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    kappam

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    kappam

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    2022年5月小説本の無配おまけSSです
    ※現パロ※ウィリアムとシャーロックが大学生、アルバートはロンドンで働くエリートリーマンくらいのざっくり設定

    兄さん、逆です「今度の週末、ロンドンに帰ったら初デートなんだ」
    「マジか! よかったなリアム」
     隣にいる親友は珍しく嬉しさを隠しきれない様子だったから、俺は思わず肩を叩いて祝福した。
     最初リアムから恋愛相談を受けたときは正直嬉しかった。信頼されている証だと思った。ミステリアスで隙のない、学内トップクラスの天才イケメンが見せたプライベートに対する好奇心もあった。相手が血縁関係はないとはいえ兄貴だったことは驚いたが、写真を見せられ納得した。写真以外に隠し撮り同然の動画も見せられ、それが相当な量だったのはさすがに引いたが。
     キャンパス内の緑地を並んで歩く俺たちに木漏れ日が降りそそぐ。のどかな春の日にふさわしい話題かどうかはさておき、俺は話の続きが気になっていた。
    「どこか行くのか?」
    「今週末は兄さんが仕事で忙しいらしくて来週になるけど。一応両思いになってからのデートになるから、僕なりにプランを立てたんだ」
    「お、いいんじゃねぇの? どんなん?」
    「まず前日にモランから車を借りる」
    「ああ、なんか真っ赤なオープンタイプのスポーツカー持ってるって言ってたな」
     モランには以前会ったことがある。俺はニヒルな雰囲気の長身男を思い出した。
    「それで兄さんを迎えに行く」
    「お前運転上手いもんな」
    「薔薇の花も用意しておく。どうせ花束を用意しても兄さんの華やかさには負けるから、さりげなく一輪でいいんだ。色は赤」
    「だいぶキザだけど、まあ似合いそうだな」
    「ちょっと海沿いとかドライブして夕方にはロンドンに戻ってくる。夜になったら高級ホテル最上階のバーで夜景を眺めながら乾杯」
    「一杯では済まねぇだろうな」
    「あなたの瞳みたいだったからとか言ってエメラルドの指輪を渡す。あと、カクテルやワインの蘊蓄を三十分くらいかけて語る」
    「……何を参考にしたのかな」
    「しばらくしたら『すぐ下の階に部屋をとっているんです』と部屋のキーをカウンターに置く。ここで兄さんが頬を赤く染めて頷く。部屋はスイートルームをリザーブしているんだ。飲んだら運転もできないしね。シャワーは兄さんに先に浴びてもらおうか一緒に入るか迷ってる。でも一緒に入ったら僕が我慢できなくなるからやっぱり兄さんが先かな。それから——」
    「ベタだな——って、マジかよ!」
     相槌を打ちながら聞き流しそうになったが、ちょいちょい聞き捨てならない単語が出てきてツッコミを入れずにはいられない。
     そもそも迷っているのがシャワーの順番とか。その前に色々考えることはあるんじゃないのか。
    「……マジ、だけど」
    「初デートって普通もっと初々しいかんじにしねぇか?」
    「え?」
     リアムは不思議そうな顔をしている。いや、え? って言いたいのはこっちのほうなんだが。
    「なんかこう、映画観たり食事したりして、帰り際に手繋ごうか、あーどうしよ……とか迷ってるうちに相手の家の前に来ちゃって結局ムリだった次こそは! みたいなやつだよ。大人になって甘酸っぱい思い出になるやつ! なんで古典的でコテコテな演出でいきなりフィニッシュに持ち込もうとしてんだよ」
    「兄さんにはそういうトラディショナルな演出が似合うはずなんだ」
     トラディショナル……ものは言いようだな。
    「いや、もっと手順踏んでだな……なんだ、プロセスってやつを楽しむべきじゃねぇのか」
     なんで俺のほうが清純派みたいになっているんだ。おかしいだろ。
    「そうかな。一番最短で効率のいいプランだと僕は思うけど。初回は映画で手を繋ぐだけとなると、キスまでは三回くらいデートしないとだめだろう? その先までいくのに何回デートすればいい?」
     もういい、なんの効率かは聞かないことにした。
    「いや、お前のやりたいようにやるのがいい。成功を祈ってる」
    「ありがとうシャーリー」
     俺の後押しにリアムははにかんだ笑顔をみせた。リアムを溺愛している例の兄貴なら、天使のような笑顔だと喜ぶだろう。俺も気持ちはわかる。よくわかる。ただ——。
       
    「なんだか騒がしいね」
     訝しげなリアムの声に俺は顔を上げた。うっかりトンデモプランに気を取られていたが、なにやら周囲が騒がしい。
     リアムにつられ、俺もざわつきの元凶を探るべく門のほうに視線を移した。
    「……あれ、お前の兄貴じゃねぇ?」
    「……そう、みたい」
     門の近くの道端に一台の赤いオープンカーが止まっている。緑豊かな、言い換えるとそれなりに田舎の、車どころか人も滅多に通らない道路でそれは目立っていた。運転席には一人の男。見るからに高級なスーツを着こなした、リアムとは違う系統のイケメンが携帯電話を片手に持っていた。
    「ああ、ウィル。ちょうどよかった。連絡しようとしていたところだった」
    「兄さん。今日は仕事では?」 
    「出張が延期になって時間が空いてね。ドライブでもどうかと——おや、そちらは例の……」
    「友人のシャーロックです」
    「はじめまして。ウィリアムがいつもお世話になっています」
     初めて見る親友の兄は写真以上の男前だった。車から降りてわざわざ俺の前に来て手を伸ばしてくるリアム兄貴に、遠巻きにこちらを見ている女子たちが色めき立つ。
    「……こちらこそ」
     普段ならもっと気の利いた挨拶ができたはずなのに、微妙な返しが精一杯だった。正直、こんなタイミングで会いたくはなかった。リアムの『計画』を聞いた後だから、よろしくない妄想が頭をよぎる。気まずさを覚えつつ、それでも俺は握手に応じた。
    「お友達と一緒のところを邪魔してしまったかな」
    「いえ、今日はもう授業もありませんし。大丈夫です兄さん」
    「そうか、よかった。悪いが弟を少し借りるよ」
    「……どうぞ」
     どうぞどうぞ。今日のあいつは俺には手に負えない……今日だけではない気がするが、とりあえず今日は、ということにしておこう。
    「じゃあ、またねシャーリー」
    「おう、またな」
     頑張れよ。アイコンタクトで俺のエールは届いたと思った。リアムの表情は晴れやかだった。
     軽い足取りでリアムが助手席へ乗り込む。兄貴の方も運転席へ戻っていく。車は思ったよりも静かに発進していった。
     ざわついていた女子たちが「いいものを見た!」「兄弟とも国宝級イケメンなんて最高!」「みんなどっち派?」と嬉しそうに去っていった後も、俺はしばらくさほど広くない田舎道を見つめていた。
     リアムはこうなることもおそらく想定していたはずだ。コテコテのスパダリムーブが自分より兄にふさわしいことも、よくわかっていたはずだ。赤のオープンカー、ドライブ。出張は嘘だ。そしてこの後の行き先はロンドン。リアムが立てたプランと同じものを兄のほうも用意しているのだ。
     ただ、あの兄貴はとんでもない勘違いをしている。彼にとっての天使は……。
    「結果は知らせてくれなくてもいいぜ、リアム」
     先は読めているから。
     俺は自分自身の週末の予定を考えながらキャンパスへの門を通り抜けた。
     
     ✳︎
      
     そう、兄さんは勘違いをしている。
     発車してしばらく、車は田舎道を颯爽と走り抜けた。草原の中、吹き抜ける風は爽やかだ。
     途中車を止め、兄さんが一輪の赤い薔薇の花を僕に差し出してきた。
    「花束もいいが、どうせお前の華やかさには敵わないわないからね。引き立て役としてこのくらいあれば充分だ」
     これ、普通の女性が同じことされたら気を失うのではないか。そんな馬鹿げたことを一瞬考えてしまうくらい、兄さんの笑顔とセリフには破壊力があった。
    「……ありがとうございます、兄さん」
     僕は兄さんいわく天使の笑顔で応える。
     嬉しい。嬉しいけれど……。
     その後のドライブは楽しかった。ハンドルを握るとスピード狂に変身する兄さんだけど、周囲の雰囲気に合わせたのか張り合う車がないだけなのか、今日はゆっくり景色と会話を楽しめた。想いが通じあってから初めてのデートでも、会話にぎこちなさはなかった。 
    「今日はもうしばらく付き合ってもらうよ?」
     やがて景色は都会のものへと変わっていく。のんびりとしたドライブだったが、夕暮れ時にはロンドン中心部に到着した。
    「私のお気に入りの場所だ」
     ロンドンでは数少ない高層ビルの最上階、高級感のある静かなバーに入ると窓際のカウンター席に通された。夜の帳が降りる頃、眼下に広がる絶景。ジャズの生演奏が田舎の学校生活では味わえない非日常の演出に一役買っている。
    「これをウィルに」
     二杯ほどドリンクを飲んだところで、兄さんは小さな箱をテーブルに置いた。
    「お前の瞳の色と一緒だったからつい買ってしまった」
     それは太めのプラチナリングにさりげなくルビーが埋め込まれた、メンズ用の指輪だった。
     嬉しい。すごく嬉しい。嬉しいのだが……。
    「ウィルの瞳の色といえば、このワインの深い赤、なぜ他と違うのか知っているかい?」
     そして始まるワイン談義。
     ああ、やはりこの展開、僕が立てたもう一つのプランのほうだ。僕が計画した「兄さんに似合う」デート内容はイコール兄さんも考えてくるはずだと予想していたのだ。ということは、次は——。
    「この後、すぐ下の階に部屋を予約しているのだが……」
     並んで座る僕たちのちょうど中間に置かれたのは、今どき珍しいレトロなデザインのルームキー。
     きた。兄さんは一杯目からワインを飲んでいたから、もともと車で家に帰る気はないことはわかっていた。だからこうなることは当然の成り行きだ。想定内だ。
    「兄さん……嬉しい」
     それでも実際に兄さんから見つめられると喜びで体が熱くなってしまう。僕は頬を染め頷いた。
     しまった。完全に僕の正規プランと逆になってしまった。が、まだ挽回の余地はある。
     店を出てホテルの部屋へ向かう間、僕はもう一つのプランで取るべき行動を反芻していた。君の瞳はエメラルド。とか、ベッドで囁くのは次回以降かなと思いながら。
     
     ✳︎
     
     シャワーを浴びてバスルームを出ると、先に入浴を済ませていたウィリアムが「兄さん」とベッドから立ち上がった。
    「……本当に、いいのかい?」
     向かいあい、ウィリアムの頬にそっと手を触れる。
    「いきなりこうするのは紳士的ではないと一度は躊躇したのだが……お前を誰かに盗られる前にと焦ってしまってね。すまない」
     私は素直に気持ちを伝えた。
     年上の自分がもっとリードしないといけないのに、上手く運んだのかまだ不安が残っている。
     想いを伝えあった日から初めての二人の時間。つい自分がいつも女性に対してしていることを弟にしてしまった気がする。ただ、私自身の名誉のために言い訳すると、さすがに普段は初回でホテルのリザーブはしない。相手がウィリアムだからこそ、余裕を無くしてしまったのだ。
     目の前に愛してやまないウィリアムがいる。それだけで舞い上がってしまう。
    「はい、僕もずっと……」
     ウィリアムが上目遣いで私を見つめてくる。瞳は少し潤んでいた。上気してほんのり赤い肌と相まって、醸し出される色気にあてられそうになる。
    「不慣れなところがあるかもしれないが許してくれ。優しくするから」
     あまり知識がないままこの日を迎えてしまったが、最愛の彼を愛したい気持ちは誰よりも強い自負はあった。女性へのアプローチとは異なる部分はもちろんあっても、優しく丁寧に抱いて……。
     次の手順を考えながらまずはキスをしようと顔を寄せる。
    「あの、兄さん」
     あと少し、というところでウィリアムが私の腕を掴み顔を遠ざけた。
     やはり強引だっただろうか。目の前のウィリアムは戸惑いがちに目を伏せている。無理強いはしたくない、と私は思った。今日はやめたいということであれば何もしないでそのまま寝よう。何年も想い続けたのだ、少し待つくらい苦ではない。
    「無理はしなくていい。お前が嫌なら今日はもう——」
    「いえ、違うんです兄さん、違うんです……この先に進む前に、一つだけ僕のお願い聞いてくれませんか」
     顔を上げたウィリアムは嫌がっているようには見えなかった。
    「ああ、お前の頼みなら何でも聞くよ」
     気にしたほど嫌ではなさそうで、私は安堵した。何か気がかりがあればそれを取り除いてやりたい。そんな思いで私は弟の「お願い」を待つ。
    「本当ですか? よかった……では!」
    「え?」
     待っていたら急に視界が反転した。
     気がつくと私はベッドへ仰向けに倒れていた。それがウィリアムの仕業だと認識する頃には、彼は私の腹の上に乗ってこちらを見下ろしていた。
     素早く無駄のない動作、さすがだ。などと感心している状況ではなさそうだ。これは——。
    「僕もずっと兄さんとこうしたかったんです……」
     ウィリアムは美しい笑みを浮かべながら私の肩を押さえつけてくる。起き上がりたくても体が思うように動かない。
    「兄さんのリードが完璧すぎて、僕としたことが危うくタイミングを逃すところでした」
    「……ウィル?」
    「ずっと、ずっと言いたかった……『逆です』って」
    「逆?」
    「兄さん、僕のお願い〝何でも〟聞いてくれるんですよね?」
     事態が飲み込めず呆然とする私に、ウィリアムは甘えた声で囁いた。
    「大丈夫、優しくしますから」
     僕にすべて任せてください。ウィリアムの笑顔はまさに天使そのものだった。
     ただ、私の天使は少々強引だった。


                             終
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