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    シリウス

    (低浮上中)
    創作/創作内輪ネタ

    友人宅のキャラクターさん含(掲載許可は頂いてます)


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    シリウス

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    たぶん、死んだんだと思う。
    家族か友人か恋人か――或いはその心か、おれには分からなかったけど。

     :
    自分にとって思い入れの強い作品です。よろしくお願いします

    ##SS

    爆弾 おれがその人と会ったのは、盆祭りの日だった。

     暮れの残照は田舎の山に映え、東からは温い夜がその色を侵食し始めている。
     ふもとの通りには、屋台が所狭しと並んでいた。客寄せに声を上げる店主、好き好きに見てまわる通行人。一帯は熱を帯びたように活気だっていて、適当に店を見てまわるつもりでいたおれも、気がそぞろだった。
     それでも、そんな気持ちは最初だけで、結局通りから抜けるのに三分と掛らなかった。花が萎むように、興奮は困惑に変わる。ふだん人との接触を避けている身が、人波をうまく泳げるわけがなかった。
     おれはのろのろと少し離れた外灯の近くにしゃがみ込み、今しがた抜けて来たほうを見る。ソケットの幻想染みた灯りが夕闇にぼんやりと浮き上がり、足元では幽霊みたいな影が通行人にじゃれついている。皆が皆楽しそうにしている中、自分の足だけは重たげだ。
     そうしている間も、人通りは増していく。その中には、こちらを見て時折顔をしかめる人もいた。たいてい珍奇なものを見る目つきか迷惑なものを見る目つきだ。そのたびに、心をかき抱くように自分の背中がどんどん丸くなっていくのがわかる。とうとう耐えきれなくなったおれは、俯きその場から逃げだした。

     そんな時だった。
    「うわっ」
     どん、と軽い衝撃に後退る。
    「えっあ、すっ、すみません……」
     咄嗟にどもり癖が出てしまって、耳が熱い。
    「こっちこそすみません」
     ぶつかった青年は金髪だった。今どき金髪にしている奴にろくなやつなんていない。そんな偏見だけで、たじろいでしまう。
     相手の目を見ることも上手いコミュニケーションを取ることもできず、おれは咄嗟にただ気持ち悪い笑みを浮かべた。こんなことしかできない自分が恥ずかしくて、早くどこかに行ってしまいたい。
     泳ぐ視線をよそに、「互いになにも持ってなくてよかった」とへらりとした声が耳を打った。
    「もう帰り?」
     それが自分にかけられた言葉と気付かず、しばしぽかんとする。その様子に彼が「いや、よくないこと聞いたんだったら謝るよ」と謝罪ものだから、おれは取り繕って首を横に振る。
    「い、いや……。あ、ええと……でも、」
     つっかえる言葉に自信を失い、おそるおそる青年を見た。彼の目はこちらに対する返答を待つ目だった。けど急かすような苛立ちも不審に思う訝しみもあるようには見られない。
    「その……正直、人混みに混じれなくて」
     彼は少し笑った。
    「あそこに入るのは少し大変かもな」
    「え、ええと、あ、あんたは、どうなんだ?」
     彼は肩を竦める。
    「俺は友人たちとはぐれて。というか、全員自由過ぎて収拾がつかなくなっちゃったんだよな」
    「そうか」
     友人という言葉に内心落胆してしまう。だが、彼ははぐれたという仲間らを探しに行く気がないように見えた。なによりも、その手ぶらな様子におれは首を傾げる。
    「携帯は?」
    「生憎持ってないんだ。珍しいだろ」
    「じゃあ財布は?」
    「財布も。特になにも買う予定がなかったから」
     カツアゲに不向きだろ、と冗談めかしくいうものだから、つられてつい笑う。
     このときになって初めてこの青年の顔をまともに見た。柔らかな金髪は生来のものらしく、薄暗さのなかでも白んであった。癖毛が人懐っこく跳ねているが、短髪との親和性が高く清潔感さえある。落ち着いた緑の目は少々つった形をしているが、顔の造形にも雰囲気にも気の強さは感じられない。どこにも行けない青年、そんな印象があった。
    「歳は?」
    「十九」
    「高二くらいかと思った……」
    「それ、髪切ったとたん、みんな言うんだよなあ」
    「ちなみにおれは二十歳」
    「お、じゃあひとつ上だ。敬語にする?」
    「いやいいよ。そのままで」
    「あはは、やった」
     それから特に理由もなく、しばし彼と歩く。もし友人らと合流してしまったら置いていかれるのだろうか。仲良くできるのだろうか。そんな不安もあったが、途中からすっかり忘れた。賑わいが落ち着いているほうの通りへ行き、彼と店を回る。気づくと、期待して諦めていたものをすっかり手にしていて、おれはずっと笑っていた。

     ギンという名の彼は、おれのどうしようもないコミュニケーションにも終始相槌を打ってくれた。下手な言葉選びに、時折困ったような顔で戸惑わせることもあったが、嫌な顔はしない。
    「なんか食いたいもんとかないか?」
     すっかり気を良くしていたおれは、財布に四千円入っているのを確認すると、らしくもなく胸を張る。
    「一つ二つなら気にしなくていいぞ」
     本心だった。だが、彼は少しの気遣いを目に宿していた。眼差しが優し気に細められる。輪郭は温かな灯りに撫でられ、左の首筋にある火傷痕をなぞりながら四方に淡く伸びた影の中心で佇んでいる。
     ああ、と思った。断られるとすぐわかった。それは金銭への気遣いではなく、好意を無下にし、おれへ水を差すことへの申し訳なさだった。急に身のほどを突き付けられたように、幻想が消えていく。おれはそれまであった己の無遠慮さを恥じた。
    「まあ、それより、あっほら、そろそろいこうぜ。もうすぐ花火の上がる時間だろ」
     なりを潜めていたどもりは、あっさりと戻ってきた。胸がつっかえる。おれは無様だった。

     打ち上げの対岸には、既に場所取りで人がひしめき合っていた。
    涼し気な河原にも屋台は並んで、その灯りがぼんやりと人影を映している。あちこちで固まった集団が一つの影となり、そんなのが三十も四十もあった。その光景を前に、今になっておれは足がすくみ躊躇した。反して、ギンは場所探しに堤防の上からあたりを見渡しているから、なんとなく焦る。
    「あ、あのさ。ここじゃない場所で見ないか」
    「ここじゃない場所?」
    「ええと、」
     口を噤みかけ、閃いた。
    「そう、団地の開けた場所を知ってるんだ」
     河原から抜け出し、緩やかな坂を昇り切って見た光景は、記憶と変わらなかった。そこかしらに植えられている桜は葉を茂らせ、その間からは下方の家々が覗く。そのまままっすぐ視線をやると、熱せられた屋台の灯りがぼんやりと闇の中に滲んで見えた。昔はよく、ここで家族と花火を見ていた。
    「へえ、いい場所知ってるんだな」
     屋台の灯りを頼りに、花火の上がる位置を確認しながら彼は感嘆の声を上げる。さっき見た顔の色は既にない。そのことに安堵しながら、おれはその横顔を盗み見る。
     ともに過ごす中、彼に聞いてみたいことが少しずつ湧いてきていた。なんでなにも買おうとしないんだとか。その火傷はどうしたんだとか。なんであんな顔したんだとか。
     ――本当は友人らとはぐれて少し安堵しているんじゃないか、とか。
     それでも聞いてはいけないことなんだとなんとなく察していた。彼は明確に一線を越えさせてはくれない。その困り顔で、おれは拒まれている。
    「しかし、やっぱり夏の風物詩といえば花火だな」
    「王道中の王道だ」
     笑う彼を横目に空を見上げれば、やけにはっきり見える星が三つ。多分夏の大三角だ。たしかどれかは白鳥座の星だったと思う。
    「そういえば『銀河鉄道の夜』の旅って、白鳥座から始まるんだっけ?」
     何気なく思い出して言えば、ギンは頷く。
    「だったと思うよ」
    「おれは文学に詳しくないから、wikiであらすじ漁ったんだけど」
    「横着だなあ」
    「汽車で旅するのは知ってたんだけどさ。行きつく先はさっぱりだったんだ。だからあれの最終駅ってどこなんだろうって気になって調べてたんだよ」
    「……ああ」
     彼が少し眼を細めたが、おれは特に気にせずその先を続ける。
    「あれって、結局ジョバンニはどこにも行けなかったんだな」
     どこにも行けない青年――。最初に彼へ抱いた印象を今になっておれは思い出した。そして小一時間付き合った今でも、それはあながち間違ってないんじゃないかと思う。
     ふと、静かになった彼が気になりそちらを見ようとしたとき。どこかで震える笛に似た高い音がしたと思ったら、
     向こうに大輪が咲いた。
     どおん、と時差で響く音はこれだけ離れていても肌から沁みてくる。一つ咲けば、あとは乱舞だった。花火師の紹介アナウンスとともに次々あがる花火は、閃光の花弁をもって刹那で咲き、中心から消えていく。赤青黄緑、すべからく花は開いて、かすかに煙る空のなかに消えていく。それでも眩しさはそこにあって、おれはそれを綺麗だと思わずにはいられない。
    「昔はあの音が、すこし怖かったんだ」
    「微笑ましい」
     小さく笑った彼に少しむっとしたが、別に馬鹿にされているわけではないことくらいわかっているから、反論はしない。
    「爆弾なんじゃないかって思ってさ。花火が綺麗なほどに怖く思えたんだ」
    「爆弾をみんなが喜んで見てるって?」
    「かもしれない」
     歳を重ね、いつしか音にも慣れ、いまはもうその風物詩を怖いとは思わなくなった。だから、幼い日の怖がっていた自分のことも詳細にはわからない。
    「まあ、実際花火だって火薬でできてるしな」
     声は軽やかなものだった。笑われると思っていたおれは、すこし呆気にとられてしまう。向こうでは、小さな花の爆弾が絶えず無邪気に爆ぜ始める。色彩豊かに咲くそれらが、夏だけのものだというのはすごく惜しい。
    「なんで花火は夏なんだろう。冬にもやればいいのに」
     ぽつんと零せば、ギンは言う。
    「送り火なんだよ」
    「送り火?」
    「死者への鎮魂の意味があるんだ」
     花火に向く横顔は一瞬の花に照らされ、静静とした瞳の中で花が咲いては散っていく。彼はゆっくりと瞬き、呟いた。
    「ただ綺麗。べつにそれだけでいいのにな、花火なんて」
     独り言染みた声は、遠方から響く音に紛れあっさり消えた。多分おれは変な顔をしていたんだろう。ギンはこちらを見ると、なんてことないように笑う。それがなんとなく落ち着かない。今度は先ほどよりもずっと大きいのが上がる。開いたそれに目がやられ、焼き付いた残光の花が瞼を閉じても視野を邪魔する。
     もどかしさに喉で言葉がもつれる。それでも、言葉が声になりたがった。
    「あんなに綺麗なんだ。ついでに雑念も感情も、ぜんぶ吹き飛ばしてくれたらいいのにな」
     まともな会話経験の少なさから、上手い言葉が出なかった。他意はない。
     ただ、破裂音にかき消されて救われる言葉だってあったっていいはずだ。爆風で消し飛ばしたい気持ちがあったっていい。たまには都合よく生きたって罰は当たらない。当たってたまるものか。だれも。彼も。
     おれさえ都合よく彼と勝手に親しくなった気でいた。明確な線引きをされ、やんわりと拒まれはした。それでも普段の鬱屈を遠退け、確かに呼吸のしやすい時間はあったのだ。
     わずかに息の潜む気配がした。その顔が気になっているのに、花が邪魔する。ようやく目が慣れてきたところで、遠くで魂が天へ昇っていく。まだ咲くな、と思った。それでも花の爆弾は咲く。はっとする美しさだった。微笑む彼はなにを思っているのだろう。

     おれはやっぱりなにも言えなかった。背に咲いた花の色が綺麗だったこと、首の火傷痕のこと、彼の人生のこと。
     遠くでまた一つ、音が鳴った。


    (2021/08/13)
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