Summer sunset ◇ ◇ ◇
「わー!リュウジさんの運転なんて、変な感じ〜」
「コラ、ナガラ!騒がしくちゃダメだぞ」
「大丈夫だって、俺が隣でナビしてるからさあ、二人は心配しないで寝てて大丈夫だぜ!」
「静かにしてろタツミ、気が散るだろ!」
「兄貴、何気に緊張してるんじゃないの、安全運転でな」
「わかっている!」
楽しくテンポのよい会話が弾むのは、知多半島道路の車内。僕らは今知多半島の南端に向かっている。超進化研究所名古屋支部の夏の慰安旅行で、知多半島の先、日間賀(ひまか)島に向かっているのだ。
テオティの戦いの後、通常の訓練や招集は減っていたが、去年新たな敵ジャモンとの交戦もあって、当面は回数を減らしながらも訓練や他支部との合同演習は続けていくことになった。僕やナガラも適合率の状況を見ながら、今のところ運転士を続けている。
一緒に同乗するタツミさんは、高校2年生、去年から時々名古屋支部に顔を出してくれるようになった。もちろん、今まで道場の先輩として顔見知りだったけど、去年はリュウジさんが受験で忙しかったのもあって、訓練のサポートに来てくれていたのだ。
リュウジさんの大学受験もあって、旅行が難しかったものの、大学に入学した落ち着いた今年は改めて行こうとなったのだそうだ。
「羽島さん、どうして日間賀島にしたのかな〜」
ナガラは6年生になったものの、相変わらずで、思ったことをどんどん口にしてしまう。
「シマカゼやナガラが遊べるようにじゃないか。日間賀島は海もあるし、宿も景色も楽しめる良いところなんだ」
「俺らは朝一に出て午前中の船乗って海水浴、羽島さんたちは浜松さんの運転で午後着みたいだよ」
リュウジさんとタツミさんの掛け合いは聞いていて楽しくて、いつもは冷静沈着でリュウジさんがタツミさんに遠慮なくズケズケ言うのが好きだ。それにナガラも加わって、車内は騒がしかったが、しばらくすると同時に静かになった。…どうやら寝てしまったらしい。
「ナビするとか、言ってい寝るなんて油断するにも程があるな」
バックミラー越しにリュウジさんの顔を見られる。
「ナガラもぱったり寝ちゃって…騒がしくてすみません」
「ふふ、そうだな」
「やっとシマカゼとゆっくり話せる」
ふっと視線をくれるのがうれしい。優しくてきれいな顔にドキッとしてしまう。
「…僕もうれしいです」
僕とはこんな穏やかに話してくれるのが不思議だ。
「タツミさんとの兄弟喧嘩見てると、リュウジさん面白くて」
「口が悪くなってすまない、元々あんなだから今更変えられないんだ」
「ふふふ」
「笑っても…シマカゼには言わないぞ」
いつもより、怒ったり、照れたりするリュウジさんを見れて嬉しい。
「海水浴も旅館も楽しみです」
「どこかで、ゆっくり話せるといいな、半島の先だから、天気が良ければ海に沈む夕焼けも、朝日も見られるそうだ」
「行きたいです!」
支部の人も、タツミさんもナガラもいるけど、こんな風に出かけられるのがうれしい。車内では日間賀島での予定や、夏休みの部活の事とか、とりとめない話をしながら、2人のドライブを楽しむのだった。
◇ ◇ ◇
Ⅱ
海の上、砂浜には既にたくさんの人。
お昼前にはフェリーに乗って、日間賀島に着くと、早速海水浴場に向かうことになった。新舞子海水浴場やりんくうビーチが名古屋からは近いけれど、半島の南端に来るのは初めてだ。少し波が高いかな。
「浮き輪借りて遊ぼうぜ!」
「兄貴も早く!」
タツミさんや、ナガラはすっかり意気投合して、はしゃいでいる。
「シマカゼ、パラソル借りて荷物をまとておくから、遊んできていいぞ」
リュウジさんは、やれやれといった様子で見守っている。
「僕も手伝います」
「ありがとう」
水着姿のリュウジさんを見るのは正直いうとちょっと恥ずかしい。いつもきちんと着込んでいるリュウジさんが、上を脱いでいるなんて…!ただでさえ、色白できれいな顔をしていてはっと目を引くのに、水着なことできちんと鍛えてて筋肉かついてるのに、すらっとした佇まいが目立つのだ。周りの人からどう思われてるか考えると何だか落ち着かない。
「おーい!シマカゼ!これ借りてきた!」
遠くから呼ぶタツミさんの声。タツミさんもタツミさんで、背はリュウジさんのが高いけど、めちゃめちゃ鍛えてて、僕から見ても筋肉の付き方がすごい。
「兄貴達はこっちな」
大きめの浮き輪とフロートを借りてきてくれたようで、フロートをリュウジさんに手渡す。
『2人が並んでるとすごく…目立つ…!』
リュウジさんとタツミさんが並んでいると、何となく周りの女の人の視線が気になってしまう。
何となくモヤモヤしたまま、ナガラやタツミさんと一緒に海に入っていく。
「兄貴、油断するなよ!」
ナガラに水を掛けられるのにハッとなって、ナガラからの攻撃をいなしつつ、遠浅の海を沖に進む。遅れてリュウジさんがやってきた。
「シマカゼ、上の空だぞ」
いきなり小突かれて、ふふっと笑いかけられる。
「だって…」
でも自分のことに鈍感なリュウジさんは、僕が何で悩んでるかなんて、きっと分からないんだろう。
「リュウジさん、水着姿が」
「ん?」
「かっこよくて…目立つ…から…」
だんだん言ってて恥ずかしくなってきたので、フロートに捕まりながら、ぶくぶくと、水面に沈んでいく。
「……なんだ」
ふっと微笑んだリュウジさんが水の中で僕の手を掴む。そのままリュウジさんの胸に手を引くと、
「もう、とっくにシマカゼのものだろ?」
咄嗟のことに、僕は理解が追いつかなくて一瞬止まってしまったけれど、じわじわと顔が赤くなっていくのがわかった。真顔でさらっとそういうことを言うのがずるい。
「もう、リュウジさん!いきなりびっくりするから止めてください!」
後になって怒っても飄々とかわされてしまい、
「ほら、タツミ達のところへ追いつくぞ」
と、けしかけられてしまった。もちろんモヤモヤは晴れたけれど、ちっとも『僕のもの』じゃない気がするのだった。
◆ ◆ ◆
Ⅲ
潮がだんだん満ちてきて、3時頃にはだんだん人が少なくなってきた。シャワーを浴びて、身支度をして、羽島司令長や浜松さんとの待ち合わせの宿に向かう。日間賀島はホテルや民宿など大小の宿があって、食事も良い宿を取ってくれているようだった。
チェックインを済ませると、浜松さんから
「部屋だけど、2名1室なんだ、ただシマカゼくん、ナガラくんだけだと心配だから、リュウジくん、タツミくん、それぞれよろしくね」
「えっ一緒だと思ったのに」
「ファミリータイプの部屋がちょうどなかったみたいでね、でも部屋に露天風呂もついてるみたいだよ」
「えーっすごい!!」
ナガラが興奮している。そんないい部屋なんて思ってもいなかった。羽島さんのポケットマネーなのかなと心配しつつ、部屋割りを思案しようとした時、横からタツミが口を出す。
「ナガラ、一緒の部屋にしようぜ」
「やった!タツミさんと遊んでもらえる!」
「兄貴とシマカゼもいいだろ?」
「ああ、問題ない」
即決されてしまった。問題はないが、タツミにはシマカゼとのことを伝えてはいない。何やら気まずい気持ちと悟られてはいないか、内心ヒヤッとする。
「タツミ、いいのか?」
「今日は兄貴の慰労も兼ねてるからさ、静かなシマカゼのが気が楽だろ?」
「…ありがとう」
そう言って言われたら厚意に甘えるしかない。ちょっと照れたような、困ったような顔のシマカゼと、海が見える角部屋の部屋に願ってもない形で泊まることになってしまったのだった。
◆ ◆ ◆
Ⅳ
部屋に荷物を置くと、浜松さんと打ち合わせがあったので、シマカゼにはナガラたちと大浴場に行くか、部屋の風呂に入っていいと伝えて部屋を後にした。海水浴場でシャワーを浴びたとは言っても早く汗を流したいだろう。
一通り終わったあと、浜松さんたちと大浴場に行って戻ると、和室の畳で静かにうたた寝するシマカゼが。どうやら風呂には行ったようだが、海水浴の疲れもあったし、そのまま寝てしまったのかもしれない。無防備な寝顔か愛しくて、起こすのが勿体なくなってしまう。出会った頃より、だいぶ顔つきが凛々しくなったし、身長も伸びた。身体つきだってしっかりしてきたけど、まだまだ成長途中の線の細さがある。半袖、短パン姿で、無防備に投げ出された脚やちらっと見える腹は…目に毒だ。そこに触れたい、というやましい気持ちは深呼吸一つして一旦しまって、代わりにまだあどけなさが残る頬に触れてみようと手を伸ばした時、ゆっくりシマカゼが目を開けた。
「…リュウジさん?」
「シマカゼ、疲れてたんだな」
「…すみません!ぼーっと海見てたら寝ちゃってたみたいで」
「こちらこそすまない、浜松さんたちとそのまま風呂に行ってしまった、後で一緒に入ろうな」
「…はい」
色々思うところがあったのか顔を赤くしてるのがかわいい。
「リュウジさん、浴衣なんですね」
「シマカゼは着ないのか」
「ナガラみたいに子ども用だと小さいし、一人だと着崩しちゃいそうで、とりあえずTシャツにしました」
「なんだ、俺が手伝うから着てみるか」
「…はい」
部屋の隅で浴衣を羽織ったシマカゼが照れながら近づいてくる。前を合わせて帯を締めようとするが、何だか目を合わせられないらしい。
「どうした」
「リュウジさんに着せてもらうなんて、何か…変な感じが…」
言われてみれば、脱がせてしまうことのか多そうだなぁなどと考えてしまう。その言葉で悪戯心が芽生えてしまい、帯を締める手は止めて、耳元で
「後で、脱がせてほしいのか」
と聞いてみると、真っ赤になってしまった。
大学に入学してから何度か、シマカゼと最後まではいかないにしろ、身体を重ねたことがある。未だに慣れない、初々しい反応が愛しくて、赤くなった頬に手をやるとりキスを一つ落とした。ゆっくり唇を離れると、見上げるシマカゼの瞳は切ないような、焦がれるような色を帯びていて、ギュッと抱きついてくる
「…リュウジさん」
「やっと触れられた」
優しく髪を梳く。控えめに甘えるシマカゼの姿がかわいい。このまま触れたいところだけれど、みんなでの夕食もあるし、いつナガラやタツミが突入してくるかもしれない。
「…続きは後でな」
襟元や鎖骨にキスをしてから、浴衣の襟を整えて帯を締める。あまりしゃべらないのは色々考えてしまってるからかもしれない。慣れないその様子がかわいくて、つい構ってしまうのだけれど。
外を見やると、日が傾いてきて、目の前の海に沈んでいきそうな気配だ。
「夕食までまだ時間がある、外に出てみるか」
「はい」
空がいっぱいに広がる夕焼けと、海に反射する茜色が、眩しいくらいだ。沈むまでの時間が惜しくて、ずっと見ていたいくらいだった。ふと、指先にシマカゼの指が触れる。
「リュウジさん」
「どうした」
「ちょっとだけ、こうしてていいですか」
意識していなければわからないくらい、指先が触れるだけの接触。それでも、触れていたいシマカゼの思いが伝わってきた。
「…沈んでいくのが惜しいな」
ゆっくり沈んでいく夕日を眺めながら、今だけの幸せをかみ締めるのだった。