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    みほ(みずたまり)

    @suisin5mm
    オフライン活動できないご時世なのでとりあえず(笑)

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    POIPOI 1

    某ドゲ界隈の一部で盛り上がっているガワ軍服シリーズで千隼さん@ChihayaFavorite の原案に乗っかったカリバー少尉殿と副官キタ兄さんの出逢いの話です。無駄に壮大に見せかけてますがあくまでもネタですので、広い心で生温くご覧頂けると助かります。

    陽光の人 なんで、こんなことになっているんだ…。
     まだ着慣れない為、生地がこなれていない硬い軍服も、身にそぐわない黒塗りの高級車の後部座席に放り込まれたことも何もかも居心地が悪くて憂鬱に拍車をかける。

     ほんの数週間前まで俺…いや私は、ほんの一介の学生、というには我ながら勿体無い経歴なので敢えて自己主張するが、我が国の誇る最高学府の中でも更に頂点である帝国大学の優秀な学生だったのだ。末は博士か大臣かというあれだ。
     それなのに、ある日突然、懇意の教授から肩を叩かれた。
    「君が今期生で最も優秀だからこそ頼みがある。特例の無期限休学を許可すると学長からもお墨付きなのだが、軍に出向してくれないか?」
    「いや、なんでですか、意味が解りません」
    「悪い話ではないんだよ。君は首席入学以来ずっと奨学金だろう?いくら首席を続けても卒業後に奨学金を返し終わるのは容易なことではない。就職後に奨学金返済とご実家への仕送りを並行するのも大変だろう。この話を受けたらここまでの奨学金といつか復学した時の学費も全て軍が肩代わりしてくれるだけでなく、出向と同時に給金も発生するらしい。すぐにでも仕送りが始められるぞ?うまい話だと思わないかい」
     旨いどころか、人生の借金の元締めが軍に変わるなんざ地獄の始まりではないか。
     だが、賢明な私はもうこれが決定事項の囲い込み漁であることを察した。最初から否は許されていないのだ。
     多額の金とそして不可抗力で実家の家族まで人質に取られたようなものだった。
     不承不承、引き受けてからすぐに追い立てられるように学生寮を出て軍の管轄らしい施設に移され、最低限の研修と称して、軍の構造や内規を座学で詰め込まれた。
     さすがにいわゆる戦闘訓練はこの短期間では免除されたが、そこまでして私を求められるのは一体どういう理由なのか。
    「特別な配属先だ。それに見合う優秀な人材を軍の内外問わず探しておられて君に白羽の矢が立った」
     全く嬉しくない。軍属なんぞしたけりゃ最初から士官学校に行ったわボケ。
     軍人なんかになるのが嫌だから己の頭脳一つで帝大に入って、まぁ、政治家とまでは行かずとも官僚にでもなれば実家への仕送りも余裕だし、八個下のまだ小さい弟が年頃になった時に好きな道を選べるように援助出来る、と合理的な将来設計を立てていたというのに。そんな憤懣やる方なしで。

     そして、晴れて(?)今日。
     その噂の"特別な配属先"とやらへの移動が申し渡されたのだ。
     支給された下ろし立ての軍服正装一式を身につけさせられ、軍の公用車らしき黒塗りのセダンが迎えに現れたことには内心驚いた。
     元貧乏学生の新米一兵卒になんなのだ、この意味不明の待遇は。いや、行先が問題なのか?
     これから所属することになる小隊の任務地と直属の上官になる小隊長の名だけは知らされた。その名ですぐに思い当たったのは、研修で学んだ軍の指揮系統図の主な部隊や幹部将校クラスの人物に散見された某一族。
    「……高級軍人一家、ってやつか」
     詮索すれば情報は簡単に見つかった。軍人一家の末っ子でわりと最近、士官学校を首席卒業した少尉殿、らしい。
    「……全く、相容れなそう、だな」
     頭と成績くらいはいいのかもしれないが、裕福な家庭で何不自由なくお育ちあそばされたお坊ちゃまなのだろう。そんな人物が率いる小隊なんざ、何の任務についているというのか、なんで帝大学生の私を無理矢理中退させたも同然の強行手段で引き抜くのか。
     悪い想像はいくらでも出来るが、良いことは何一つ思い当たらない。
     売られていく仔牛の唄のような重苦しい気持ちで、似つかわしくない高級車の座席に身を委ねたまま、流れていく景色を眺めるしかなかった。

    「……っ!ひいぃっ⁉︎」
     突如、ここまで全く無言と無表情を貫いていた無愛想な運転手が悲鳴を上げたと同時に、振動の少なさが長所の筈の高級車がまるで暴れ馬が跳ねたような衝撃と共に急停車した。
    「……っ、痛ぇっ」
     こちらも不貞腐れて座席に沈みこんでいたものだから不意打ちには受け身を取れず、車内の何かでしこたま体を打った。
    「なんだよ、急に!」
     どうにか体勢を立て直して運転席を覗き込もうとしたが、青褪めた運転手より先にフロントガラスの向こうに騒めく無数の闇色の異形に目を奪われた。
    「なんで…」
     存在は知っている、この国の『軍』が本当は『何』と戦っているのかも。だがしかし、市井の生活をしている中では『それ』は現実味の薄い、どこかお伽話のようなものでしかなかったのだ。
     異形共は——異形と言っても実際は人間の大きさと形をしていて、ただひたすらその全身が真っ黒だった——わらわらと群れ集い車のボンネットに乗り上げ、フロントガラスに、運転席の窓ガラスにと張り付き、おそらくこじ開けるか破ろうとしているのだろう、バンバンと激しい殴打の振動に車体ごと揺らされる、生まれて初めての恐怖は尋常ではなかった。硬直したままの運転手は役に立ちそうにないし、自分だって軍服は着せつけられたくせに丸腰で、例え何かしら武器を持たされていたとしても、異形との戦い方など知らないが。
     そしてついに、人生最大の悪夢の瞬間は訪れた。
     ガチャガチャと嫌な音が後部座席の扉からも聞こえ始めた数瞬後、バキ!と明らかな金属音がして、生温い外気と共に真っ黒な何本もの腕が車内に侵入し、私の体を捉えた。
    「うわぁぁっ!」
     物凄い力で、車外に引き摺り出されたことくらいは判った。無数の手に身体中掴まれて、今の自分がどんな姿勢になっているのかすら判らないが。
     もしかして、このまま八裂きにでもされるのか?
     そう思った瞬間、まさに走馬灯が脳裏を過ぎった。田舎の両親、既に嫁いだ妹、そして…私が帝大に入ることで家を出ると決まった時、さんざん泣いてぐずった幼い弟。死ぬ前に弟にはもう一目会いたかった。年が離れていたから随分と可愛く感じていた。

     そこで一度は生を諦めかけた私を突然、眩しい光が掬い上げた。

     一陣の熱い風が、轟と吹き抜けた刹那、身体中を抑えつけていた全ての圧力が消えた。
     何が起こったのかまるで解らない。
     恐る恐る目を開くと、燦々と照りつける太陽を背にした、すらりと長身のシルエットが視界に飛び込んできた。
    「大丈夫かい?」
     柔らかく、少し高めの飄々とした声は、強く眩しい逆光の中でも優しく微笑んでいるのが解った。
     地面に腰を抜かしてへたり込んだままになっている私の目の前に差し出された白手袋に包まれた手は大きく、指が長くて美しかった。
    「怪我は無い?立てる?」
     声音に少し心配げな色が宿ったので、思わず頷いて手を取ると力強く引き上げられた。
     立ち上がって真っ直ぐ前を見て、そこで初めてその窮地を救ってくれたらしい人物の顔を知る。
     第一印象で惹きつけられたのは新緑の木漏れ日のように煌めくグリーンの瞳。端正な顔立ちに、日に透けるとオレンジ色に近くなる程の明るい髪。
     背格好は私と殆ど変わらないくらい、つまり背が高くて均整が取れている(自画自賛)
     私よりも着こなされた軍服のケープの下に見え隠れする階級章に、ああ、と察する。この人が、と。
     次の瞬間。穏やかな緑色だった瞳に剣呑な光が過ぎったと思う間もなく、強い力で腰から引き寄せられて彼の胸の中に匿われていた。私が思わず上げた「うわっ」という小さい悲鳴よりも、もっとけたたましい断末魔がたった今、己がいた位置から上がる。
    「乱暴にしてごめんね」
     あんなに鋭い瞳をしていたのにはんなりとした声音も口調も変わりない。だが右腕に私を抱き、左腕の剣は私が立っていた場所にいる黒い異形の中心部を刺し貫いていた。仕留められた異形は人型を失い、ボロボロと土塊のように崩れ、更に砂状になって風に散るように消えた。
     生まれて初めて見る光景に呆然と息を呑むしかない私と全く対照的に彼は顔色ひとつ変えない。それどころかむしろ少し弾むような声で私に向けた次の言葉は、
    「しばらく僕から離れないように頑張ってね?」
     というものだったので素直に肯く他にあるまい、この状況で。
     何故ならその言葉を発しながら彼は振り向きすらせずに背後に立った異形を今度は逆手に持ち替えた剣——まさに返す刀で退けていたのだから。
     こんな柔和な風貌で、鬼神か戦神か。
     ともかく今は甘んじて守ってもらうしかない、まだこんなとこで死ぬ訳にはいかないのだから。
    「切り抜けるよ」
     腕の中から私を解放した彼はニコリと笑って、今度はその手で私の手を繋ぎ直した。まるで子供の手を引くようにとても自然に。
    「運転手は先に逃げられたようだね、じゃあ奴等はやっぱり君がターゲットだと誤解してるんだ」
    「……ターゲット?……誤解?」
     自分自身の命の危機ですっかり失念していたが、数分前まで乗っていた黒塗りの高級車は後部座席の扉を完全に引き剥がされ地に落として無残な姿を晒していた。運転席扉は大きく開け放たれたままだが運転手の姿は見えない。私を置いて逃げたとしたら薄情な気もするが、化物共に喰われたなどと言われたら寝覚めが悪いので、逃げおおせてくれた方がましだと思い直す。それはそうと、ターゲットやら誤解とやらはなんぞや。
    「走るよぉ」
    「ええーっ⁉︎」
     のんびりした合図の割に強く引かれた手と、突然駆け出した彼の足が速いこと。しかし私もこう見えて頭でっかちなだけのガリ勉学生ではない、むしろ運動も得意な方だった。必死ではあるがそれなりに彼について走る。ちらりと後方のこちらに視線を流した彼が微笑んだように見えた。
     走り抜ける先にまるで雲蚊の群のようにしつこく湧き出てくる黒い異形を、彼は物ともせずに薙ぎ払い霧散させていく。淀み無く流れるような無駄の無い体捌き、剣技。
     士官学校首席卒業とか軍人一族だとかそういう範疇ではない、いっそ人間離れした特別な人間だ、彼は。
     "特別な配属先"の意味が今重くのしかかるが、反比例するように何故か胸が高揚していく。おかしい。私は超合理主義者の事なかれ主義だった筈なのだが。
     と。全速力で走っていた彼が突然立ち止まり、当然、慣性の法則で私は彼の背中にぶつかって強制的に止められたが悲鳴も文句も上げる隙は無かった。
    「二歩下がって!」
     彼の指示を疑う余地などなく瞬時に従って飛び退いた、その地面へ彼は思い切り剣を突き立てた。そこから呻き声が上がって、やがて消える。と同時に、もう黒い異形も湧いて出なくなった。
    「敵さんの現場指揮官がやっと撤退したね」
    「……はぁ、そぅ…っ…」
     ですか、と続けたくても声にならないくらい息切れしている。対して彼はあれだけ大乱闘したのに息も上がっていないし、朗らかな笑顔すら浮かべている。もはや楽しかったとすら言い出しかねない顔だ。
    「もうすぐ僕の隊の車が直接迎えに来るとは思うけど。あ、挨拶が遅くなったね。フクオカリバー少尉です。えっと、滝くん…だよね?」
     今更だけど、と彼は小声で照れ笑いする。それとコードネームだけど真名は敵国に知られたら厄介だから言えないんだ、ごめんね、君にもすぐ命名されると思うけど、とそこまで小声のまま続けられた。
     その間に少し息を整えた私はせめてもと直立の姿勢を取る。実は敬礼したくてもずっと彼に引かれていた腕が痺れて上がらない。それにきっとそんな些細な事を気にするような人物にはもう思えなかった。
    「……滝、上等兵、いえ、今朝付けで曹長を拝命しました。少尉の副官としての特例だとかで」
     殉職より特進するとか意味が解らないがと口の中でそっとぼやく。きっともう今までの平凡な、いや平凡じゃない、優秀な帝大生の己の人生はその三階級特進と引き替えに殺されたのだろう。直属の上官となる彼と出逢って数分でそう理解し、かつ納得もした。
    「で、ターゲットだの誤解だの、一体なんのことか訊く権利は私にありますか?」
     ほとんど虚勢を張りながら、命の恩人でもあるけど、もしかすると元凶でもあるかも知れない彼を睨むように見た。
     彼はキョトンとした後、ああ!と手を打った。
    「僕の新しい副官が今日来るよって、全く事実しか通達されてない筈なんだけどね、なんでか敵さんが勝手に重要機密レベルの重要人物がお忍びで来ると勘違いしたらしくて。出陣した動きがあったから、君が危ないと思って慌てて飛び出して来たんだよね、僕も」
    「はぁ?」
     飛び出して、来た、だと?
     小隊長が?少尉殿が?単独で?
     何故だ、なんだか嫌な予感しかしないぞ。
    「僕の出した希望がね、僕と同じくらい英語が出来る人材ってだけだったんだけどね。実戦経験とかは別にそこまで重要視しないで構わないよって。僕が、守ればいいだけだし」
    「守れば…」
     確かにしょっぱなからそうなったが、何か腑に落ちない。
    「まさか帝大生を無理くり引っこ抜いてくるとまでは思わなかった。ごめんね」
     上官のくせに小首を傾げて覗き込んでくるな、軽率に謝るな、絆されるから!と心の中で盛大に葛藤しているがとうに負けは悟っていた。何が「負け」なのかは判らないが。
    「もういいです。解りました。あとなんかむかつくので、本当に重要機密レベルの重要人物に将来なります。なるべく守っていただく頻度も減らせるようには努力します。今後、宜しくお願いします。少尉」
     彼でなかったらその場で手討ちにされてもおかしくない言い草だったろうが、もう私はこのくらい言ってもいいだろうと判断するくらい、彼を「好き」になっていた。おいおい、出逢って何分だ?
     呆気に取られたように私を見ていた彼だが、やがて木漏れ日色の瞳を輝かせて破顔した。
    「面白い人と知り合っちゃったなぁ!それに噂通りの、ううん、噂以上のハンサムさんだね!よろしくねハンサムさん!」
    「……否定はしません」
     両手を包むように握られてぶんぶんと上下に振られる。鬼神のように戦う姿と、子供のように無邪気な姿の落差に目眩がしそうだが、悪くない…そう、思い始めていた。
     ちなみに今後、彼のこの暴走癖に苦労させられることをこの時の私はまだ知らない。

    「……隊長〜〜っ!」
     遠くから、彼と私のお迎えであろうジープの巻き上げる砂埃と隊員である兵たちのやや情けない声が近付いて来ていて。
     それに向かって大きく手を振る少尉殿は、眩しい陽光に溶けそうだった。
     それが、私と、彼の、出逢い——





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