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    imu_0_sosaku

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    ミス晶♂
    Twitterにあげてた晶くんウィークリーのお題「猫みたい」の小説です。

    #ミス晶♂

    猫みたいなひと ″ミスラ″という魔法使いを端的に紹介するならなんという言葉を選ぶだろうか。
    『恐ろしい北の魔法使い』?『道理の通じぬけだもの』?

    いいえ。
    晶は首を横に振る。
    確かにミスラは時々ぎょっとするような行動に出たりする。
    けれどそれは、晶とミスラの道理が違うだけ。
    見えている道も、歩いている道も、全く違う別のモノ。
    けれど彼はおぼつかないながらも、晶が立ち止まれば振り返って待ってくれる。
    懐いたと思えば離れ、けれど見えなくなるほど遠くへは行かない。
    不思議で、奇妙に愛らしい。

     ″ミスラ″という魔法使いを端的に紹介するならなんという言葉を選ぶだろうか。
    そう、例えて言うならば…

    猫みたいなひと


     『あまりにも美しいヒトの貌』をこんなに間近で見る事になるなんて、
    ちらとも考えた事が無かった。
    もと居た世界にも美しい容貌の人は居たけれど、いづれも晶からは遠い存在として認識されていたというのに、こちらへ来てからというものそのような人達と共同生活などしている。
    そればかりかこの目の前の人物とはもはや同衾までしている。少し前の自分が聞いたら何を言っているのかと思われるだろう。
    いや、「異世界に召喚されて賢者やってます」の時点でどうかしているけれども。

     目の前で健やかな寝息をたてる美貌の男は恐ろしい北の魔法使い、ミスラ。
    ここしばらく魔法舎は忙しく、特にミスラは『約束』の事もあり、南の魔法使いの討伐任務に付き添ったりもしていて満足に眠れていなかった。
    少し薄れていた隈は、また濃く深く刻まれてしまった。
    任務帰りの晶にふらふらと近寄ってきたミスラの顔を見た時は、
    晶の方が慌ててしまった程だ。
    恰幅の良い猫が数日見ないうちに痩せこけているのを見かけたら、胸が張り裂けそうになるだろう。この時の晶はそんな気持ちだった。
    だからこそすぐさまミスラの手を引いて、彼の部屋まで誘導したのだ。
    この間ミスラは無言だった。そしてベッドに倒れるように…いや、倒れた時も無言だったし手を握る時も無言だった。
    それでも晶がおやすみを言えば、この妙に礼儀正しい北の魔法使いはもそもそと「おやすみなさい」を返す。
    もうほとんど言葉になってはいなかったけれど。

     そうしていつにない速さで眠りについたミスラの顔を、
    晶はぼんやりとした薄明りの中で見つめている。
    長いまつ毛が時々揺れて、夢を見ているのだろうかと考える。
    色濃く残る疲労と、それに比例するかのように漂う気怠い色気。
    こんなに深い隈を刻んで、それでもなお美しい。
    繋いでいない方の手を静かに伸ばして、常より近い距離にある頭を優しくなでる。

    「おやすみなさい、ミスラ。良い夢を」
    そう言って、晶も静かに目を閉じた。


     
     晶自身疲労が深かったのだろう、目覚めた時にはもう昼が近かった。
    一瞬飛び起きそうになって、前日で任務が一段落したので今日はまるまる休日にしようと先生達と言いあった事を思い出して再び枕に沈んだ。
    まるでその動きを見透かしていたように、力強い腕がタイミング良く晶の背中に回ってぎゅっと大きな体に包み込まれる。
    晶の頭に頬をすりつけるようにその体を丸めるミスラは、夢うつつといった雰囲気でぽやぽやと身じろいでいる。
    頑なな腕の中でうんうんと唸りつつ身をよじり、体制を整えて自分の腕をなんとかミスラの背の方に回し、きゅっと抱きしめて背中をぽんぽんと叩くと、安心したかのように身じろぎが収まった。
    恐らくミスラの中ではもう「起きてる」判定ではあろうが、寝起きのふわふわ状態でベッドに転がるのはとても贅沢な気分になるのだ。
    お腹は空腹を訴えているけれど、普段はふわふわしていても任務の為に(文字通り)叩き起こされる事もよくあるミスラともう少しこの贅沢を味わいたかった。
    けれども無慈悲な腹の虫は、「何か食べないと殺すぞ」と言わんばかりに鳴いている。
    主にミスラのお腹から。

     結局不承不承に体を起こしたミスラが呟くように呪文を唱え、あっという間に身支度を整えた2人は共だって食堂を目指した。
    果たしてキッチンにはすっきりした表情のネロが居て、「ぼんやりしてるな」とうっすら笑った。

     ネロは昼食の用意の為にキッチンに居たらしく、不満をあらわにするミスラの腹の音を聞きながら、二人分の食事を手早く作ってくれた。
    彼も彼で忙しく、近頃簡単な料理ばかりだったのでがっつり作れて楽しいらしい。なんなら歌でも歌いそうだ。
    そういえばと思いつき、南の兄弟は今日どうしているか知っているかとネロに訊ねると、横に居たミスラから「中央の市場に行くと言っていました」と返ってきた。
    ネロからは若い魔法使い達やフィガロも一緒という情報を得た。
    なるほど、ミスラが落ち着いているわけだ。心の中でひとりごちる。

     二人並んで料理を食べる。
    今食堂には晶とミスラしか居ないのだからわざわざ並ばなくてもと思われるかもしれないが、何を隠そうこのミスラさんは大抵の料理を鷲掴みで食べてしまう。
    そして汚れた手に無頓着なので、髪や服などに触れる前に拭かねばならない。
    汚れた手を拭われているミスラは、なぜかいつも手元をじぃっと眺めている。
    特に意識はしていないらしい。ただただ見つめている。
    そうして拭い終わった時にはそこに残る感覚を払うように小さく手を振った。
    こんな風に世話を焼く晶は、猫ばあさんの所の猫が足を泥だらけにして帰って来たのを綺麗にしてやった時の事を思い出している。



     食事が終わった後、食堂の前でこれからどうしようかと考えていた晶はぐいぐいと腕を引っ張られて顔を上げた。
    ほんの少し(本当に少し)、すっきりした顔のミスラが晶を中庭へ誘った。
    花と青い草の香りが風に運ばれてくる中庭の芝生に、そうする事が自然だというような滑らかさで転がったミスラは、突っ立ったままの晶を見上げて不思議そうな顔をした。
    なので晶も、転がるミスラの横に腰を下ろした。

    「眠いですか?お昼寝しますか?」
    晶の声に、ミスラは目を閉じたり開けたりしながら「今は良いです」と答える。
    今日は日も和らかく、程良い風が通り抜けるため木陰でなくとも過ごしやすい。
    絶好の昼寝日和だが、さっき起きてご飯を食べたばかりだからか晶は眠く無かった。
    手持無沙汰で芝生を撫でるように触れていた晶の手を、ミスラの大きな手が摑まえる。
    そのままミスラが自分の視界に入るように晶の手を引っ張ったので、晶は座ったままもう一歩ミスラに近づいた。
    何をするのかと様子を見ていたが、おもちゃを弄ぶように両手で握ったり指の一本一本をつまんでみたりしている。
    くすぐったいなぁと思いつつもしばらく好きなようにさせていたが、やがてふと思いつく。

    「もしかして、ミスラも暇ですか?」

     ミスラが視線だけを晶に向ける。
    その瞳が一瞬不穏な色を宿した事に気付いて、あっと思った時には思い切り引っ張られて体勢を崩していた。
    ミスラの身体に乗り上げるように倒れた晶の脇腹をミスラの手が無遠慮に掴んで、思わず晶は「ひゃあっ!」と悲鳴を上げた。

    「あはは」
    ミスラが笑う。上機嫌だ。

    「これ本当に内臓入ってるんですか?」
    笑顔でそう言いながら、さっき手を弄っていたように握ったりつまんだりするものだから、晶はくすぐったさに身をよじり笑った。
    時々ちょっと痛いくらいに掴まれれば痛いと訴え、その度にミスラは極端に力を弱めるので、その手つきに、晶はなんだか変な事を考えそうになって頭を振った。
    ほんのり熱くなった頬に気付かないフリをして立ち上がると、「散歩しませんか?」と今度は晶の方から誘ってみた。
    晶が差し出した手をじっと見つめた後、ミスラはその手を掴んで再び思い切り引っ張った。

    「どぅあっっ!」
    という情けない声と共に、今度はほぼ正面からミスラの身体を跨ぎ、抱きとめられる形になって今度こそ晶は赤面した。
    ミスラを見上げると、眠たげな瞳を細め、口元を緩めている。
    珍しい表情だ。なのによく知っているような奇妙な感覚で、ミスラの手が添えられた背中がじんわりと汗ばむ気がした。
    「あなた、すぐ赤くなりますね」

     晶の焦りをよそに、ミスラは晶の身体を抱えたままあっさりと立ち上がり、『だっこ』状態で歩き出そうとするので、慌てていやいやする子供のように抵抗してようやく地面に降ろされた。
    「散歩するんですよね」
    特に不満も漏らさずに、いつもの顔に戻ったミスラが晶を促す。
    返事を待たずに歩き出したミスラの後を付いて行きながら、晶は荒れた息を整え、襟元を緩めながら「あついな~」と小さく呟いた。



     特に目的地も無く歩く散歩は、ミスラにとっては退屈だったかもしれない。
    晶が頻繁に話しかけ、その度ミスラは「はぁ」だの「へぇ」だの気の無い返事をする。
    かといって勝手にどこかに行く事も無く、他愛ない、しょうもない話も一々相槌を打つ。
    基本的に本気で嫌なら何を言っても去っていってしまうので、きっとミスラなりに楽しんでいると思っておこう。
    そんなふうに思いながら、綺麗に花が咲いただとか、ここら辺に新顔の猫ちゃんが来るようになっただとか、都度立ち止まりつつ話している時に、不意にミスラの手が伸びてきて頬だの耳だのを掠めていく。
    最初こそ突然殴られるのかと身をすくめたが、ミスラの方はただ単純に「触りたい」と思った時に触っているだけらしい。
    どうして触りたいと思うのかなんて、晶にはさっぱり、ちっとも、そう、全く解らない。解らないけれども。妙に優しい手つきが心臓に悪いな。
    これはきっと、多分、通りがかりの猫が足にほんの一瞬すり寄って去っていくような、そんなようなものだ。
    あれはどういう行動なんだっけ。晶は深く考えない事にした。
    だってミスラは猫ではないのだ。



     結局2人は魔法舎をぐるっと一周するだけのツアーを終え、再び魔法舎に戻っていた。
    食堂の方へ行こうとするミスラの背中に、「晩ごはんの前にちょっとだけお仕事してきます」と声をかけ、晶は自室へ向かった。

     魔法舎の周りを歩いただけなのに、足が少し痛い。
    もしかしたら任務の疲れが抜けきっていなかったかもしれない。今日は絶対にゆっくり湯船に浸かろう。
    そう決意して自室の扉を開けると、ベッドにはミスラが転がっていた。
    もはや慣れてしまった光景ではあるが、食堂の方に向かっていたはずの人が自室のベッドで寝転がっているのを見ると、どうしても不思議な気持ちになる。
    我が物顔でくつろぐミスラは、肩から上だけを器用にもたげてこちらを見ていた。
    大きな猫が寝そべっているかのように。

    「食堂には行かなかったんですか?」
    答えの解りきった質問に、ミスラはどことなく不機嫌な雰囲気を漂わせてむっつりと押し黙っている。
    困った晶が首をかしげていると、ようやくぼそりと言葉を発した。

    「どうしてですか」

    晶は困り果てた。
    何に対しての「どうして」なのか。
    それを訊いてもミスラは不機嫌にじとっとした目で晶を見るだけだ。
    ぐるぐると頭を回転させて、晶なりに答えを出して答える。

    「ええと…昨日の任務の報告書、時間があって丁度いいからやってしまった方が明日が楽になるので…」
    ミスラは更に不機嫌になった。

    「そうですか。じゃあ、どうぞ」
    ごろりと晶に背を向けたミスラは、その広い背中一杯に不満を表している。

    「えぇ…と…」
    さっきまで機嫌良さそうにしていたと思うのに、どうして突然。と動揺しながらベッドに腰掛け、ミスラの顔を覗き込む。
    「ごめんなさい、ミスラ。俺が何か、気に障る事をしたんですよね。よければ理由を教えて貰えませんか?」
    ミスラの腕に触れて、丁寧にゆっくりと、言葉を紡ぐ。
    覗き込まれている事を理解しながら顔を見せないミスラは、くぐもった声で「今日はおやすみじゃないんですか」と言った。

    その瞬間、晶の胸の奥から強風が吹きつけるように大きな感情が押し寄せてきた。

     ミスラはもしかして、今日一日晶と一緒に居られるつもりだったのだろうか。
    なのに晶がミスラから離れて仕事をしようとしたものだから、だから不機嫌になったのだろうか。
    それはなんて、なんて…。

    愛しい、かわいいひとだろう。

     思わずにやけてしまった晶を見たらしいミスラは、むっ、と眉をしかめた。
    晶は再び覗き込み、「ごめんなさい、ごめんなさいミスラ。晩ごはんまで俺とお話してくれませんか?」と訊いた。
    ふて腐れた大きめの猫は、ちら、と晶の顔を横目に見て、深くため息を吐いた後に晶の方にごろりと体を向きなおした。
    動きに翻弄された白衣がくしゃくしゃになっている。

    「しょうがない人ですね」
    そんな事を言いながらも、ミスラの目は優しかった。



     またしばらく歓談した後、夕食時を知らせに来てくれたミチルと3人で食堂へ行った。
    昼のような朝食の時は閑散としていた食堂が、魔法使い達で賑わっている。
    先に席を取っていたルチルが3人を手招きしている。のったり歩くミスラの腕をミチルと2人で引っ張りつつ席に着いた。
    ルチルとミチル、そしてミチルの隣のリケが、代わる代わる今日の出来事を話す。
    止まる事を知らないかのように、矢継ぎ早に話しをする姿だけで楽しい1日だった事が判る。
    早口で喋っているのでミスラはもうほとんど何も聴こえていないようだ。
    3人の話に耳を傾けていると、「今度は賢者様のお話を聴かせてください」とミチルが促し、2人もそれに乗っかった。

     晶はふと、他の人に今日の話をするのはちょっぴり惜しいな、という気持ちになった。
    なんでもない、盛り上がりも何もない1日だったのに、そこには小さな輝きがあった。
    宝石の煌めきとは違う、子供が集めたガラスの破片や綺麗な石の寄せ集めみたいな輝き。
    それを胸の奥に閉じ込めておきたいような淡い独占欲だ。
    しかし、キラキラした目で見つめる3人を見て内緒にするのも申し訳ない。
    さてどこから話始めようかと考えていた。その時。

    「今日賢者様は俺とずっと2人きりでした。何をしていたかは内緒です」
    さっきまで牛のようにぼんやり咀嚼していたミスラが割り込んできてそう言った。
    えっ、と晶が驚く声と、リケとミチルの不満の声が重なる。
    2人の不満は晶を独り占めしていた事らしく、鬱陶し気なミスラに文句を言いつつ、「今度は僕達と遊びましょうね」と何度も念を押された。
    ルチルは2人を諫めつつ、「次の休みには4人で市場へ行きましょう」とちゃっかり安全圏からまとめてしまった。
    ミスラの方はどこ吹く風だ。「あなた達のような弱い魔法使いが、俺に隠し事出来ると思っているんですか」とふんぞり返る。
    晶は「それは案外出来そうだ。」と思った事と、「今日の日の思い出」を秘密にする事にした。



     食堂が込んでいた分お風呂の時間も被っているのではと思っていたが、意外にも空いていた。
    「賢者様独り占め事件」がよほど気に入らなかったらしいリケが一緒に入りましょうと誘ったため、今は晶とリケ、ちょっぴり恥ずかし気なミチルと楽し気なルチル。そしていつもの顔のミスラが居た。
    「ミスラは呼んでいないのに…」と素直な心を隠すことなく唇を尖らせるリケをなだめて、先に身体を洗おうと促す。
    しかしミスラが当たり前のようにそのまま浴槽へ向かうので、晶はその腕を掴んで「先に、身体を洗ってからにしましょう」といつもより強めに訴えかけた。
    これは譲れない。日本人だから。

     当のミスラはふぅん、という顔をした後、なぜかリケの方をちらっと見てから悪戯っ子の顔をして「じゃあ賢者様が洗ってください」などと言う。
    おののく晶と、ミスラの視線の先でぷんぷん怒りながら「それなら僕は賢者様を洗います!」と応戦するリケを見て微笑まし気に笑うルチル。
    唯一ミチルだけが少し離れた場所で「もう子供じゃないのに人に身体を洗ってもらうなんて…」と呟きながらもじもじしていた。



     結局、このままでは埒が明かないと思った晶が提案し、2人の髪だけは晶が洗ってやることになった。
    代わりに晶を洗ってやると言うのを固辞し、さっさと自分で身体と髪を洗って湯船に浸かった時にはいつもよりもぐったりしていた。
    疲れた顔の晶を見て流石に意固地になりすぎたと反省したらしいリケと、いつも通りのミスラも、温かい湯に浸かると細かい事は気にならなくなるらしい。
    その後は大きな諍いも無く、ほかほかの晶が自室へ向かおうとする。
    ところが階段にたどり着く前にミスラに腕を取られ、ルチル達とおやすみを言い交わすミスラの腕にズルズル引きずられて部屋の中へ拉致された。
    ミスラの傷はみなも知る所である為、リケもこれには文句を付けない。
    どう見ても強制連行されているのに。

     ミスラは晶をベッドへぽいっと投げると、晶が口を開く前にぱちんと指を鳴らす。
    そうすると濡れていた髪があっという間にふんわり乾いて、何か言おうとしていたのに何も言えず、ただぱくぱくと魚の様に口を開閉して終わった。

    「こっちの方が近いですよ」
    くしゃくしゃになるシーツを気にもせずベッドにもそもそ乗り上げて、さも当然のように手を差し出すミスラ。
    朝沢山寝たけれど、この普段から寝足りない魔法使いはもうだいぶふにゃふにゃしている。
    それをしばらくぼうっと見ていた晶は、とりあえずミスラが自主的に髪を乾かした事に感動した。
    慣れ。慣れである。

     ベッドに2人収まって、向き合って手を繋ぐ。
    今日は少しの疲れと、少しのドキドキ。そして言葉に出来ない小さな幸せが沢山あった。
    振り返ると本当に他愛ない物だというのに、不思議だ。
    まるで魔法みたいだ。
    さっき髪を乾かしてくれたみたいな。

     ミスラは恥ずかしくなってしまう程まっすぐに晶を見つめるが、晶がミスラの身体をぽんぽんと一定のリズムで優しく叩いていると、その瞳は緩やかに融けていく。
    ゆっくりと瞬きが増えていくのを見ると、安心しきってまどろむ猫のようだった。
    ついに目を閉じたミスラの頭を撫でる。
    催促するようにすり寄る姿に胸の奥がくすぐったくなる。
    こういう時、おもむろに撫でるのをやめると連動するかのようにミスラの目がぱちりと開く。 
    何も言っては来ないが、その眼は雄弁に「どうしてやめるんですか」と言っている。
    思わず晶は微笑む。
    きっとミスラにとってのこれは、猫の催促とは異なる道理だ。
    入眠の為の、もっと儀式的なもの。
    けれどあまりにも仕草が猫のようなので、笑顔になってしまうのは仕方ない。
    当のミスラはと言うと、儀式を急に取りやめて微笑む晶を困惑交じりに怪訝そうな目で見つめ、やがて自らの空いた手を晶に伸ばした。
    そうして賢者のやり残した仕事を片付けるかのように、晶の頭を撫でる。
    その手つきは″撫でる″というよりも″恐る恐る触る″と言うべきもので、晶の脳裏にはよちよちの子猫にこわごわ触れる、ノルウェージャン・フォレスト・キャットのふかふかの前足が浮かんでいた。
    晶の見つめる目線の先で一仕事終えた顔をした赤毛の猫は、なにか新しい発見をしたように瞬いて言った。

    「あなたの毛、なんだか犬みたいですね」 
    こらえ切れずに晶は笑った。
    ふふふと上機嫌に笑う晶を見開いた目で見つめるミスラは「変な人だな…」と呟いて、一つ息を吐くと再び瞼を伏せた。
    「おやすみなさい、ミスラ。良い夢を」
    温もったミスラの手をぎゅっと握り直し、晶も静かに目を閉じた。

     もしも今日夢を見るのならば、芝生で寝転がる夢が良いな。
    そして横に、ミスラも居る事を願った。
    明日目を覚ました時に、「夢の中でも一緒でしたよ」と言うために。

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