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    fuekidayo0

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    fuekidayo0

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    天使なデイビットくんを拾って保護してたけどなんか巻き込まれて旅に出るだけのデイぐだちゃんです。暇な時に書いてたやつが纏まりました。

    プロローグ

    秋の終わり、冬の始まりの朝。
    澄んだ空気は心地よく肺を冷やし、吐く息は白く霞んでいる。
    雑多なビル群が日照権などお構いなしに建ち並ぶこの街で、唯一安心して息ができる場所に青年は立っている。
    地上の楽園と彼が呼ぶそこはなんてことない雑居ビルの屋上だ。他と違う点を挙げれば、中央にガラス張りの小さな温室があり、退廃した街に珍しく青々とした緑が茂っていて、丁寧に管理されているところだろう。このビルの持ち主、厳密にいえば持ち主の孫である少女が毎日甲斐甲斐しく世話をしているおかげで季節ごとに見事な花が咲いている。まさに地上の楽園だった。
    まだ街が寝静まっているのをいいことに、青年はそっと伸びをした。瞬間、ばさりと鳥の羽ばたく音を響かせて。
    埃とともに白い羽根が舞った。端正な顔立ちの青年の背には、2つの翼が生えていた。







    ※※※

    「デイビット早起きだね」
    屋上に備えられたサンダルに足をつっかけて立香は扉を閉めた。トートバックに入れたアルミ製の水筒にはさっき淹れたばかりのココアが入っている。年中そこらへんに茂るミントをその場で数枚ちぎって軽く水に晒す。そのまま彼専用のマグカップにココアと一緒に浸してやれば、朝にぴったりの爽やかな味になってくれる。湯気の出るそれを受け取ると、ありがとうと小さく言って、温もりを確かめるように両手で持って舐める様子が可愛らしかった。風が出て、彼の重たい背中の羽が揺れた。
    「あんまり羽を出してると誰かに見られるかも…。温室、寒かった?」
    「問題ない。君の温室は快適だよ。日に1度は広げておかないと肩が凝るんだ」
    そう言ってデイビットは困ったように小さく笑った。


    翼を持った青年がこの屋上庭園に迷い込んだのは、もう、ひと月ほど前のこと。
    立香の暮らすこの町は工業地帯に挟まれた煩雑なベッドタウンで、様々な民族と文化が入り乱れ、混沌とした独特の雰囲気がある。工場からの煙やスモッグでいつも空気は濁っているし、晴れていてもどこか陰鬱な湿っぽさがあった。
    幼い頃に両親を亡くし、それからはこのビルの所有者である老夫婦に引き取られ世話になっていた。その老夫婦も一昨年亡くなり、ついに天涯孤独となってしまった。
    偽物の人工物にまみれたこの町で唯一、このビルの屋上には本当の楽園がある。
    それは植物園だった。
    ビルの屋上の中央はガラス張りのドームになっており、中には青々とした花や低木が植っていた。遺伝子組み換えや無茶な改造の施されていない純粋な緑がそこにはあった。これがどんなに価値のあるものか、知っているのはもはや立香だけだ。この楽園を維持することが立香にとっての生きがいであったのだが、とうとうビルの取り壊しの話が出て、あっという間にそれは決定事項になってしまった。
    不思議と驚きはなかった。噂で取り壊しの話は知っていたし、ビルの持ち主が亡くなって自分は相続人には当てはまらないのだから、遅かれ早かれそうなっていただろう。
    立香自身、このままここに留まるか、別の街に行くかの選択をずっと先延ばしにしていた状態であったし、色々と決断するタイミングが重なっただけのこと。
    もう自分はこの街にいる理由がないのだと思うと、吹っ切れた気分だった。
    取り壊しはまだ先の話なので、別の借家を探す時間は十分にあるのだが、せめて今植っている花が枯れるまでは見届けたい。うまくすれば種子を採取して一緒に連れて行けるかもしれない。それが叶わなくても、この感情に折り合いをつける何かが欲しかった。

    その日も、日課の水やりと草むしりをするつもりで屋上に上がった。相変わらずの曇天で、内圧で屋上の扉がいつもより重く感じた。錆びついたそれを押し開けて、温室のすぐ横にある蛇口にホースを繋いだところで、白い羽根が落ちているのに気づいた。鳩にしては大きい。瑞々しい植物を求めて野鳥が遊びにくることはよくあったのでそれ自体はなんの疑問もないが、こんなに真っ白で大きな羽根は見たことがない。
    とんでもなく珍しい大型の鳥かしらと、まだ室内にいることを期待して扉に手をかけようとしたところで、違和感に気づく。
    (わたし、鍵かけたよね?)
    盗難にあって困るものはとくにないけれど、防犯のために温室には鍵をかけてある。その日温室の扉は開いていて、点々とあの白い羽根が中まで落ちていた。野鳥が扉を開けられるはずがない。
    急にゾッとして、ないよりはマシだろうと農耕用の鍬を握って、立香は恐る恐る中を覗いた。
    循環する簡素な水路の脇に青々とした葉の大きな植物が植えられている。その横、ちょうど温室の中央に小さなベンチがあって、もたれるように青年がうずくまっていた。その背中からはおよそ人にはないものが生えていた。
    いつか絵本で見た、まるで天使みたいな。


    ※※※

    立香の庭に迷い込んだ天使は、デイビットと名乗った。彼は自分の名前以外覚えていないようで、いわば記憶喪失状態だった。怪我をしていたし、帰る場所もわからないと言うのでしばらく匿うことにしたのだ。たぶん、警察に連絡しないといけないんだろうけど、ここ最近行政もすっかり腐敗して汚職警官が溢れる街になってしまったし、引き渡した後酷い扱いを受けないとも限らない。なんせ背中から羽の生えた人間なんてこの世界に彼以外どこを探しても居ないのだから。幸いこのビルは7階から上は立香の居住スペースだし、他の階は倉庫として貸し出しているから人の出入りもない。ちょっとくらい人が増えたって怪しまれることはないだろう。
    出会った頃のデイビットは、とにかく疲れていたのか立香のソファーでずっと眠っていた。羽が傷ついていたので手当てをしようとしたときはかなり警戒されて暴れたけれど、立香がなんの敵意も持っていないことを理解すると大人しくしてくれた。子どもの頃怪我をしたツバメの手当てをしたことがあったので、その時と同じように優しく丁寧に薬を塗って、包帯を巻いてあげた。
    排気ガスの蔓延するこの街の空気は彼には息苦しいようで、いつも顔色が悪い。
    彼が逃げ込んだ温室は心地よい場所だったみたいで、大抵は温室の中で過ごしている。
    人が住むための設備ではないけれど、手入れは毎日しているから、少しづつものを増やして改造した。
    今ではすっかり彼の巣になっていて、しばらくの間はここで寝泊まりしていた。その名残で立香の部屋から持って行った長編小説やマガジンがベッド代わりのソファーに平積みになっている。このソファーも彼のお気に入りで、スプリングがちょっと壊れているけど、逆にその反発具合がいいらしい。
    相変わらず記憶は戻らないらしいけれど、少しでも彼の休まる場所になればいいと思った。
    デイビットの怪我はひと月もあれば治るだろう。手を出した以上、彼の怪我が完治するまでは見届けなければならない。取り壊しまでまだ猶予はあるので、落ち着くまでここにいてもらってもいい。
    そんなこんなで立香とデイビットの楽しくも奇妙な共同生活が始まった。


    ここ数日は曇りばかりだ。たまに雨も降るけど酸性雨なのであまり植物に当たらないように配置換えやビニールがけをしなければならない。温室の植物の他にも鉢植えにはミントやハーブを植えている。温室の方にはマリーゴールドが咲き始めている。秋薔薇も蕾が出てきたのであと数週間もすれ見頃だろう。咲き終わりをいくつか摘み取ってお風呂に浮かべるのが立香の密かな楽しみだった。
    デイビットの様子を見てみると、ソファーに浅く腰を掛けたまま植った植物を眺めているようだった。
    「デイビット、退屈?」
    「花を見ていた。君の髪の色と似ている」
    マリーゴールドを指してデイビットが答えた。キク科独特の少し苦味のある匂いだが、空気は透き通っている。デイビットの怪我はかなり良くなってきている。もうすぐで包帯も取れるだろう。包帯の交換にかこつけてデイビットの羽に触るのが好きだった。鳥に触れること自体あまりないことだったし、デイビットの羽は極上の触り心地で撫でる手を止めるのが難しい。デイビットもきっとそれをわかっていて、立香の好きなようにさせていた。時折くすぐったそうにするのもちょっと面白かった。
    「ああ、そうだ。これを渡しにきたの」
    立香は大きな紙袋から赤いタータンチェックの毛布を取り出す。少し柄が派手だが真っ白な羽によく映えた。立香のクローゼットにしまってあったのを綺麗に洗ってふかふかにしたものだ。
    「オレに?」
    「そう。もう肌寒くなっちゃうし。風邪引かないようにね」
    手渡されたそれの感触をしばらく堪能したあと、デイビットは柔らかく微笑んでありがとう、と短く述べる。いつも無表情ばかりで感情の起伏が読めないのに、こういうのはちょっとずるいと立香は思った。

    次の日。案の定朝から小雨が降って、昼頃には本格的に降り出した。立香は雨避けを植物にかけて溜まった雨水が流れるように排水溝を簡単に掃除する。寝ていていいと言ったがデイビットも手伝って二人で作業する。デイビットはかなり器用で、壊れていた給水ホースや花壇なんかをなんでも直してくれる。作業が終わる頃にはお互いびしょ濡れだった。
    「立香、こちらに」
    「わ、ぷ」
    部屋から持ってきたのかデイビットが大きめのタオルケットを広げて立香を包む。やや強めに頭を撫でるように拭かれるが嫌な感じはしなかった。ずっと昔にこんなふうにしてもらったことがあるような気がしてじわりと胸が熱くなった。
    感傷に浸る立香をよそにデイビットは顔まわりを念入りに拭いていく。当然、真剣そのもののデイビットとばっちり目があって息が詰まる。あの深いモーブ色と不思議な虹彩に見つめられると落ち着かなくなる。しばらくじっと見つめあって、デイビットがまたわしゃわしゃとタオルケットを動かした。
    「デ、デイビット、もういいよ。あとは自分でやるから」
    「うん」
    頷くだけで手を止めることはない。
    「デイビット、ちょ、面白がってるね!?」
    「うん」
    タオルで見えないが彼はきっと楽しそうにしているのだろう。じゃあ、いいか。と立香は摩擦でボサボサになった髪を見ながらため息をついた。そしてもちろん仕返しをした。

    タオルで拭いたとはいえ濡れたままでは風邪を引くのでバスタブに湯を張る。ここでもどちらが先に入るかで一悶着あった。
    「君が先に入れ」
    「いいよわたしはあとで。デイビットは羽も濡れちゃってるし。わたしは十分拭いてもらったから」
    「女性が体を冷やすのは良くない。君が先に」
    「いやいや、髪から水滴垂れてるよ。いいから先にどうぞ」
    立香もデイビットもかなりの頑固者でお互い譲らなかった。
    「じゃあ一緒に入っちゃう?」
    立香の爆弾発言にデイビットが一瞬固まり、ぎゅっと眉を寄せて目を瞑った。がばっと抱き上げられ風呂場に放り込まれる。もちろん立香1人で。結局立香が根負けしてさっさとシャワーを浴びた。ほのかに湯気を纏って出てきた時には、デイビットが羽をバタバタさせていたので、やはり機嫌が悪いのかもしれない。

    デイビットと暮らし始めてしばらく経った。怪我はすっかり治って、たまに屋上で羽を伸ばす姿を見かける。羽ばたいて見せてとお願いしたら部屋中羽だらけになって笑いながら掃除をした。抜け落ちた羽根を集めてクッションでも作ってみようかなと画策しているのはデイビットには秘密だ。デイビットは相変わらず温室に入り浸っていたが夜は寒いので物置にしていた部屋を掃除してそこに寝てもらっている。デイビットはたまに空を見上げてなにか深く考えている。その不思議な虹彩に星が映ると綺麗だった。立香はデイビットのことを羽の生えた男の子くらいに思っていたが、本当は別の惑星、それこそ空から落ちてきた本物の天使なのかもしれないと思うようになった。
    実際のところデイビットは何者で、どこから来たのだろう。怪我をしていたのは、誰かに追われていたんだろうか。想像力を働かせてもこの町のことしかしらない立香は平凡な推測しか出せなかった。
    お茶を淹れながらデイビットの隣に座る。デイビットは読みかけの本を閉じて立香に向き直した。
    「怪我が治って良かった。デイビット、なにか思い出せることはない?」
    「そういえば一つ。オレは誰かと一緒に旅をしていた、と思う。オレとは違う長い金髪の男でいつも煙っていた」
    「煙?タバコを…吸ってたってこと?」
    「いや、彼自体が煙というか…」
    いまいちデイビットの言うことがわからない立香だったが身体的特徴がわかったのは大きい。いろいろな民族や人種が住む町ではあるが小さい町なので探せないこともないだろう。
    「よし!それだけでも手がかりがあるのは大きな一歩だよ。わたし明日からアルバイト再開するから、いろいろ調べてみるね」
    身を乗り出して手を握る立香に一瞬びっくりした素振りを見せてデイビットが頷いた。町を出て行くまでの時間、きっとデイビットの仲間を探してみせる。立香はそう意気込んだ。

    ※※※

    「もうすぐ日が暮れるはずだが、なぜ出かける準備を?」
    夕方5時過ぎ、寒くなってきたから少し厚手のアウターを羽織って、腕時計を留めた時、デイビットが屋上から降りてきた。少し変な寝癖がついている。
    「あれ、昨日言わなかったっけ。わたしダイナーでアルバイトをしてて、あ、アルバイトっていうのは」
    「期間の定めのある労働契約だと理解している。そうではなく、些か遅い時間帯ではないかと」
    「んー、6時からのシフトなんだよね。えっと、お腹空いたら冷蔵庫に作り置きがあるから」
    「いや、食事の心配をしているわけでは…。どうしても行かなければならない?」
    デイビットはかなり頑固な方だけど、我儘や自分の意見を主張することはあまりなかった。
    でも立香が家にいなくてもデイビットは留守番くらいできるだろうし、そもそも日中もほとんど寝てるか立香とおしゃべりをするか本を読むかのルーティンなので、1人には慣れていると思った。もうあとは食事をして寝るだけなのに、なにか自分に用があるんだろうか。
    「お仕事だからね。大丈夫、日付が変わる頃には帰るから。デイビット、今日も温室で寝るならあったかくしてね」
    「…噛み合わないな。オレも一緒に行こう」
    「デイビットが!?一緒にはダメだよ…ダイナーだし人がいっぱいだから見つかっちゃう」
    お客の中には警察官もいるし、このままのデイビットが行けばどうなるかは明白だ。たしかに一日中部屋にいて、温室にいて、同じ景色同じ日々に飽き飽きするのはわかる。外に興味が湧くんだろう。連れて行ってあげたいのは山々だけど遊びに行くわけではないし、なにより目立ってしまう。
    「コートを羽織れば問題ない」
    「いや、うーん…無理があるよ…。とにかく、仕事じゃない日なら夜中こっそり連れて行ってあげられるけど今日はダメ。家で大人しくしてて。ね、お願い」
    出勤時間が近づいてるし、急がないと。立香は渋るデイビットをなんとか宥めて家を出た。あと20分でダイナーに着いてなきゃいけない。
    駆け足で地下鉄までの道を行く。ちらりとアパートのビルを振り返ると7階の部屋の窓から身を乗り出したデイビットがずっと立香を見送っている。羽が落ちてるよ、デイビット。
    やっぱりまだひとりで外に出るのは危ないようだ。
    近所の人には大きな鳥を飼っていると言い訳しよう。

    アパートメントのビルから地下鉄で2駅のところにアルバイト先のダイナーがある。急いでなければ歩いても行ける距離だけど、今日は地下鉄を使った。朝10時から昼の13時までと、夜19時から深夜2時までが営業時間だ。基本常連さんばかりだけど、なんせ工業地帯の近くにあるからトラックの運転手や短期労働者といった顔馴染みでない人たちも大勢やってくる。
    「おはようございまーす!」
    タイムカードを機械に押し込む。接触不良で何回かカードを差し込まないと打刻してくれない。修理してほしいと何度店長に訴えてもそのそぶりがない。修理にはまだしばらくかかるだろう。
    ロッカーに置いたままの制服に着替える。丈は少し短いけどキュロットだし結構可愛いから
    お気に入り。髪をポニーテールに結んで開店までお店のビールサーバーを念入りに掃除する。今夜は少し肌寒いからコーヒーの方が売れるかもしれない。
    19時を告げる鐘と共にお客さんが何人かお店に入ってきた。立香はグラスを準備しながらちらりと長い金髪の男性を探す。でもお店にいるのは茶髪や黒髪のおじいさんばかりで話に聞くような美丈夫は見当たらない。流石にこんなに早く見つかるとも思ってはいないが、先行きが見えず不安になってくる。厨房からのオーダーの声にはっと我に帰り、忙しくメモを持って店内を動き回る。それとなく会話に聞き耳を立ててみるけど、競馬かスポーツの話か、あとは聞くに耐えない下世話な世間話ばかりだ。今日は大人しく仕事に専念しよう。お客の呼ぶ声に短く返事をして、立香は伝票をポケットに押し込んだ。


    開店から30分。カランと入り口のドアが鳴る。窓際の席を陣取る女の子たちがきゃあ、と黄色い声をあげていて、立香はホットサンドを作る手を止めて思わずカウンターからわざわざ上半身をのけぞらせた。ほぼ満員に近く、ちょうど別の店員が対応しているようだけど、あいにくテラス席もいっぱいだ。椅子を増やせばカウンターの端に座れないこともない。
    「満席なんだ。外で少し待つか、時間を置いてまた来るかしてもらえるか?テイクアウトも受け付けてますけど…あ、ちょっと!」
    「立香」
    聞き慣れた声に振り向けば、いつもの無表情にほんの少しだけ口角を上げたデイビットが立っていた。冬用の厚めのコートを着ているけど、羽根を押し込んでいるせいで背中が少し大きく見える。立香を見つけて嬉しそうにするから、裾から若干羽根が見えてしまっている。
    「デ…」
    あまりのことにびっくりして何も言えない立香をよそにデイビットはまた羽根を動かしているのかコートの裾が揺れていた。このままじゃマズイ。

    「デイビット…来ちゃダメって言ったじゃない」
    「君の無事を確認したら帰るつもりだった。店の外にいたら知らない女性に腕を引かれてしまって困っていたんだ」
    「わたしそこまで子供じゃないんだけど…」
    「すまない。迷惑だった?」
    店長に知り合いなのだと説明してカウンターの端に椅子を持ってくる。ちょうど柱があって、ボックス席からのいい目隠しになるだろう。小さな椅子に身を縮めて申し訳なさそうにするから怒るに怒れない。そう言えば家を出る時からデイビットはずっと心配してくれていたし、紳士的な扱いを受けて正直とても嬉しかったのだ。
    「迷惑じゃないよ。でもこのお店、色んな人が来るからデイビットには危ないんじゃないかなって思ったの。」
    立香の柔らかな返答に安心してデイビットも顔を綻ばせた。
    視線は穏やかに動いて、興味深げに店内を見回している。ずっと立香の温室と部屋とを行き来するか、屋上からの景色を眺めるばかりだったので珍しいのだろう。
    「せっかく来てくれたから何かご馳走するね。少し待っていて」
    そう言いながら慌ただしく厨房に駆けていく。途中客に呼び止められ、器用にオーダーを取り空いた皿を下げていた。優しい隣人の新しい一面を見た気がして、デイビットは目が離せなかった。髪型と格好が違うのも相まってなんだか知らない女の子みたいだ。
    そんなふうなことをつらつら考えていると、立香が盆に何かを乗せて戻ってきた。
    「じゃん、お待たせ」
    誇らしげに宣言すると立香は音を立てないよう丁寧にマグと皿を置いた。
    「これは?」
    「わたし特製ココアだよ」
    店のロゴマークがプリントされた白いカップには、クリームとチョコソースがたっぷりかかっていて、てっぺんには泡に沈みながらもてらてらと輝く真っ赤なチェリーが君臨している。皿には大ぶりのドーナツがひとつ。カラフルなチョコスプレーがこれでもかとまぶしてあった。
    「すごいな」
    いつものように言葉数少なに感想を述べるデイビットだったが、彼の目に星が瞬くようなきらめきが見えて、立香は満足げに頷いた。
    (デイビットって、たまにすごく小さな子供みたいな顔をするんだよね)
    頬杖をつきながらどうぞ、と促すと、デイビットは大きな手でカップを掴み、器用に飲み始める。口の端についたクリームを舐めとる仕草が色っぽくて、先程の幼さの残る表情とのギャップになんだか見てはいけないものを見たような気になる。
    次いでドーナツに手を伸ばしたかと思うと、豪快にかぶりついた。一口が大きくて、クレーターみたいな歯形がどんどん増えていく。気持ちのいい食べっぷりについつい見惚れて、オーダーを呼ぶ声が遠く聞こえた。立香が動かないのを見て、同僚が仕方なくカウンターから出ていく。それくらい夢中だった。
    「ごちそうさま」
    指についたドーナツのチョコまで綺麗に舐めて、デイビットの食事が終わる。立香はやっと、ほう、とため息をついた。無意識に息を潜めていたせいかなんだか胸が苦しい。
    「君の作る食事はどれも美味しいけれど、オレは今日のココアの味をずっと忘れないだろうな」
    そんな最上級の褒め言葉に体温が上がっていくのを感じて、髪をいじるフリをして誤魔化す。その台詞はずるいと思った。
    カウンターテーブルに等間隔に貼り付けられたメニューを指でなぞりながら、デイビットは先ほど飲んだココアを探している。立香は照れる頬を気取られないように、毅然とした態度でデイビットにココアの説明をした。
    「なんのトッピングもないふつうのココアはあるけど、さっきのはわたしのレシピで作った君だけのものだよ」
    「オレだけの?」
    「そう。シナモンと、デイビットの好きなラム酒がちょっぴり入ってて、お店のメニューにはないやつ」
    そう答えると、デイビットはわずかに口角を上げて、嬉しそうに笑った。薄く目を細めているだけだというのに、あまりにも自愛に満ちた文字通り天使みたいな笑顔だった。立香はなんだかもう色々な感情が込み上げて、外に走り出して叫びたいような気分だった。


    あれからというもの、デイビットはしばしばアルバイトに向かう立香にこっそり着いて行き、彼女が働く姿を眺めながらお気に入りのココアを飲むようになった。
    相変わらず変装はしているけれどバレるのも時間の問題なんじゃないかとヒヤヒヤする。
    デイビットの知り合いだという金髪の男性の情報は手がかりがないまま、冬本番になってきた。

    (冬が明けたらこのビルも取り壊されちゃうのかな…)
    クリスマスローズの手入れをしながら立香は白い息を吐いた。今咲いている花が枯れたらいよいよここを出ていく準備をしなければならない。デイビットの知り合いも見つからないままこの街を出ていくことはできないし、デイビットを連れていくことも難しいだろうなと思う。あんなに緑でいっぱいだった温室もずいぶん寂しくなった。
    「立香」
    ふと頭の上から声がして、顔を上げる。
    ブランケットを片手に持ったデイビットがそっとそれを立香の肩にかけた。ふんわりとほのかな温かさが肩を包む。
    「綺麗な花だが、ここもずいぶん寂しくなったな」
    デイビットがこの温室に来た頃はもっと緑が濃くて賑やかだった。もちろん、冬であまり植物が咲かないからということもあるが、やはり終わりが近づいてきているのだと嫌でもわかってしまう。
    「立香、」
    「大丈夫!デイビットの知り合い、きっと見つけてみせるから!」
    デイビットの低い声色が不安気に聞こえて立香は努めて明るく返す。デイビットは何かを言いかけたのを飲み込んで、ああ、と短く答えた。



    「もう一枚着て行った方がいい」
    「大丈夫だよ…暑いくらいだし」
    もこもことワンピースと厚手のセーターを着込み一番温かいコートを着せられマフラーを巻かれる。まるで羊のようだと思った。いつものようにアルバイトに行こうとする立香の薄着を見てデイビットが勝手にクローゼットからあれこれ服を引っ張り出してきたのだ。
    「デイビット、なんで君もコートを着込んでいるの」
    「送っていく」
    デイビットはさも当然だと言わんばかりの表情で玄関まで歩き出した。立香はふう、とため息をつく。
    「昨日も来たでしょ。最近店長に怒られるの。鳥の羽が落ちてるって。鳩が入り込んできたって言い訳はもう通用しないと思うんだ」
    「とにかくね、今日は家にいて、なんならわたしのためにご飯作っておいて。デイビットのポトフ好きなの。あれ食べたいから、ね、お願い」
    温室に入る機会が減りデイビットはよく家事をするようになった。実際彼の作る料理はものすごく美味しい。傷みかけた野菜も安いお肉もなんでも美味しくなるのだから不思議だ。
    それともう一つの懸念点が、最近悪魔崇拝だとか怪しい宗教の取り締まりが盛んになってきていることだ。デイビットはもちろん悪魔ではない(と思う)けど今彼が目立つ行動を取るのは良くない気がした。渋々了解したデイビットに一抹の不安を覚えながらも地下鉄に乗り込む。新聞を広げている老人が目に留まって、誌面に書かれた最近の事件にどきりとする。怪しい薬や銃の密売人が町に流れ込んでいるらしく、いよいよ治安が悪くなってきたようだ。家の鍵をもっと厳重にしたほうがいいかな、と思案しながら、立香は列車を降りた。

    ダイナーは異様な賑わいを見せている。常連客に混ざって柄の悪い連中が騒ぎ立てているようで、あちこちで怒鳴り声や狂ったような笑い声が聞こえてきた。ウェイトレスが注文を取りに行くと捕まって小一時間絡まれるのでとにかく人手が足りない有様だ。席は全て埋まっているのにどこかから持ってきた椅子を広げて勝手に店外で飲み出す客もいた。お酒も出す店なので酔っ払いなんて日常茶飯事だが今回に限っては客が不機嫌ということもありいくつグラスを割られたかわからない。いい加減出禁にして欲しいと事務所であくせく帳簿をつけながら我関せずの店長を睨んでみるが、効果はあまりないようだった。
    「さいあく!お尻触られたわ!なんなのかしらあいつら。なにか大きな商売に失敗したんだか詐欺にあったんだか知らないけど限度があるでしょ。あたしもう時間だから上がるけど、立香も気をつけなさいね」
    エプロンを乱暴に丸めながら同僚のウェイトレスが口早にバックヤードに消えていく。ちょうど交代の時間だが深夜帯のシフトは人数も少なく、ウェイトレスで一番若いのが立香なので、当然注文に呼びつけられるのも立香に集中した。
    赤毛ちゃんだのおちびちゃんだの散々好き勝手に呼ばれその度にどうでもいい話を聞かされる。ええ、はい、そうですねとかわしながら立香は内心デイビットがいてくれたらなと後悔した。
    「それでそいつから火薬だの薬だのを買い付けたんだがとんでもない暴利で」
    「お前が最初にふっかけなきゃあんな法外な値段にはならなかったろうが!」
    「あの男、俺たちの他にも武器を流してるって噂で」
    「長い金髪で…いけすかねえ野郎だろ。拠点があるはずなんだが」
    「商売あがったりだ。早いとこ見つけ出して上に報告しねぇと、俺たちの首が危ない」
    ジョッキを2つ持ちながら店内を走り回っていると、喧騒の中から同じような単語が聞こえてくることに気づいた。金髪、長髪、恐ろしく美しい顔の男。デイビットがいつか話してくれた僅かな手がかりに合致して、立香は思わずその会話に食いついてしまった。
    「あの!その人って、」
    酒に酔った赤い顔の男たちがぴたりと動きを止めて一斉に立香に振り返る。それまでの騒々しい雰囲気がひりついた空気に変わり、立香はまずい、と思ったがもう遅かった。
    「嬢ちゃん、そいつのこと知ってんのかい」
    「いや、その」
    「あれだけの美丈夫だ。イロがいてもおかしくねえ。美人局もやってんのか?」
    「わたしは何も知らなくて…ちょっとだけ話を」
    「ああ!?なにごちゃごちゃ言ってやがる!どこにいるかってこっちが聞いてんだろうが」
    若干呂律の回らない男が激昂して捲し立てる。口を挟む暇すら与えず、立香は誤解の渦の中にいた。痺れを切らした男がテーブルをひっくり返す。グラスが落ちて細かく砕けていった。腕を掴まれたまま要領を得ない怒号を浴びて立香もかなり混乱していた。
    他の客も騒ぎに驚いて何が起きたのかと目線だけを送るも、助けに入るそぶりは見せなかった。このままではどうなるかわからない。立香はなんとか話を聞いてもらえないかと必死に身を捩ったが、抵抗していることにまた激怒した男が腕の力を強め、店内の壁に立香を追い立てる。
    「痛っ」
    「これ以上抵抗するってんなら無理矢理にでも連れて行く、…あ?」
    降りかかる暴力に目を瞑ったまま、しかし来るはずの痛みがないことに恐る恐る目を開けると自分を押さえつけている男の腕が奇妙な方向に曲がっている。
    「何をしている」
    ぞっとするほど低く冷たい声が聞こえて立香はまさかと顔を上げた。今し方振り下ろされようとした男の腕を掴んだデイビットがそこにはいた。今までに見たことのない表情でじっと男を睨みつけ、床に薙ぎ倒して行く。男は曲がった腕を押さえながら呻き声を上げその場に蹲っていた。
    「デ、」
    「立香、血が」
    さっきテーブルを倒された時か、持っていたグラスが割れた時か、腕に一筋血が伝っていた。掴まれていた手首のほうが痛かったので気づかなかった。そんなことよりデイビットがなぜここに。いるだけならまだなんとか言い訳もできたのに、あろうことか彼はその羽根を隠していなかった。ハロウィンの時期は終わっているし、仮装にしてはあまりにも生々しく美しいそれにみんなが注目している。ダイナーが静まり返っているのは、やくざ者の乱闘騒ぎに対してではなく、この空間にいる異質な存在に対してだったのだ。
    「て、てめぇ!何しやがる!この化け物!!」
    恐怖と怒りが混ざった震え声で喚き散らし、男が懐から拳銃を取り出す。銃口はこちらを向いていて、上下にガタガタ揺れながらも照準を合わせている。
    「デイビット!危な…」
    最後の「い」を発するよりも早く乾いた発砲音が響いた。仄白い煙を上げて筒口から火薬の嫌な匂いがする。撃鉄を起こして放たれた弾丸は立香の頬ギリギリを掠め壁を抉り抜いた。円形のクレーターからヒビが入り石膏がパラパラと落ちていく。
    これには立香も腰を抜かして、その場にへたり込んだ。
    「今、それを彼女に向けたのか?」
    デイビットの眉間には皺が深く刻まれ、あの深い夜のような色をした目が炯々としている。無表情でもどこか穏やかだった顔つきが激昂に暗く翳っていた。威嚇するみたいに翼を広げ、テーブルや椅子を倒しながら男に近づいて行く。彼のコンバットブーツが強い音を立てた。
    「あ、あ…!」
    2発目を構えようとするその切先を、デイビットはまるで飲み終えた缶ジュースを潰すみたいに握り潰す。この状態で引き金を引いたなら間違いなく暴発するだろう。
    「やっぱり滅ぼそう」
    意味のわからない単語を呟くデイビットの足元に、なにやら黒い影が見えた。それは明らかに質量を持ってぬるりと蠢いている。タコのような触手に見えるそれはデイビットの意思に従うように男に巻きついていた。もうほとんど戦意喪失した男はガタガタと震えるばかりだ。立香は戦慄を覚えた。これがあのデイビットなんだろうか。わたしのココアで笑顔になり、植物に優しくしてくれた、あのデイビットなのだろうか。
    止めなければ。
    腰を抜かしている場合ではないと立ち上がった時、後ろ手をぐいっと掴まれる。最悪の状況だ。仲間の男が立香の背を取り羽交締めにした。
    「この女がどうなってもいいのか!?」
    そんな、今時映画でも言わないような台詞を前にしてもデイビットは動じなかった。立香を蔑ろにしているわけではなく、もうすでに触手が男の身体のあちこちに巻き付いて骨を軋ませていたからだ。店内はパニック状態で逃げ出す客やどちらともとれない加勢に入る者で凄惨を極めている。締め付けに喘ぐ男の手が緩んで体が自由になった。
    「デイビット!デイビット待って!」
    立香の声にデイビットが視線を動かす。
    「立香、怪我を」
    それなりにあちこち擦りむいてはいるが大したことはない。デイビットはまるで立香しか見えていないような口ぶりで眉を下げて頬や腕に触れる。さっきまで腕をへし折り銃口を握り潰したものとは思えないほど優しい手つきで立香は面食らってしまった。
    「人を傷つけちゃ駄目だよ。ね、今はとにかくここから離れよう?うちに…うちに帰ろうよ」
    不安で揺れる立香の瞳に思うところがあったのか、デイビットは羽を畳んで落ち着きを取り戻した。ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、店内の情勢が一気にひっくり返る。
    あの女もきっと仲間だ!悪魔崇拝だ!化け物だ!そんな罵倒の嵐と人々の興奮が一体となり、立香たちの味方は誰もいない。入り口はすでに塞がれ、店外でも人だかりができている。誰かが警察を呼んだのか赤と青のパトランプが時折店内を染めた。このままだと自分もデイビットも捕まってしまう。
    「どうしよう…逃げられない…!」
    デイビットの腕を掴んで裏口から出ようとするも、また銃声がどこかで聞こえ出した。完全に袋の鼠だ。おろおろと逃げ惑う立香をカウンターの陰に押し込んでデイビットが立ち上がる。難しい顔をして蹴散らすか立香の言いつけを守るべきか葛藤しているようだった。そんな時、
    「加勢が必要か?」
    じりじりとお互いの出方を窺いながら膠着状態にある店内に凛とした声が響いた。
    男が立っている。
    長い金髪を靡かせてワルサーP38を乱射しながら男は店内をずかずかと歩いてくる。突然の第三勢力に誰もが悲鳴を上げて逃げ惑った。
    「テスカトリポカ」
    「デイビット、随分と長いフィールドワークだったな。どうしたお前、羽なんか出して」
    聞き慣れない人名を当たり前のように発するデイビットはすべての合点がいったというように目を見開いた。立香もなんとなくこの人がデイビットの探していた人で、デイビットも記憶を取り戻しつつあるのだとわかった。
    「それで?この状況はなんだ?戦いなら見届けるが」
    「必要ない。が、今はここを離れるべきだ」
    「まぁそうだな。お前一人にこの人数は不公平だ。いや、逆か?お前に勝ち目がありすぎる」
    テスカトリポカと呼ばれた男からの評価に得意げな表情を返しながらデイビットは笑った。
    1人混乱の中取り残された立香はそんな様子を見ていることしかできない。親しげな様子に迷子の子供が親に出会えた時のような安心感を覚えたが、さよならも言わずにこのまま二人が消えてしまいそうな気がしてこんな状況なのに寂しくなる。今デイビットがこちらを振り返らなかったら、きっともう2度と会うこともないだろう。
    待ってと手を伸ばしかけた時、デイビットが立香の腕を掴んだ。
    「行こう、立香」
    「えっ、行くって、」
    何処に。
    てっきり別れの挨拶をしてこのまま自分は置いていかれるのだろうと思っていた立香は思わず手を引っ込めてしまう。しかしデイビットが強く掴んでいるので離れることはなかった。
    「退屈はさせない。君が君の世界にオレを連れ出してくれたように、オレが君を連れて行くよ」
    大胆不敵に笑うデイビットが、怖いのにどうしようもなく惹かれてしまう。どうせこのまま止まったところで両の手に手錠が掛けられるだけだ。立香は立ち上がってデイビットの手を掴んだ。満足げに頷いて手を引かれる。テスカトリポカと呼ばれた男が援護射撃をしながら店の壁をぶち壊した。こんなにめちゃくちゃで何もかもが終わっているのに、立香はなんだか晴れやかな気持ちだった。

    エピローグ

    排気ガスを出しながら補正されていない古びたアスファルトの上を一台の車が走っている。運転席には、無表情ながら今にも鼻歌を歌いそうな雰囲気の、ご機嫌な金髪の青年。助手席には窓を開け放ちタバコをふかす長髪の男が座っている。
    後部座席には上等なコートを掛けられ、深く沈んだ背もたれに全身を預けて眠る少女が座っていた。空いた席にはごちゃごちゃと荷物が乗っている。たまに車体が跳ねてそれらが足元に散らばる音がしたが誰も気にするそぶりを見せなかった。
    「それで?いろいろ聞きたいことはあるが、まずあのお嬢さんはどうした。連れてきちまったが、お前の番ってやつか」
    「まだその段階ではないが、とても好ましく思っている。オレに優しくしてくれた」
    「へぇ!お前がそこまで言うのは初めてだな。そもそもなぜそんなことになった」
    「わからないが、何かにぶつかったかして意識を飛ばしていたようだ。彼女の家の屋上に倒れていたところを助けてもらった」
    「それでお嬢との暮らしが楽しくて忘れてたってわけか。探し回った俺の身にもなれ」
    図星を突かれたデイビットが軽くブレーキを掛けた。テスカトリポカは動じることなくタバコを吸っている。後ろに座る立香の様子を伺ってまたアクセルを踏んだ。
    「お前も散々好き勝手していただろう。オレを探すのは二の次だったはずだ。また商売に失敗したのか?」
    「あの小さい町じゃ良いルートを手に入れられなかった。まぁ最後に面白いものが見れたから良しとしよう」
    「善くない。立香が怪我をした」
    「ありゃ勇敢だな。無謀とも言えるが。お前さんが暴れ出さないようになかなか頑張っちゃいたが、戦士を止めるような真似、俺は評価できん」
    そこまで見ていたのなら早く出てこいと言いたげなデイビットの視線を無視してテスカトリポカは2本目のタバコに火をつける。全開にした窓から流れる煙はそのまま夜の闇に溶けていく。
    「優しさは彼女の長所だ。オレは全部壊してもいいと思ったけれど、彼女はきっと別の答えを見せてくれる。オレはそれを見ていたい」
    そういうもんかね、とテスカトリポカはさして興味もなさそうに煙を吐いた。

    車は一本道をどこまでも走って行く。彼らの行き先を知る者は誰もいない。
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