いばらの森のお菓子の家に住むひとは 時計台の正午の鐘が鳴ったとき。
ふわりと漂ってきたにおいと、遠くから聞こえるハンドベルの音色に、遊んでいた子どもたちはぱっと顔を輝かせた。
焼けた小麦粉とバターの甘くあたたかく、どこか懐かしい香り。
鈴の音は石畳の公道の向こう側、雑居ビルとアパルトマンの間に窮屈そうに挟まれた店から鳴り響いていた。
大人がひとり入れるかどうかという程の広さの、赤いペンキ塗りの古き良き佇まいのベーカリー。
誰かが店内でせわしなく動き回る気配がしたのち、扉が内側からゆっくりと開かれる。
エプロン姿のすこし癖のある黒髪の青年が、ハンドベルを片手に揺らしながら現れた。
憂鬱な曇り空を吹き飛ばすように青く澄んだ瞳が、わらわらと集まってきた子どもたちににっこりと笑いかけた。
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