0.下拵えに至る前「夏だ! 空だ! お料理だ!」
声を張り上げ電気の火花を散らして現れたのは一匹のコリンク。
「ヤヨイ、そこにカメラはないから早く晩ご飯つくって」
夜更に相応の落ち着いた声音で嗜めるのは一匹のゼニガメ。
ここはとある世界のとある海辺がほど近い場所、要は二匹が住む家の中。
ただいま午後七時三十分。朝からギルドの依頼をかっさらい、連戦連勝してくたびれたふたりの胃袋は限界を迎えていた。……黄色い瞳を爛々と輝かせているコリンクは、自分の胃袋が立てている情けない音などものともしていない様子だけれど。
上機嫌に前足でフライパンを操るヤヨイと呼ばれたコリンクは、苦言を呈した相棒を振り向きにこりと笑った。
「ちょっとくらい時間かけてもいいじゃん、晩ご飯当番の特権なんだからさー」
「いやもう三十分以上そこで謎の長台詞聞かされてるんだよ? 少なくとも今のところ晩ご飯つくってないよね??」
ゼニガメは呆れた様子でキッチンに視線を送るが、相手には届かないことを悟って切り株のテーブルに腕を投げ出しばたつかせる。
「もう、アカネは食いしん坊なんだから」
アカネと呼ばれたゼニガメのつっこみを華麗にスルーして、ヤヨイはやっと食材に手をつける。
「食いしん坊とかじゃなくてね! お昼のダンジョンで誰かさんがリンゴ食べ渋ったからお腹がもうぺこぺこなの!」
悲痛な彼の叫びは、ヤヨイがきのみを炒める音で掻き消されてしまった。
「果たして何ができるのか! 乞うご期待!!」
「一人芝居してないで早くつくって!!」