もん宵 お泊り(まだ本番じゃない)「ん…。ふあ~あ…」
すっかり暗くなった部屋に、大きな欠伸の音。その発生源である蝙蝠の少年、洞窟音 宵は、伸びをしながら身体を起こした。
「あれ、真っ暗…。もう夜かぁ」
顔にかかった布を押さえながら、周りを軽く見渡す。
「…あれ?」
宵がベランダの方へ目をやると、そこには大きな人影が映っていた。ここは自分の部屋であり、本来であればここにいるのは宵一人のはずである。
普段なら不審者を発見したとして通報してもおかしくない状況であるが、宵は布団から立ち上がると、ベランダの方へと迷いなく向かっていく。
そして、レースカーテンの向こうで煙をくゆらせている人影に、嬉々として声をかけた。
「もーんよさん! おはよ!」
「ん? ああ宵くん、起きたの。おはようって言っても、今深夜だけどねぇ」
落ち着いた様子でタバコをふかす一人のトカゲ獣人。蜥蜴もんよは声の主に笑いかけながら応えた。
一服し終わり、ベランダから室内に戻った二人。どうやら今日は、宵の家にもんよが遊びに来ていたようだ。しかし、宵は楽しみな余り昨日は碌に眠れず仕舞い。そのまま朝からゲームやら散歩やらで流石に疲れてしまったようで、夕方過ぎに寝落ちてしまい今に至る、ということらしい。
部屋に戻り、新しいタバコに火を点けたもんよが言う。どうやら最近出た銘柄で、爬虫類系の獣人専用なのだとか。
「随分気持ちよさそうに寝てたねぇ。ちょっと遊びすぎちゃったかな?」
「えへへ~。すっごく楽しかったから、ついはしゃぎすぎちゃいました!」
宵はもんよの腰回りに抱き着きながら、嬉しそうに言う。
「こらこら! あんましくっつくと危ないって! タバコの灰かかっちゃうよ?」
「大丈夫です! 気を付けますんで!」
「いや、君が気を付けたところでどうしようもないでしょ…。全く、そんな聞き分けの無い子には…」
そう言葉を切ると、もんよは吸っていたタバコを口から放す。そして、口内に残っていた煙を、宵に目掛けてふーっ、と吹きかけた。
「っ!? けほっ、けほっ!」
「はははっ。ほーら、早く離れないとタバコ臭くなっちゃうぞ?」
布越しとはいえ煙をかけられ、軽く咳き込む宵。万が一タバコの灰で火傷する前に、これでどいてくれればと思ったのだが…。
「…? あれ? 宵くん?」
「うー…」
何やら様子がおかしい。顔を覆う布で表情は分からないが、何やらぽーっとしてるように見える。それに、何だかさっきよりも抱き着く力が強くなっている気が。
「ちょ、ちょっと宵くん? 大丈夫? 具合悪くなっちゃった?」
もんよはそう問いかけるも、返って来るのは唸るような声のみ。
…いや、よく聞くと、何だか息が荒くなっているような。
「んんー…。もんよさん…」
抱き着いていた宵は、熱を帯びた声を出しながらもんよの顔へと近づく。
「ど、どうしたの宵くんんんっ!?」
もんよが動揺していると、宵は唐突に口づけをしてきた。驚き目を見開くと同時に、口内に残っていた煙が宵の口へと流れ込む。
「んむぅっ!?」
「あふぁ…、んむっ…。はぁっ…」
まるで煙を食べようとするかのように、宵はもんよの口内に舌を入れてかき回す。突然のことに困惑していたもんよだが、口内の煙が無くなった頃にようやく正気を取り戻した。
「んむっ…! ぷはっ! ちょ、宵くんストップストップ! どうしたのいきなり!?」
咄嗟に宵の頭を掴み引きはがす。明らかに異常な様子の宵。心なしか、先程よりも息が荒くなっている気がする。
「もんよさん…。おれ、なんかへん…。体熱くて、もんよさんの口おいしくて…」
そう言って、脱力したようにもたれかかって来る宵。一体何がどうしたというのだろうか。
原因が何なのか考えていると、もんよの視界にある物が映る。
「え、もしかして…」
もんよの視界に映ったのは、今吸っているタバコが入っている箱だった。もしや、と思い箱の注意書きを確認する。そこにはこんな一文が書かれていた。
『爬虫類系統以外の方の使用はお止めください。種族によっては頭痛、咳等の体調不良や、混乱、発情等の異常が現れることがあります』
「…あー」
やらかしたぁぁぁぁぁぁぁ!!
もんよは心の中でそう叫ぶ。まさかタバコにそんな注意点があるとは思ってもいなかった。いや、これは注意書きを読まず、新銘柄にテンションが上がって深く考えずに吸ってしまった自分のせいだ。今思えば、部屋に戻ってからやたら抱き着いてきたのもこれの影響なのかもしれない。
「うー…。もんよさぁん…。からだ、じんじんするぅ…」
…どうしたものか。時折身体を震わせながら、艶を帯びた声で呼びかけてくる宵。正直なところ、その声や様子に誘惑されそうになっているのも事実。先ほどまでの長いキスを思い出すと、こちらも体が熱くなる。
この状況を作ってしまったのは紛れもなく自分だ。かといって、正気でない相手に手を出すというのも気が引ける。
「しょ、宵くん、まずはちょっと落ち着いて…」
ギリギリ残っている理性を総動員し、何とか宵を説得しようとする。…が、しかし。
「もんよさん、お願い…」
宵が顔を近づけ、耳元で囁く。
「おれのこと、抱いて…?」
プツン、と何かが切れた感覚がする。次の瞬間、気が付くともんよは宵のことを押し倒していた。
宵がこんなことになったのは、自分のせいである。つまり、これは宵を落ち着かせるために自分がやらねばならない事なのだ。
先程まで水際で戦っていた理性が反旗を翻し、そんな言い訳を脳内で作る。もんよはそのまま、タバコの味が残る口で宵にキスを落とした。
…長い夜が、始まる。