「みんな~!出航の準備できてるか?むぎわらじお、始めるぞ~!!——今日のゲストは……と、とら……ふぁる?がー・ろぉ、サン!だっ!」
「……まあ、ギリギリだな」
「えー、完璧だろ!——だってトラ男はトラ男だしなァ」
「おい、台本と違うぞ」
「へ?そうか?」
「ったく……ほら、ここから読め」
「えーっと――『じゃあ、紹介するな!今日のゲストは、みんなもちろん知ってるだろうけど、十年前に公開された映画、「L&L 海賊同盟」でおれとW主演だったモデルであり俳優のトラファルガー・ローさんです!』……なんかトラ男のことフルネームで呼ぶと違うやつみたいだなァ」
「さん付けなんてされたことねェしな。年上だってのに……。まあ、いい。続きは?」
「あんときに同盟組んだんだからいいだろ~トラ男!それに、トラ男だって、ずっと麦わら屋って呼んでるだろ。そう呼ぶの、トラ男だけだぞ~」
「……続き。時間なくなるぞ」
「はいはいっと……えーと、『おれはトラ男って呼んでんだ。映画の顔合わせの時、名前かんじまって……それでトラ男ってあだ名付けたんだ』」
「やればできるじゃねェか……台本を見ろ、ちゃんと」
「えー、でもこれ聞いてる皆、たぶんこの辺の話しってるぞ?映画の公開の後、しばらくトラ男と一緒の仕事多くて、おんなじこといっぱい話したし」
「まあ、な」
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「——でさ、撮影の後、ひまわり畑でトラ男が、」
「……おい、麦わら屋。そろそろ時間だ」
「あっ……しししっ!まだ話したりねェけど、時間だ!みんな~、また次の航海で会おうな!」
「「ご視聴、ありがとうございました」」
ランプが消え、外から「お疲れさまでした!」と声がかかる。
リアルタイムで番組のアカウントに寄せられた声や公式ハッシュタグを使った呟きでの反応は上々。毎回台本通りとはいかないトーク内容はいつも以上にあちこちに飛び、次に二人が共演予定の映画の宣伝も入れられなかったが、ラジオを聞いていた熱狂的なファンが一般のファンへ映画の情報を拡散してくれたおかげで、別室で聞いてた上の反応も悪くない。上機嫌のスタッフと共にローを見送ったルフィは、簡単に次回の打ち合わせを行い、控室に戻った。
だが、数分後。
適当な用事を作りマネージャーを控室に残したルフィは、てのなかのスマホにちらりと視線を落とし、非常階段へ足を向けた。
「トラ男、悪ぃ!」
扉を開けた途端、さっと視線を走らせたローに向かって、ぱん、と手を打ち合わせて謝れば、小さなため息が聞こえた。
「……おこってるか?」
一緒の仕事は久しぶりで、嬉しくて。つい三日前あったばかりだというのに浮かれてしまい、うっかり初共演の思い出だけではなく所謂”馴れ初め”まで話してしまうところだった。
思い出すきっかけとなった、あの日の向日葵ににた色のシャツを掴めるほどに距離を詰つめ見あげれば、顔を顰めていると思っていたローは、薄い笑みを浮かべている。
「とらお?おこって、ない……?」
「……ああ」
短い言葉と共に、額へ唇が触れた。
*
少しずつ触れる角度を変え、深くなるキス。
息を乱すルフィは、ローが密かに目を開け、表情を盗み見ていることなど気づきもしない。
付き合うきっかけとなったあの日のことをルフィが口に出そうとしたとき、カンペがたまたま目に入らなければ、ローの方がうっかり口を滑らせていたかもしれない。
あの日、この仕事が終わっても一緒にいたいのだと、年上としての余裕などなく重ねた言葉を繰り返ししていたかもしれない。
それほど、十年前にルフィと初めて共演したあの作品は、ローにとって特別なものだったから。
「……今夜、これるか?」
ほとんど同時にポケットの中で鳴ったふたつの電子音で時間切れだと知らされたローは、濡らした唇を指で拭ってやりながら問いかけた。
久しぶりにあの映画を一緒に見て、1時間にも満たない時間では語り切れなかった十年前の思い出を語り合いたい。
そう思っていたのはルフィも同じだったようで、ふと頭に浮かんだ言葉を口にする前に、「泊まっていいなら!」と望んだ言葉が返ってくる。
明日はオフだとはにかむような笑顔で手を伸ばしてきた恋人にまたここが仕事場だということを忘れたローは、急かすような着信音が響くまで、再びその唇を貪ってしまった。