猛吹雪。変わらぬ日常 ごうごう、ごうごうと何時もと変わらぬ猛吹雪が荒れ狂う。
弱い魔法使いであれば軽く命を失うであろう暴威の中、ミスラはちょうどよさそうな雪の上に寝転んでいた。
頭の下で手を組み目を閉じようとしたところで、ふと何か神経に触る音が聞こえた。
否、予感だろうか。
確認しようと珍しくも起き上がり(普段なら何があろうと寝ている)、感覚の信じるままに目を向け――そして、ザラリとした、まるで神経をやすりでこそげ落とされるような『不快』を目の当たりにする事になった。
「……なんですか、アレ」
ブラッドリーが捕まっている。
それだけであれば別にいい。負けた者は淘汰される世界だ。とうとうブラッドリーの番が来たというだけ。
だが、アレは違う。
魔方陣やら鎖やらで雁字搦めになったブラッドリーが、ボロボロな姿でなおも暴れ抵抗し、吠える。
それを囲むのはあの忌々しい双子とフィガロ。
そして――結界に守られた人間たち。
この不快をなんて表せばいいのか、ミスラは知らない。
ブラッドリーが叫ぶ声に、鳴り響く鎖の音に、怯える人間を双子がそれらしく微笑んでいなし、フィガロが鎖を締め付ける。それを見て偉そうな人間が笑う。
……いますぐにでもあそこに魔法を打ち込めば、きっとスッキリするだろう。こんな不快とはおさらばだ。元の通りに寝ればいい。
そうすれば。
だが。
一瞬、ブラッドリーの目がこちらを向いたような気がした。
そこらの魔法使いであれば石になっているだろう傷を受け、それでも矜持を欠片も失わない燃える瞳。
(ブラッドリー)
きっとアレは、何をされても堕ちないだろう。石にされていないという事は、それよりもおぞましい事をするという意味だとしても。
少なくとも、北ではそうだ。
分かっていても。
……いつの間にか握りしめていた手を開く。
なんでもないように、だらりと。
そうだ、コレはミスラが手出しするような事じゃない。そんな関係ではないのだ。
もしも自分が同じ立場で手を出されたら、出してきた相手を生涯かけて殺すだろう。
そういう事だ。
だから。
何処かへ連れていかれるブラッドリーを、ミスラは見過ごす。
それが、北の魔法使いの在り方なのだから。
飲み込めない不快に苛立ったとしても。
最後まで見る事なく、再び雪の上に転がり目をつぶる。
きっと北は少しばかり静かになるのだろう。騒がしいのが一人いなくなるのだから。それがなんともつまらなく感じるから、今度オーエン辺りにちょっかいをかけるのもいいかもしれない。
オズに戦いを仕掛けるのもいいだろう。
双子とフィガロとは顔を合わせたいとは思わない。元から会いたいと思う相手ではない。
……ごうごう、と鳴る吹雪は止まない。
ミスラの不快も終わらない。
それでも、これが譲れない事だった。