、ボクにももう一杯ちょうだい?」
「あぁ…何にする?」
「はぁ?贔屓だ贔屓だ!!」
「君の場合はもうそれ酔ってるだろう。それに明日も早いのだろうが」
追加のグラスをあおぎながら、ウェンティはほくそ笑む。
これで付き合ってないっていうんだからムリがあるよねぇ。
「ねぇねぇガイアくん」
「ん、なんだぁ?」
家に戻る後ろ姿があまりにも千鳥足で、これはディルックの方がよくわかっていると思う。しかしディルックは明らかにガイアとのあからさまな接触を避ける。
…こんなによく見てるのにねぇ。
「ガイアくんってさ、ディルックのことどう思ってるの?」
「…そういうアンタこそ、仲良さそうじゃあないか」
お、やきもちかな?
「えー、そう見える?ふふ、まぁボクは何とも思ってないから安心してよ」
「何とも思わないだぁ?あんなにルックスが整っていてガタイも良くて、性格も紳士的なんだそんなわけないだろう」
ふて腐れた表情で詰め寄ってくるガイアに対し、にこやかな笑みのまま、これは明日記憶が残っていたら面白いのになぁと思う。
「そうだ、あのね」
赤い頬で訝しげな表情を浮かべるガイアへ、
「明日の日が沈む頃、ディルックが風立ちの地に来て欲しいって言ってたよ」
堂々とそう言ってのけた。
◆
ディルックは走っていた。それこそそぐわぬ全力疾走とはこの事。
日もとっぷりと暮れ、客も皆心地よく酔いお開きとなる中。そろそろ店仕舞いにしようかと思っていた時。
最後の客と入れ違いになるように、まるで突風かのような勢いでそのままカウンターにぶつかるように駆け寄ってきたのはウェンティ
「ディルック大変だ!!ガイアくんが!!」
いつもニコニコしているかへらへらしているかのどちらかだった吟遊詩人がこんなにも焦っている。
聞けば単身風立ちの地に向かったガイアの元へ、氷アビスの集団が向かって行ったと言うのだ。
平常なら特段ガイアの事だ問題なく殲滅出来るのだろうが相手は氷。しかも今日は朝から秘境探索が立て続けにあると行っていた。相当疲労もしているはずだ。
気付けば飛び出していた。
ガイアは、大木の根本に眠るように座っていた。
「ガイア…っ!!ガイア!!」
服が汚れるのも気にせず膝を付き、肩を揺らす。返事もなく、そのまま抱き締める
「ガイア…そんな…目をさましてくれ…」
「ふぁ…?」
完全に気の抜けきった声が耳元からした。
がばっと両肩をつかんで引き剥がすと
「へ?あ?…あれ?」
完全に困惑しきった…というより呆けているガイアの表情
何よりも無事であったことに安堵した気持ちは止められず
「ぅわちょ!!いだだだ!!折れる折れる!!」
全力で抱き締めていた
「頼む…掻き乱さないでくれ…もうわかった、認めるから…」
「な、なんの話…」
「僕の傍から離れるな。隣にいてくれ…」
頭が真っ白になるのはガイア。
まぁここで待っていてくれと言われたときに淡く期待した事は確かだったが、待てども待てども来ず、疲労もあいまって。
帰ろうかとも思ったがやはり期待は捨てられずにいたら寝てしまったと言うのに。
「ちょ…俺の頬つねろ」
「は?…あぁ」
「いだだだ!!痛い!!本気でやるやつがあるか!!…夢、じゃ、ないのかよ…」
「夢?何を言っている。と言うか君、襲われてないのか?」
「襲っ!?…てないなら襲われてないだろ…」
急に何を言い出すのか頭が追い付かない。
「まぁいい、…返事は?」
「……束縛はいやだが、隣にはいる」
そう言うと、暇すぎて作っていたピンクのカスミソウの花冠をディルックの頭に乗せた。
「ふふふ、釣れた釣れた。これだから面白いなぁ人間は」
大木の上、太い枝に腰かけて見下ろしているのは風の神。祝福のかわりに心地よい風をふかせた。