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    とーい

    @utugixt

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    とーい

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    レイリーさんが遊び人で、クズめです。でもふわっと平安風なパラレルなので、この時代ならあるだろうな、という広い気持ちで見ていただける方のみご覧ください。
    元ネタは、『土是中納言物語』の、『花🌸折る少将』です。

    ##レイル

    月夜に見染めし桜花の蕾 白銀の淡い光が、待たせていた牛車と驚きに目を見開く従者の顔を照らす。ちらり、とその視線が天に向いたのは、あまりにも早くに現れた主に、時を確かめずにはいられなかったのだろう。
     苦笑を浮かべたレイリーも、その視線を追いかけた。
     薄闇に紛れ垣根越しに訪い空を見あげた時は、確かまだ頭が少し見えていただけであったはずの月。今は、夜空を円のかたちに切り取ったかのようにくっきりと見えるが、それでも、ようやく巳の刻にかかったかどうかというところだろう。
    「——……」
     月の面を眺めていると、今しがた臥所でさめざめと泣いていた女の白い肌が思い出され、そっとため息をこぼしたレイリーは視線を外した。
    「……あの、次はどちらに……?」
     流石に付き合いの長い従者には、満月の夜のみのこの逢瀬にレイリーが厭き始めていたと気がつかれていたらしい。次に主が向かうであろう女の屋敷の当てをいくつか思い浮かべているらしく視線を彷徨わせた従者に、迷いながらも初めに思い浮かんだ場所を告げかけたレイリーは、再び空へと視線を向けた。
     ——何故、その顔が思い浮かんだのか。
     月白の光にしばし思いを巡らせたレイリーは、牛車の簾に手をかけ、「桜の君の屋敷へ」と告げた。
     従者の目再び驚きの色を浮かべてレイリーを見返した。

    「……変わらず、見事なものだ」
     屋敷は、とうの昔に人手に渡ったと噂に聞いていた。そのため、向かい側の屋敷の築地に寄せ車を止めさせたレイリーは、記憶のなかにある姿そのままに咲いている桜に感嘆の声を漏らした。
     この屋敷に住む女の下に通っていたのは、もう二十年か三十年か——はっきりと思い出せないほど昔のこと。そのきっかけとなったのが、この桜の花だった。
     特に美しいのが、星ひとつない満月の夜だ。
     晴れ渡る天色あまいろ、暁の空、東雲色と白藍が織りなす襲色目の下、それぞれため息を漏らすほどに美しいが、月光を浴びた小さな花の色は、数多の女と過ごした今も心に深く刻み込まれていた。
    「——」
     牛車の内より眺めるだけで済ませようと思っていたが、気がつけば、近くまで歩を進め、それを見あげていた。
     我に返り、案じた様子でこちらを見て腰を浮かせている従者を手で留め、再び花に視線を転じる。
     その時、微かな衣擦れの音が聴こえたような気がした。
     音の方へゆっくりと視線を巡らせ——そうして、一目で魅せられた。
     月が花の色を溶かし、そうして人のかたちを為した。そうとしか思えないほどの儚さを持つ横顔。もしくは、月から落ちた天女か。
     まだ下げ髪の童女だというのに、そのかおかたちに年甲斐もなく惹かれ、虜となった。
     あまりの驚きに、ふらり、と一歩踏み出した沓が砂を踏み、小さな音をたてる。
     纏う薄桜色の衣と対のような濡羽色の瞳が、レイリーの姿を見つけたのか驚きに見開かれる。
    「!」
     ほんの、瞬きをする間だけの、刹那。
     桜の枝を揺らした風に気を取られた間に、童女は姿を消していた。


              🌸 🌸 🌸


    「——そこの者!しばし待て!」
     あの夜から幾度も屋敷に足を向け、どうにか訪いを入れようと試みていたレイリーは、ようやく、裏の垣根から今まさに飛び出そうとしている童を見付け、声をあげた。
    その声に飛びあがるほど驚いたらしい童の顔をみて、レイリーも目を見張る。
     咄嗟に手を伸ばし、退紅あらぞめの童水干の袖を掴んだはいいものの、あの夜見た桜花の蕾——まだ名を知らぬ幼い姫をそう呼んでいた——の面影がある童子の顔にに、用意していた言葉が消えてしまうほど驚いた。
     さあっと、顔を色を変えた童に表情を改めたレイリーは、まず、驚かせてしまったことを詫びた。
     ようやくつかんだ、姫への縁。視線を合わせるために膝をつき、微笑みかけたレイリーは、この屋敷の乳母子か、と話しかけた。
    「そなたの母君に、この文を渡してはもらえないだろうか」
     床入りが叶うのはまだずっと先のこととはいえ、童女であれほどの美しさなら、遅かれ早かれ入内の話がくるだろう。その前に、なんとしても手にいれたかった。
     他の誰でも、桜花の蕾が花開くその瞬間を渡したくはない。
    「っ!」
     あの花を手折るのは自分だ——あの夜から積もり積もった想いのせいか、つい、文を持たせる力がこもる。はっと我に返れば、童子の顔色はさらに血の気が引き、頭上で咲き誇る桜の花よりも白くなってしまっていた。
    「——すまない。怖がらせてしまったな。……そうだ、甘いものは好きか?」
     手土産のひとつもあれば心証が良いだろう、と忍ばせていた包みを取り出し、一旦手紙を引いて、かわりに童のてのひらに乗せる。
    「粉熟だ。——ここから押し出せば食べられる」
     初めて見るのか、空に掲げて眺めている童に食べ方を教えてやれば、ようやく笑顔を見せてくれた。それどころか、ちらり、と出てきたばかりの垣根の向こうを見遣り、手紙を渡すよう手を差し出してくる。
    「いいのか?では、頼む。これからもこうして遣いに立ってくれるなら、また菓子を持ってくるが……どうだ?」
     重ねた言葉にまた怯えられるか、と身構えたが、竹筒の中の匂いを嗅いでいた童子は、ほんの少し首を傾げて考え込み、そうして小さく頷いた。

     それから、満月の晩は必ず、姫の下へと通った。
     とはいっても、許されたのは庭の桜の木の下まで。それだけでも、とうの昔に官職をひき隠遁生活を送っている老人に対する冥途の土産には十分だと言わんばかりに恩着せがましい乳母の態度には呆れもしたが、どうやら公卿に連なる血筋の姫らしく、レイリーも表向きはしおらしい態度で頭を下げもした。
     けれど、物語を読み着かせ、時には笛を奏す最中、簾の向こうから聞こえる微かな衣擦れの音や、楽しげに笑う小さな鈴の音のような声が聞こえる度、姫への想いはさらに募った。特に姫は、つわものが活躍する物語が好きで、その姫らしくない嗜好も好ましかった。
     ただ、一度だけ。
     姫の手に、触れるまで近づけたことがあった。
     それは、二度目の桜の季節が巡ってきたばかりの頃。姫が一等好きな物語をねだられ語っている最中、姫が不意に、桜が見たいと呟いた。
     常ならば、傍に控える者がその意を汲み、さらに下男に告げ、レイリーが枝を手折り——そうしてまたいくつもの手を介して姫の下へと渡る。
     けれど、その夜は、お付きのものが転寝をしてしまったのか、レイリーが一番良い枝を探している間も、誰も取り次ごうとしなかった。
    『満月の下で見る桜が、一番好きなのに』
     再び夜の空気に混じりため息とともに聞こえた声は、いつもの朗らかさを失い、寂しげで。
     ちょうど、乳母より、次の春に姫が裳着の儀を行ったのち、入内の準備を進めると知らされていた。これ以上悪い虫が美しい花の存在に気がつかぬよう、今まで以上にひっそりとした暮らしを強いられることになるのだろう。
     なんとしても、想いを遂げてみせる——決意を新たにしたレイリーは、手折った枝を、御簾の間際にそっと置いた。
     許されぬ距離を詰めたレイリーに、御簾の向こうで姫が緊張したのが分かった。それでも、レイリーが背を向けると、さらり、と御簾が動く音がした。
    『っ!——いけません』
     その隙を逃さず、手を捉える。すっぽりと包み込んでしまえるほど小さな手は、想像していたよりもしっかりしており驚いたが、微かに震えるそれはまだ一度も男に触れられたことがないと容易く想像できる。
    『私も、満月の下で見る桜が美しいと思う。——ただそれよりも、あなたの横顔が何より美しいと、焦がれ続けている』
     だから、せめて。
     震える指先に枝を取らせ他レイリーは、花を啄みに来た小鳥だと思いなさい、と囁きかけ、桜色の小さな爪に口づけた。
     その時浮かんだ暗い笑みを見ていたのは、月の光を浴びて白く光る桜の花だけ。


    「——君か」
     さらに一度季節が廻り、ようやく桜の枝に蕾が膨らみ始めた頃。新月の晩。
     害のなさそうな老人の仮面の下に隠してきた、実力のみで近衛少将まで上りつめた男としての経験と技を全て注ぎこめば、闇に紛れて姫一人を攫うことなど造作もなかった。
     そして、終の棲家として選んだ鄙びた地へと連れ去った。
     姫の好みに合うようしつらえた小さな屋敷の内で、密かに焚かせた香で深い眠りに落ちたままの姫の顔を寝殿に横たえたレイリーは、その瞬間、包み込んでいた袿の向こうからじっと自分を見返すその顔と姿に、吐息を漏らした。
     髪をかきあげ座り込んだレイリーに相対したのは、あの童子。——否、もう髪を結っているため、男となったルフィが、困ったような笑みを浮かべた。
     ルフィが手紙を取り次いでいたのは最初の半年ほど。その後は、直接乳母が行っていたため、全く逢っていなかったせいか、すっかり見違えた。
     ただ、体つきは小柄なままで、御簾越しに見ていた姫の背格好ともよく似ている。
    「……ごめんな、レイリー……ずっと、騙してて」
     たった一言こぼした言葉と嘆息で何を考えているのか伝わったのか、ルフィの手が、浅緋の長袴を強く握った。
     桜花の蕾の君として、満月の晩にレイリーと御簾越しに逢っていたのは、すべてルフィ。その予測が正しかったことを、俯いてしまったルフィの様子が告げている。
     ルフィ曰く、あの乳母はかつてレイリーが愛でた桜の君に仕えていたという。桜の君は、レイリーからの音信が途絶えたのち、嘆き悲しみ、髪をおろしてしまった。そうしてあの屋敷は、縁者である公卿の、女を住まわせるための屋敷となった。それゆえに、その女と娘が住んでいることも事実ではあるが、時を経て屋敷の近くにレイリーが現れたと知った乳母が、かつて掌中の珠としていた大事な姫を傷つけた男に復讐しようとこの計画をたてたのだ。
     ——ほんとうに、ごめんなさい。
    「おれっ……なんならレイリーの下男になってここで働いても——」
    「そうか……よかった」
    「——え」
     再び褥に背中を預けたルフィが、見下ろすレイリーの笑みを見あげ、濡羽色の瞳を大きく見開く。
    「君が、帰りたいと言い出したらどうしようかと考えていた。できれば、はじめての夜は優しくしたいからな」
    「っ、れい、り——まって、なにを」
     幾重にも重なった女ものの衣を一枚ずつ、美しい花の花弁をそうっとちぎりとっていくかのような高揚感を覚えながらはぎとっていく。
     わけもわからぬまま、いやだ、と袖を絡みつかせたたまま振り回される細腕をまとめてそっと褥に押さえつけたレイリーは、私も謝った方が良いだろうか、と問いかけた。
    「気がついていながら、知らないふりをしていたことを——そして、君という花を手折ることを」
     そうして、震える桜色の花弁を啄み、長袴のうちに、手を差し入れた。
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