まるでさっき食べたチョコみたいだ 一日の仕事を終えて帰宅した一松は両手に持った紙袋を居間に降ろすと、疲労感を纏った溜息をついた。
「何か年々増えていってないか? どうやら今年も一松のチョコの数がオレ達六人の中で一番みたいだな」
カラ松は中身をチラリと覗き見て、思わず感嘆の声を漏らす。
「いやどう考えても一番はおそ松兄さんでしょ。『校長にチョコあげたら校内でチョコのやり取りしていい』なんてクソなルール作りやがって。おかげでこっちは校則違反って断り文句が使えなくて困ってんだよ」
一松はちゃぶ台の上にノートパソコンを開くと、チョコを畳の上に取り出した。包装紙や添えられたメッセージカードに書いてある名前を確認すると、それらをデータベースに打ち込んでいく。
「どうせ逃げ回ったところで名前書いて職員室の机に積まれてるだろ? もういっそおそ松みたいに素直に受け取ったらどうだ? オレなんて逃げも隠れもせずに保健室で待ってるというのに、たったの八個……」
カラ松も一松のように生徒から貰ったチョコを並べてみるも、力なく肩を落としている。
「去年から一つ増えてるじゃん。よかったね。あ、コレもう入力終わった奴だから食っていいよ。感想もよろしく」
一松はブルドーザーのようにちゃぶ台の上に積んだチョコを手でカラ松の前に押しやった。こうして一松のチョコを手分けして食べるがバレンタインから数日の恒例行事だ。なるべく食べたいと思っているようだが量が量だし、かと言って捨てるのは勿体ないからオレに回ってくる。そして万が一感想を聞かれた時のために、こうやって食レポを残しているのだからマメさに感心する。
(市販品は後回しにして、手作りの早く食べないとヤバそうなやつから食べる……っと)
カラ松は仕分けついでに一口で食べ終われる小さなチョコを頬張った。
「B組のももこは生チョコだぞ! 周りのココアのほろ苦さとチョコの甘さが舌の上でとろける絶妙なハーモニーが……!」
カラ松の話を遮るように一松の舌打ちが鳴る。
「普通に言えないのかよ。で? 美味いの? 不味いの? どっち?!」
「フッ…………美味い……!!」
「あっそ。美味かった、っと……」
一松は淡々と入力を続けている。
「あーホントめんどくさ……匂い嗅いでるだけで飽きそう。別にチョコ嫌いとかじゃないけどさぁ」
一松は数あるチョコの中からある箱を手にして包みを開く。中からビターのチョコタブレットを取り出して口に運んだ。
「うん、まぁ……悪くないかも」
ボソリと呟いて、一松は再び視線を画面に戻す。それを見たカラ松はうっとりと目を細めた。
やっぱり……オレがあげたチョコから先に食べるんだよなぁ。
一松が学校でモテ始めてから気になり始めて、三年前あたりから確信に変わった。意図してそうしてるかはわからないし、指摘したら絶対に怒るから言わないでやるが。
「ありがとな、一松」
画面先端から覗く一松の頭頂部がピクリと反応し、カタカタと鳴っていたキーボードの音が止まる。顔は猫背も相まってモニターに隠れてしまっているが、動揺している様子が窺えた。
「期待されてもお返しとかしないから」
そう言い放つと、一松は入力を再開する。
これはチョコを渡してくる生徒に対して言っているお決まりの台詞だ。
「わかってるさ」
口ではそう言いながら、ホワイトデー当日を外して飯をご馳走してくれることも。
学年末テスト採点をしながら一部の生徒の点数の横に、小さな猫のイラストが描いてやっていることも。
言わなくても、オレは全部わかってる。一松が隠したがる優しい一面を、こうして一番近くで見てるんだから。