エピローグの後に社会の掃き溜めのような極道の世界にあっても、大切な人をどれだけ失い心が折れそうになっても、真っ直ぐ前を見詰める瞳は濁らない。
そうしてそれを持つ彼自身も嘘を吐けず曲がったことが許せぬ性格をしていた。
彼を慕う者はそこに惹かれたし、振り返れば自分もそうだった。
生き辛そうやな、とは思う。
自分のように、いやそこまでいかなくても、上手く自分の心に折り合いを付けて流されながら世の中を渡れば、そして総て背負おうとしなければ、もっとふつうのしあわせというものが手に入れられただろうに。
隣に眠る男を眺めながら思う。
睫毛が震えゆっくり瞼が開かれる。
黒眼は潤んでいて甘そうだ。思わず舐め取りたくなるが、頬に触れるだけに留めた。
「ん・・・にいさん?」
「おはようさん」
気怠げな返事が返って来る。沖縄で子どもたちと暮らしていたからか、桐生の朝は本来は早く寝起きも良い。だから稀に見せる緩んだ姿を知るのがもう自分しか居ないことに仄暗い悦びを覚える。
今がしあわせなのだと何時ぞや桐生が言った。
それは兄さんのお陰だと。
「桐生一馬」は死に、唯一の家族だった愛娘とは二度と会うことは叶わない。
どん底に堕ちた龍を、這いずり狙っていた蛇が掻っ攫いまんまと巣穴に閉じ込めただけなのだから、お互い酔っていたとはいえ面と向かって礼を言われると、少々の罪悪感とむず痒さを感じる。
「今、何時だ?」
「6時前や。まだ寝とき。激しくしてしもうたから身体辛いやろ?」
「む・・・」
「ヒヒ」
昨夜の情事を思い出したのかシーツを深く被り顔を隠した。僅かに覗く額は赤く染まっている。何度身体を交えてもその初々しさは健在で、堪らなくなってシーツごと腕に閉じ込めた。ぎゅうと力を込めると苦しくなったのか身を捩り顔だけ出して抗議した。
「おい、兄さん」
「ええやんええやん」
「・・・もうシないからな」
「そんなつもりは無かったけどなんやー、朝からナニ想像したんー?桐生ちゃんはスケベやなー」
「〜〜っ!馬鹿野郎!!」
わざと語尾を伸ばして揶揄うと臍を曲げてしまいそっぽを向いた。それでも腕の中で大人しくしていて可愛らしい甘えに笑ってしまいそうになるが、そんなことをしたら今度こそ殴り合いになる(まあそれでも良いのだが)ので、宥めるように下された黒髪を櫛付いた。
ぷんぷん怒っていた桐生だったが、暫く撫でてやるとやはり疲れていたのかトロトロと微睡む気配に変わる。すう、と平和な寝息が聞こえたときには自分にも眠気が訪れ欠伸を噛み殺した。
起こさぬように愛しい人を抱き直す。
次目覚めて「おはよう」と交わすその表情が柔らかいものであるといい、柄にも無くそう願いながら目を伏せた。
そうだ。総て失った今だからこそ、確かにしあわせなのかもしれない。