いばらの森のお菓子の家に住むひとは 時計台の正午の鐘が鳴ったとき。
ふわりと漂ってきたにおいと、遠くから聞こえるハンドベルの音色に、遊んでいた子どもたちはぱっと顔を輝かせた。
焼けた小麦粉とバターの甘くあたたかく、どこか懐かしい香り。
鈴の音は石畳の公道の向こう側、雑居ビルとアパルトマンの間に窮屈そうに挟まれた店から鳴り響いていた。
大人がひとり入れるかどうかという程の広さの、赤いペンキ塗りの古き良き佇まいのベーカリー。
誰かが店内でせわしなく動き回る気配がしたのち、扉が内側からゆっくりと開かれる。
エプロン姿のすこし癖のある黒髪の青年が、ハンドベルを片手に揺らしながら現れた。
憂鬱な曇り空を吹き飛ばすように青く澄んだ瞳が、わらわらと集まってきた子どもたちににっこりと笑いかけた。
子どもたちのお目当てはもっぱらその場で焼いてもらえるクレープだ。
メニューはたった一種類、バターに粉砂糖とレモンの果汁を振りかけただけのシンプルなレモンシュガーバタークレープ。
カウンターに列を作った彼らが次々とクレープを受け取っていくなか、最後尾の少女の瞳は狭い店内にひっそりと並べられたショーケースに釘付けになっていた。
ガラス張りのショーケースの中には決して数は多くないものの、丁寧に飾りつけられた焼き菓子が詰まっている。
オレンジの輪切りで彩られたなめらかそうなチーズケーキに、星屑のような金箔がまぶされたつやつやのチョコレートケーキ。
色とりどりのお菓子の奥にひっそりと隠れるように、ひときわ少女の目を惹いてやまないものがあった。
ホイップクリームと苺のスポンジケーキだ。
分厚いスポンジ生地をふたつ重ねて、たっぷりのホイップクリームと苺ジャムをサンドしたケーキは、少女の母がアフタヌーンティーに焼いてくれるヴィクトリアケーキや、メレンゲにベリーを絡めたパヴロヴァにも似ている。けれど、このケーキの表面にはすみずみまでホイップクリームが塗られており、星形に絞られたホイップクリームと真っ赤な苺で交互に飾られている。
「クレープかな?」
頭上からのやさしい声に、ぼうっとショーケースを見つめていた少女ははっと顔をあげた。
気がつけばあっという間に列が進んでおり、少女の番がやってきていたのだった。
ポケットのなかで小遣いのコインを握る手のひらに汗がにじむ。
少女にはあのケーキの名前がわからない。
もじもじとしている少女を、青年は小首を傾げて穏やかな微笑を浮かべて見守っている。
すると、ふいにカウンター奥のキッチンでクレープを焼いていた男の人がふり返り、青年にすっと近寄って何やらぼそぼそと耳打ちした。
その一瞬、春の日差しにきらめいた金髪からのぞいた男の人の横顔があまりにきれいで、少女はおいしそうなお菓子よりも彼に見惚れてしまった。
けれど、彼はすぐにキッチンの奥に引っこんでしまい、すこし眉を下げた黒髪の青年がショーケースの裏にかがみこんだ。
「気がつかなくてごめんね。すぐに用意するから」
迷いなくホイップクリームと苺のスポンジケーキをいちピース取り出した青年は、手際よく化粧箱に詰めてリボンをかけていく。
あわてて少女が背伸びをしてカウンターの上にコインを置いている間に、表まで出てきた彼は直接化粧箱を手渡してくれた。
「ありがとう。これ、ショートケーキっていうんだよ。俺の故郷のお菓子なんだ」
座りこんで少女に目線をあわせた彼は、きゅっと瞳を細めて笑った。
手を振る青年に見送られて、大切なケーキを揺らさないように慎重に坂道をくだる。
少女はどきどきと高鳴る胸の前にしっかりと化粧箱を抱えながら、ふと不思議に思った。
それにしても、どうして青年は少女が欲しいケーキがわかったのだろう。
ちらりと坂道をふり返ってみると、カウンターの出窓から黙々とクレープを焼いている男の人の後ろ姿が見え隠れしていた。
アパルトマンに帰った少女が母に化粧箱を見せると、彼女は喜んでさっそく紅茶を淹れてくれた。
小皿に乗せてみたショートケーキは、ショーケース越しに見たよりもさらにかわいらしい。
つんと角の立ったホイップクリームに縁どられたケーキのうえに、大粒の苺がぴかぴかと光っている。まるでルビーを縫いつけられた純白のフリルのようだ。ケーキの断面をみると上下のスポンジのあいだにもたくさんの苺が丸ごと挟んであるのがわかった。
触れさせたフォークがすうっとホイップクリームを割き、やわらかくスポンジ生地に沈みこんだ。
ひとくちすくって口の中に入れると、バニラの香りと甘酸っぱい苺の果汁がいっぱいに広がる。蜂蜜が染みこんだスポンジが舌のうえでほろほろと崩れていく。
熱い紅茶に息を吹きかけて冷ましながら、少女はもっとお手伝いをがんばろう、と思案していた。
真新しいコインを握りしめて広場に向かう坂道を登る。
昼下がりで客が途切れたのか、静かな広場には噴水の涼しげな水飛沫の音だけが響いている。
少女がトレーラーに駆け寄っていくと、立て看板にチョークで描きつけていた青年が挨拶をしてくれた。
ショートケーキはとてもおいしくて、ぜひクレープも食べてみたかったから、家事手伝いをがんばってここにまたやってきたのだ。そのような旨をたどたどしく伝えると、少女の大事なコインをそっと受け取った青年は、カウンターの奥に向かって声を掛けた。
「オベロン、お客さんだよ」
今日もまた、キッチンにあのきれいな男の人が立っている。
彼はカウンターの影から横目でちらりと青年を見やると、無言でクレープ生地の準備をし始めた。
「向こう側に回って焼いているところを見せてもらってごらん。楽しいよ」
青年が悪戯っぽく小声で囁くと、聞こえているぞとばかりに、うつくしい横顔の青灰色の瞳がじろりとこちらをにらみつけてきた。
「大丈夫。ぶっきらぼうだけど、わるい奴じゃないから」
不機嫌そうな彼はすこし怖いけれど、クレープの焼き方には正直とても興味がある。
少女は青年の声に背中を押され、そろそろと店の脇の路地からカウンター裏に回ってみた。
細く開いた窓越しに見える男のひとは、キッチンに備えつけられた鉄板の中心にボウルからすくいあげたクレープ生地を垂らしているところだった。
とろりとした淡いたまご色の生地を、節くれだった指先が木製のトンボを使ってくるくると器用に伸ばしていく。
みるみる満月のように鉄板いっぱいに丸く広がった生地に、まるで手品を見せられたかのように少女は素直に感嘆した。
「こんなの見てておもしろいの?」
初めて男の人の声を聴いた少女はびっくりした。
てっきりひとことも喋らないものだと思っていたから。
彼は海鳴りのような低く深い声をしていた。
うすくならされた生地が徐々に焼け始めると、金属のヘラで端から生地を返す。
ひっくり返された裏面は、きれいな黄金色にこんがりと焼きあがっていた。
背伸びをした少女がふつふつと膨らみはじめた生地の表面をじっと見つめていると、彼はあきれたように呟いた。
「……まあ、好きなだけ見ていくといいさ」
今度はおおきなバターのかたまりを取り出し、生地の表面に丁寧に滑らせていく。とろけるバターの芳醇な香りが湯気に乗ってぶわりと舞い上がった。
さらにそのうえからまんべんなく粉砂糖とレモン汁をふりかけると、まるで粉雪のようにさらさらと生地に溶けこんでいった。
そう思ったのもつかの間、最後に彼は生地をひとつ、ふたつと折りたたんでいく。ハンカチを丸めるようにくるくると。
焼きあがったクレープが包み紙で巻かれたところで、突然カウンター裏の窓ががらりと開いた。
びっくりした少女の鼻先に、すらりとした腕が焼きたてのクレープを差し出していた。
「ほら」
つっけんどんな声に、クレープの実演に夢中になっていた少女は慌てて両手をのばす。
手のひらのなかに収まったクレープはほかほかと熱く、うっかり落としそうになりながら受け取る。
「火傷するなよ」
その存外にやわらかな一言を、クレープに気を取られていた少女は聞き逃していた。
「おいしい?」
噴水回りのベンチで夢中になってクレープを頬張っていると、頭上からまたあのやさしい声がした。
水飛沫の弧に浮かんだちいさな虹を背に、黒髪の青年がそっとこちらを覗きこんでいた。
少女がクレープを咀嚼しながらこくこくとうなずくと、「よかった」と青年はうれしそうに微笑んだ。
クレープを飲みこんでから、このクレープも彼の故郷のお菓子なのかと尋ねてみると、彼はぱっと目元を赤らめた。
表情が豊かになると彼はより幼げに見える。
しばし逡巡した青年は照れくさそうに、どこか夢見るように呟いた。
「俺の国の料理じゃないけど……大切な思い出のお菓子なんだ」
よかったらまた来てね。しばらくはこの街にいるから――。
翌月、少女が脳裏に浮かぶ声を反芻しながら広場に向かったとき、すでにちいさな洋菓子店は跡形もなく姿を消していた。
雑居ビルとアパルトマンのすき間にぽっかりとあいた伽藍洞を前に少女は立ち尽くしていた。
もうお菓子の甘い香りも、楽しみにしていた鈴の音も、あのまぶしい笑顔もどこにもない。
最後にこの街にきてちょうだいと伝えることができなくて、少女はとても悲しくなった。
夕陽に焼けるキャンピングカーの壁面に背中を預け、オベロンは電子煙草の白煙を細く吐き出す。
疲労の溜まったからだにニコチンが染みわたっていき、凝り固まった肩を回すとぱきりと骨の音が鳴った。
血の通った肉とはつくづく不便なものだ。
一服終えたオベロンが車内に戻ると、とっぷりと熟れた西日の差しこむキッチンで、ちいさな洋菓子店の店主はせっせと洗いものをしていた。
焦げついた焼き型をスポンジで擦る右手は傷跡だらけだったが、いつかの血のような痣はどこにもない、
「いつも言っているけどさ。どうせひとところに長くは留まれないんだ、余計な轍は残すべきじゃないだろう」
オベロンの独り言ちるような低い呟きが、白い泡とともにシンクに流れ落ちていった。
あたたかな静寂。
水気を切った焼き型をタイル張りのキッチンの壁面に掛けると、彼はふっと振り向いた。
「守れない約束をしてるつもりはないよ。オベロンだってそうでしょ」
藤丸立香は意志の強いまなざしで微笑んでいた。
まっすぐな嘘のない空色が、陽光を溶かしてきらきらと輝いている。
「オベロンにはこれでも感謝してるんだよ。俺の夢に付き合ってくれるんだから、さ」
そう言って布巾で手を拭う彼を胡乱な目で一瞥してから、オベロンはのそりと動く。
オレンジ色に浮かびあがった立香の背中に、かすかな体温が影のようにぴったりと寄り添った。
「感謝しているというのなら、それなりの報酬もあるんだろうね?」
かたくておおきな手のひらが、エプロンの上から立香のはらをやさしく撫でていく。
次の街まではキャンプ地から国道を走り続けて数日はかかり、それまでは店も休みだ。
黄昏時の涼風にうっすらと夜のにおいが混じり始めていた。
⁑
人理なるものが救済されて世界が再構成されたのち。
人類最後のマスターであった少年は、救世の役目を終えた方舟の片隅で伏せる生活を送っていた。
背負わされた宇宙規模の重荷を一度に取り払われた結果、反動でついに精魂が尽き果ててしまったのだろう。
(だんだん俺の部屋に似てきたな)
飲みかけのペットボトルや空の缶詰が散乱した床に胡坐をかいて、オベロンはぼんやりと膨らんだベッドをながめていた。
未来へ、あるいは過去へと、ひとり、またひとりとカルデアから立ち去っていく者がいる一方で、閉めきられたこの部屋のなかでは時間の流れがわからず、埃くさい空気はどろりと停滞している。
「……」
足元でかさりと音を立てたレーションのパッケージを睨みつける。
閉塞した暗闇は慣れ親しんだ底なしの奈落にも似ていて、心地よいはずのそれに、彼は何故だがひどく苛立っていた。
終末装置には理解できない、とても不快な感覚。
目の前に丸まった掛け布団は微動だにせず、よもや死んでいるのではないかと立ち上がってベッドサイドに近づいてみる。
覗きこんだ少し痩せた頬の青ざめた唇が呼吸をくり返しているのを確認して、オベロンは鳩尾のあたりで詰まっていた息を吐き出した。
かすかな寝息にあわせて、ふるえるように彼の胸郭が浮き沈みしている。
ほどよく厚みのあるやわらかそうな胸板。
オベロンの白い喉ぼとけがゆっくりと上下し、漆黒の鋭い甲殻に覆われた指先がきしりと軋んだ。
人気のない廊下を走るオベロンの胸のうちには奇妙な焦燥が渦巻いていた。
何か喰わなくては。
それは苛立ちの解消のための衝動だったのかもしれないし、虫竜としての本能だったのかもしれなかった。
腹の中の空洞を今すぐに何かで埋めたい。
黒い食欲に取り憑かれながら駆けこんだ食堂は、かつてのにぎわいが嘘のように静まり返っていた。
大型冷蔵庫にまっすぐに向かい、扉を引きちぎるように開け、ぶわりとあふれ出した冷気のなかで飢えた思考を巡らせる。
消費する者が格段に減ったいま、冷蔵庫のなかにはろくな食材も残っておらず、当然作り置きの保存食などあるはずもない。
(粉と卵、あとはミルクか)
調理道具とともに、皺くちゃの薄力粉の袋、使いかけの卵パックとバターの箱、開封済みの牛乳パックをキッチンのテーブルに叩きつけるように揃える。
終末装置たるオベロン・ヴォーティガーンは、暇つぶしの一環として食事をしたことはあるが、心から食を楽しんだことはない。
当然、自身で手料理をしたことなど皆無に等しかった。
唯一手慰みに台所に立っていたといえるのは、秋の森の遠い日々のことだ。
森の住人たちに午後の茶会をねだられるたび、手製の石鍋を引っぱり出して焼き菓子を振る舞ってやっていた。
ただの粉と卵とミルクの塊に火を通しただけの代物に、やたらとわいわいと喜んでいたさわがしい羽音たち。
オベロンは、かつての経験から手順を思い出しながら、ボウルで手早く材料を混ぜた生地を練り、その間にコンロで温めていたフライパンに薄切りのバターを滑らせる。たちまちじゅわりと泡を立てたバターから香ばしい湯気が立ったところで、生地を流しこみ、薄焼きにした生地を葉巻のように筒状に巻いていく。
ふと、かたりとキッチンの片隅で物音がした。
「オベロン……?」
かすれた呼び声に視線を移すと、部屋で寝込んでいたはずの立香が部屋着のままで暗がりのなかに佇んでいた。
「……寝ていたんじゃなかったのかい」
「オベロンが、いなくなってたから……」
――まるで赤ん坊じゃないか。
目を擦りながら回らない呂律で答えた立香に、思わず言葉を失ってしまう。唖然としたオベロンをよそに、すん、と鼻を鳴らした彼はおもむろにフライパンを揺らすオベロンに近づいた。
「……クレープ?」
「パンケーキだよ。ああ、君の国ではそう呼ぶのか……」
傾いたフライパンの表面に広がった生地がみるみるこんがりと焼けていく。
じゅうじゅうと音を立てるフライパンを覗きこんで、くっきりと隈の浮かんだ青い瞳がぱち、と瞬きをした。
「そんなに珍しいものかい」
こんな粘土遊びのどこが面白いのか、かつて興味津々にオベロンの手元を見つめていたたくさんのつぶらな瞳たちのことを思い出して、オベロンの眉間に皺が寄った。
「ん……誰かが料理してるのも、食べ物のにおいもひさしぶりだったから」
オベロンにぴったりとくっついたままフライパンを凝視し続けている立香に、オベロンはしばし口をつぐんでから、深いため息をついた。
全ての生地を焼ききってしまうと、オベロンはもう一度冷蔵庫の奥をまさぐって、しなびたレモンを取り出した。
皿に盛ってあった英国式のクレープに調味料棚から拝借した粉砂糖を振りかけ、そのうえから輪切りにしたレモンの汁をぎゅっと絞る。
「ほら」
そのまま胸の前に突き出された皿を見おろして、香はきょとんとした顔で立ちつくしてしまう。
「え、オレ……」
もつれる唇からこぼれた声を遮るようにくぅう、と切なげな音が響いて、人類最後のマスターであったただの少年は、すこし恥ずかしげにまつ毛を伏せた。
「……ありがとう」
素直に皿を受け取った彼は、キッチンテーブルに寄りかかりながら、備品のフォークを手に取った。
そろそろと、とても繊細なものを扱うかのように銀のフォークの先端がクレープにふれる。
レモンの滴る生地をすくいあげて、戸惑うように空色の瞳が揺れている。
まともな食事をするのはいつ振りだろうか。
突然思い出した食欲にあふれ出した唾液を飲み下して、立香はぱくりとクレープを口に含んだ。
レースのように折り重なった生地の、しっとりとした内側からは噛み締めるほどにバターと粉砂糖がしみ出してくる。ほろ苦いカラメルとレモンのみずみずしい酸味が絡みあう。
「……っ」
爽やかな香りがつんと鼻に抜けて、じわりと視界がうるんだ。
鼻をすすりながらクレープを口に運び始めた立香を前に、オベロンはそれまでの苛立ちが次第に凪いでいくのを感じていた。
胃の中は空のままだったが、泣きながら食糧を喰らう立香の姿をながめているうちに、奇妙なことにあの身を焼き焦がすような飢餓感はなりを潜めていた。
ふと、唇の端に粉砂糖をつけたままの立香が顔を上げる。
「そうだ」
ぽつりと呟く。
真っ暗な空に一番星を見つけたかのように、青い瞳におどろきにも似たあかるい輝きをともして。
「オレ、本当はちいさい頃、パン屋さんかケーキ屋さんになりたかったんだ」
⁑
まぶたを射す陽光に目を覚ます。
昨夜は満天の星に満ちていたキャンピングカーの天窓の向こうは、いまは青く晴れ渡り太陽が高く昇っている。
寝ぐせのついた髪をかき上げながらベッドから起き上がると、備え付けのキッチンのほうからじゅうじゅうと何かを焼いている音が聞こえてくる。
「起きたんだ、おはよう」
部屋着にエプロン姿でキッチンに立つ立香が、コンロの火にかけたフライパンを揺らしている。
あくびを噛み殺しながらキッチン横のテーブルに腰を下ろすと、オベロンの前にちょうどできあがった料理が運ばれてくる。
テーブルに並べられたふたつの皿のうえには、それぞれ粉砂糖がけのバターを包んだクレープと、新鮮なレモンがひとかけ添えられていた。
エプロンを外してオベロンの目の前に座った立香が、うやうやしく両手を合わせる。
「いただきます」
やがて動き出した一台のキャンピングカーは、長い長い荒野の道をどこまでも走っていく。