届きたい「月光(つき)さんには、手の届かへんところなんてなん無いんとちゃいます?」
ツリーの天辺に台も使わず星の飾りを付ける人が視界に入って、ついアホなことを零してしもた。
そりゃ俺もこの上背になってからは、高いとこの電球なんか取り替えんの頼まれる側の人間や。今だって、月光さんが飾ってるツリーの傍の窓の上辺に、台も無しでモールの飾りを付けてるところやし。
せやけどここへ来て、月光さんの隣におるのが日常になって、いざとなったら自分より高いとこを誰かに任せられる安心感を久しぶりに味わわせてもろてる。
月光さんは仕事の手を止めて、俺のほうへ顔を向ける。あないに素っ頓狂な問いにもちゃんと答えてくれる、優しい人。
「そんなことはない。現に届きそうにないものがある」
「え、ほんまですか?」
「ああ。……毛利、少しじっとしていろ」
俺を見て何かに気付いたらしい月光さんが、長い脚をゆったりと動かしてこちらへ来た。静かに伸ばされた手が、俺の髪に、触れる。予想外のことに妙な声が出てまう。
「へっ……」
「これが付いていた」
広げられた大きな掌には、まさに今飾ったモールの小さく千切れた端がきらきら光っていた。
「驚かせてすまなかった」
「そんな謝らんといてください。俺、えらい大袈裟に驚いてしもて、すんません」
「それこそ謝る必要はない。突然近寄られれば誰でも驚く」
「うーん、じゃあ、ありがとうございます」
「……律儀だな」
「月光さんほどじゃないです」
何だか可笑しくて、ふふっと笑ってしまう。月光さんの口角もほんのり、ダブルスを組んだばかりの頃なら気付かんかったやろなってくらいほんのり弛んでいて、それが何や嬉しいような気がした。
「そこにも付いているから、取っておけ」
そう言って指で示されたのは、俺の首元。なるほどジャージの首んとこを閉め切ってなかったもんで、切れ端がこんなとこにも入り込んでしもたんやな。
俺は言われた通りにそれを取ろうとして、でもふと思い付いて、手を止めた。
「これも」
「?」
「これも、取ってくれませんか?」
「……」
「俺もう驚いたりせぇへんから、お願いします」
「分かって言っている……訳ではなさそうだな」
「はい?」
「……届いてしまいそうだ」
「え、今何て、って、あらら?」
また静かに月光さんの手が近付いてきて、今度はゆっくりとジャージのファスナーを引き上げた。
「部屋に戻ったら取ってやる。早く仕事を済ませるぞ」
いつも以上に淡々とした物言いをして再びツリーのほうへ戻る人の、耳が少し朱く染まっている。
あれ、もしかして、俺えらいこと言うてしもうたやろか。
たぶんひんやりとしとるやろうこの人の指が俺の首筋に触れるところを想像しつつ、ただもう「はい」と言うしかなかった。