~置き土産~ 我々は半年ほど前に別次元の宇宙に飛ばされ元の世界に帰れる宇宙の歪みをようやく発見した。その間に、この世界の住人と我が船長は接触しそれなりに友好的な関係を構築し大きな争いもなく平和でもうすぐ歪みのある座標に到着予定という時に訪問者が一人この部屋に訪れた。
「時間はあるか?」
そう言って操縦室のコンピュータールームに、この船の船長であるこの男は同じ時期に製造された兄弟で自分の弟にあたる存在だ。
同業者同士の集まりや母星や縄張りの惑星に到着するまでの間は滅多に部屋から出ることがないこの弟は頻繁に船員の誰かを部屋に呼びコミュニケーションをとっており、わざわざこの部屋まで来るとは珍しいこともあるものだと思った。
「問題ない、何かあったか?船長?」
「兄貴にしか頼めない事がある…頼めるか?」
「・・・言ってみろ、可能であれば実行する」
「光学迷彩のデータチップを取り外してほしい」
一瞬何を言ったのか理解できなかった。何故データチップを外すのか理由を聞くと渡したい人物がいるようで、コピー品ではダメなのかと問うてみたが「模造品に価値はない、オリジナルでないと意味がないんだ」と一点張りで聞く耳を持たなかった。最終確認でもう一度、外す事を後悔しないか問うが「後悔はない」と言う声と顔は真剣で決意を感じた。弟が決めたことならば致し方無しとこちらも腹を括り適切な場所でチップの取り外しを行いチップを渡すとそれをジッと見つめた後、礼を言ってすぐに部屋から出て行く後ろ姿はどこか悲しさと寂しさを感じたのは気のせいだろうか。
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兄に頼んでデータチップを取り外してもらった。
この世界ではコレが価値のあるものなのか出会い頭、全部欲しいと言った強欲な彼の言葉を今でも覚えている。それほど親しい仲ではなかったが、この宇宙ではかなりの実力者で元の次元で脅威とされる者達以上か或いは同等の力をその男から感じとり最初は友好的な関係になれるように接していたが相手やその仲間たちを知るうちに自分の中で何か引っかかりを感じたが、コレの名前が今でも分からない。年長心か或いは相手に何かを期待していたのかもしれない。
なんでも力で解決しようとすることに対してもっと合理的な方法の意見も言いたかったが彼がそうすると決めたのであれば最後まで貫く姿勢は賞賛に値するが、時には非効率性が悪いと言いたいもどかしさもあった。これは長年船長として指揮していた事により戦略性と長期を見越して行うべき行いをしない彼等が行う制圧だけではいつか限界が来るという事を言いたかったが伝える前にここまで来てしまった。
彼等以外にも友好関係を結ぶ事に成功した海賊団の船長は小さいが勇敢で自分を父と慕ってくれるその子とのお別れを惜しく思う。
歪みを見つけた時、丁度長期航海の準備が整っていたため早く家族に会いたいと嘆く船員である兄弟達の想いを優先しこの世界で出会った彼らに別れの挨拶をしないまま次元の歪みへ現在航行中で、彼らに渡す贈り物を宇宙便で届ける予定だ。
強欲な彼に送る箱には光学迷彩チップを献上する代わりに我々が彼の組織に入れない事の謝罪文と別れの挨拶を記した手紙、そして父と慕ってくれたあの子達の所には役に立ちそうな物資や食料、この世界で手に入れた通貨を全額箱に詰めて配達員に渡すと配達員は大きさが異なる二つの箱を宇宙船に乗せると一礼をして配達に向かって行った。
小さくなっていく宇宙船を見届けると操縦室に通信を繋ぎ停止させていた船を動かすように連絡すると目的地である次元の歪みへと航行を再開させ自室に取り付けているモニター越しでも確認できる歪みが確認できた。この歪みへ入れば二度とこの次元に来ることはできないかもしれないがプライマスの導きがあればまたいつか出会うことができるだろう。
そう信じ歪みへと突入するモニターを確認しベッドに横になった。
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気が付くとベッドに横になっていた。
いつベッドに寝転がったか思い出せない。
何か忘れているような気がしたが夢を見ていた時と同じで何か見ていた気がするが靄のようなものがかかってよく思い出すことができなかった。
操縦室から通信が入り応答するとこの船が丸一日信号がロストしていたと各地の駐屯地に居る船員達からの通知が大量に来ていると報告を受け船内にいた者達を大至急大広間に集め情報共有をしたが皆、自分と同じく記憶がなく一体我々に何が起こったのか誰一人覚えていなかったが誰一人、負傷者はおらず何かを盗まれた形跡もない。
念のためにと船内に居た者たちのメディカルチェックを受けた際一つだけ分かったことがあった。製造された時から備わっていた光学迷彩チップが無くなっていたのだ。
ただ不可解な点があるとすれば防衛システムが作動しなかったことについてである。自分にとって重要なチップであるこれを守るために何十、何百ものロックをかけている。仮に一日中、機能停止状態であっても盗むことは難しい代物なのだ。それが無くなっているという事は記憶がない一日の間に何かがあり、自分の意志でチップを外したことになる。
チップの行方は分からず終いだが家族である船員たちが無事であればチップ一つで済んで良かったと心から思ったが他にも忘れてはいけない何かがある気がした。最初は一日記憶が無くなっている状況を皆不思議がってしばらくの間、話のタネとされていたが日が経つにつれて完全あの不思議な一日を誰一人話す者はいなくなった。