キスの日 助手席に真斗を乗せることはたまにある。仕事にはマネージャーが迎えに来るし、免許も車もあるレンもそのほうが多いけれど、例えば夜収録のST☆RISHのラジオだとか、メンバー以外の共演者のない仕事は自分で行くこともある。 多忙なスケジュールで生活は充実しているが、気分転換のドライブもままならないため、仕事が伴うといえど、たまの運転は気が晴れる。
メンバーとの仕事にしか運転していかないのは、メンバー以外の共演者を乗せないためで、これはレンなりのスキャンダル避けでもある。
だから、レンの車には真斗だけでなく、ST☆RISHのメンバーは全員乗ったことがあるのだけれど、やはり一番回数が多いのは真斗だろう。そのままレンの家に連れて帰って共に一晩過ごしたりする仲なのだから。
翌日はマネージャーに任せることが多いのだが、明日はレンの仕事のスタートが遅いこともあって、真斗の現場まで送ろうか、と声をかけたら、意外だったのか真斗は目を見張った。
「朝はもう少しゆっくりしたいのではないか」
「たまにはいいだろ。 お前は不満なの?」
「いや、助かるが。……では頼む」
同じグループとはいえ、仕事はそれぞれのものが多い。
真斗も今恋愛ドラマの撮影中で、撮影の拘束時間も長いなかを縫っての恋人との逢瀬だった。少しでもレンと過ごせる時間があるならそれは僥倖だ。
どちらかと言うまでもなく完全に夜型のレンにとって、早朝といっても差し障りのない時間だったがそれでも起きたし、真斗の作った朝食もしっかり食べた。自分にしては珍しい早起きが、まさか自分の意地とか嫉妬とかそういったものが根本であることは絶対に真斗に知られたくはなかった。真斗は喜びそうなものだが、ライバルでもある恋人に、嫉妬するほど惚れこんでいることを知られるなんてレンのプライドが許さない。
恋は惚れたほうが負けで、そういう意味でいえばお互い不戦敗なのは重々承知なのだけれど。
「そういえば、マサの恋愛ドラマの相手、マサのこと結構気に入ってるらしいね」
仕事で一緒になった音也に聞いたその一言をまさかこんなに気にするなんて、レン自身も思わなかった。恋人だと大手を振って宣言できるわけでも、堂々と牽制できるわけでもないが、少し面白くはなかったのだ。
(やっぱり、やめたほうがよかったかな)
急に現場まで送るなんて言い出すのを真斗は不審の思わなかっただろうか、と今さら心配になりながらエンジンをかける。
助手席の真斗が慣れた手つきでシートベルトを締めるなか、カーナビの無機質な音声の挨拶が響いた。
『今日は5月23日。キスの日です。』
あ、と思う間もなかった。
隣から伸びた手がレンの首を引き寄せ、もう片方の指先であごを真斗のほうに向かされる。
強引な手つきだったが、重なるくちびるはこのうえなく優しかった。
「で、俺の健気な恋人は何が不安だ?」
「……何もないよ、何もないけど!」
「けど?」
格好良すぎてムカつくとは絶対に言ってやらないことにした。