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    しぐまきお

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    しぐまきお

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    メモみたいなもの 今後への

    宵闇におちる月(前編) 幸せになろうと、芹沢くんは言ってくれた。
    古鳥はそれが嬉しくて、少し眩しくて、躊躇していた。でも彼はそんな事意に介さずに、古鳥の引いた線を飛び越えてしまったのだ。

    ♦︎

     それからは驚くほどに呆気なく話が進んだ。まさか偉人軍に探していた姉、槻兎が居るとは思っても見なかった。家を出た幼い彼女は廻りモノではなかったはずだから。それでも芹沢が槻兎から受け取ったという手紙を見せてもらえば、そこに居るのは紛れもない自分の姉なのだと納得できた。便箋の柔らかい雰囲気だとか、丸っこい文字だとか。彼女が家を出たのは自分が赤ん坊と呼んで差し支えない年齢の頃だったはずなのに、付けられた兎のマークに自然と笑みが溢れた。ヒステリックな母が姉を想って泣く時、「らびたん」と呼んでいるを思い出す。もしやちいこいフニフニした手が「トリッピー」と言いながら自分を撫でたのはユニークな母の影響だったのだろうか。芹沢が姉を男と称したのが少し引っかかったが、それも何か事情があったのだろう。
     古鳥の心には多少の余裕が生まれていた。彼女を連れ帰って、両親の笑顔を取り戻す。今度こそ家族の中に自分の居場所を貰おう。そして、今度は笑顔で芹沢君に手を伸ばせたらな、なんて甘い希望を抱くのだった。



     夜。古鳥は、それとねここは偉人軍のアジトに忍び込んでいた。目的は勿論槻兎の部屋である。昼間芹沢に言葉添えを頼まなかったのは少年らしい小さな自尊心とでもゆうべきか。因みにねここは、彼女の夜の散歩に古鳥が出くわしたため桃太郎のお供の如く着いてきたに過ぎない。兎も角二人は、暗殺者よろしくアジトに侵入した。
     果たしてそこは、間違いなく槻兎の部屋であったのだが。半開きの大きな窓には黒い絵の具を水でぼかしたような空に、ポッカリとオレンジがかった月が浮かんでいた。白い壁の室内にはベージュの棚と、揃いの机だけが置いてある。中には人がいなかった。不自然に空いた窓から風が吹き込む。棚の引き出しからは所々紙が飛び出していた。入り切らないほど手紙を受け取ったのだろうか。中身を軽く確認し、ひとまず名前を控えて引き出しを閉める。
     そして、最後にといった手つきで古鳥は机の上に大量に重ねられた便箋の一枚を指で拾い上げた。文字は昼間見せてもらった手紙のものと同じ。書きかけの、槻兎の手紙だった。その内容に古鳥は内心小首を傾げた。解決しない疑問をねここにぶつけると、彼女もその違和感に同調した。

    「会いに行く、って書いてあるけど、この相手の師匠って人は、他の手紙のお兄様とか同僚とかと同じ人だと思う。」
    「うん。でもそれだとおかしいんだ。他の手紙を読むに、師匠は死んでるんだから。」

     偶然か必然か古鳥は手紙に書かれた待ち合わせ場所を知っていた。この街の花畑。鉄筋コンクリートの廃屋が並ぶ一角に、古鳥が求める幸せの道標はいるのだろうか。ことり、とねここが服の裾を掴んだことで、自分が震えていることに気付いた。恐れているのだろうか。いずれにせよ今は進むことしかできないのだ。

    「ことり、この引き出しの絵葉書、全部ことり宛て。読まなくていいの?」
    「うん、全部終わったら、ゆっくり読みたいから。」

    ♦︎♢

     月が照らす花はほんのりと光り輝いているように見えた。白い花が、魂でも持ったかのように優しく揺れる。自分を迎え入れているようだと感じた。花畑の中で眠る彼女のために、首を無くした彼女を看取る誰かを必要としているかのように。

    「ことり、」
     亜久津槻兎と思われるそれは、いや、自分は理解していた。花を真っ赤に濡らす血が姉のものであることを。優しく笑いかけてくれる筈だった顔はどこにもない。ただその体は誰かの手によって綺麗に横たえられており、胸の下で緩く両手を組んでいた。真白のワンピースには一切血が付着しておらず、誰かの手によって着せ替えられたことが窺える。
     吐き気も、嫌悪感も無かった。代わりに、懐かしさもなかった。袖口を引いたねここを振り払い死体に近寄る。綺麗な見た目の反面匂いは酷かった。普段ここまで濃い血の香りを嗅ぐことはない。救いは蛆がころろいているような状態では無かったことだろうか。花を膝で踏み潰し、肩の下に手を差し入れ抱き上げた。頭がないその肉体は軽くバランスが悪い。反対側に倒れそうになったのをなんとか踏みとどまり死体を抱きしめた。姉は、どんな、顔をしていたのだろうか。どんな声で自分を呼んでくれたのだろうか。自分より小さなその体は冷たく、肌は心なしか硬くなっているような気がする。これが、自分が求めたものだった。やっと見つけた希望だったのに。

    「ことり、」

    ♦︎♢♦︎

     あゝ、もう二度と家には帰れない。
    古鳥が望んだ、平凡で幸せな家族のカタチは壊れてしまったのだから。

     その日、一人の道化師はその街から姿を消した。
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