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    柿村こけら

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    柿村こけら

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    劇場版公開まで勝手にゆたまきカウントダウンするやつ〜事変前のゆたまき編〜

    #ゆたまき
    teakettle
    ##呪術

    夜明け前、通話、布団の中。 夕食を終えて軽く体を動かし、それから風呂に入ったところで時刻は日付を越える二時間ほど前だった。あくびを噛み殺しながらベッドに横たわった真希は、生乾きの髪のまま布団の中に身体を滑り込ませる。
    「んん……」
     日中に悠仁と組み手をしていたせいもあってか、かなり疲労が溜まっていた。交流会を終えてからこちら、真希の日課と言えば一年生たちとの訓練だ。昨年末の百鬼夜行で手痛い敗北を喫して以来トレーニングを続けてきた真希は、禪院家の邪魔さえなければ一級術師に名を連ねることができるほどの実力を手に入れている。その力を衰えさせないようにするために、同じく一級まで上り詰めることができそうな一年生たちとのトレーニングはこれ以上ない訓練になっていた。
     もちろん実戦という点で、どれだけ強くとも彼らは真希に及ばない。例えば野薔薇の「共鳴り」は釘さえ躱せれば真希に一撃を与えることはできないし、悠仁がいくら段違いの膂力を持っていたとしても立ち回りではまだ素人だ。それはかつて憂太が高専に入学してすぐの頃の動きに少しだけ似ている――流石に喧嘩慣れしている悠仁の方があの頃の憂太よりはマシだが。
     そんな風に実戦上等のトレーニングを繰り返して、真希の身体には心地良い疲労が蓄積していた。しかしこのまま朝まで熟睡してしまうわけにはいかない。夜中に用事があるからだ。もぞもぞとスマホに手を伸ばし、真希はアラームを設定する。時刻は午前三時半――夜中と言うべきか朝と言うべきか迷う時間帯だ。アラームをオンにしたことをしっかり確認し、真希は部屋の電気を消してベッドに潜り込む。眠気はすぐにやってきた。
     ほんの半年前、真希はがむしゃらに無茶な自主練を繰り返していた。高専の授業を終え、同級生との訓練の後、食事を適当に腹に詰め込んで森へ走る。呪骸にチャージしてもらった呪力が切れるまで、ぬいぐるみ相手にひたすら呪具を振るった。夏油との戦いでろくな抵抗もできずに敗北してしまった真希にできるのは、自らを鍛えることだけだった。家入に言われずとも本当は解っていた――無茶な特訓をしたところで、本当の力なんて得ることができないと。それでも眠ろうとするとあの日のことが頭をよぎって苦しいから、呪具を手に夜明けまで足掻き続けたのだ。
     あの頃は眠りたくても眠れなくて、仕方なしに明け方まで目を覚ましていた。それなのに今は充足していて、こうして二十二時過ぎに眠気がきちんと訪れてくれている。きっとアラームをかけなかったら三時半に目を覚ますことだってできないだろう。真希自身があの頃よりも力をつけたというのも大きいが、先日行われた交流会で双子の妹と一応の和解に成功した、というのも理由の一つだ。もちろん真依はまだ昔のように真希を追いかけてはくれないが、それでもあの態度に隠された本心を知ることは叶った。一方的に家を出たのは真希だし、あの家に帰ることがあるとすればぶっ壊しに行くときだろうと決めてはいるが、それでも真依の居場所を守るために何も自分だけが頑張る必要はない、と思えたのは悪いことではない。百鬼夜行に際しても仲間に頼ることは悪いことではないと理解していたはずだったのに、また忘れるところだったと自嘲する。
     野薔薇と買い物に行くように、いつか真依とも気軽に出かけられればいいのに――そう思いながら夢の中に落ちていった真希を、ささやかなベルの音が眠りから引き起こした。
    「ん、っ……」
     朝い眠りから目覚めて、真希は寝ぼけ眼を擦りながら枕元のスマホを捕まえる。振動しながらアラームの音を零している画面をタップして、彼女はぼうっと時刻を確認した。予定通りの三時半――夜だか朝だか解らなくなる時間帯。
     九月を過ぎても夏は終わらず、部屋には冷房をかけたままだ。冷えた部屋の中だからこそ布団の中が温くて心地いいと思いながら、真希はベッドサイドのランプを点ける。別に女子寮を使っている生徒なんて片手で数えるほどなので部屋の電気を点けたって誰も文句は言わないだろうが、まだ窓の外は暗いので念の為だ。ごそごそと布団の中で身体を動かして、真希はぼんやりとSNSのトレンド一覧を見遣る。時間潰しのために選ばれたのは今月発売のコンビニスイーツのまとめ記事で、そのうち五条が買い占めてくるだろうな、なんて考えた。
     栗やさつまいもを使ったパフェは自分も気になると思ったところで、スマホが軽やかな音を立てる。真希はすぐに通話ボタンをタップすると、画面接続をオンにした状態でコールに出た。
    『真希さん!』
    「おー、お疲れ」
     ディスプレイの中でぱあっと明るい笑顔が咲く。まるで飼い主に飛びつく犬のようだと思いながら、真希はベッドサイドにスマホを立てかけた。
    『ごめんね、夜遅くに』
    「夜っつぅか、もうすぐ朝みてーなもんだろ。オマエは仕事中なんだし気にすんな」
    『うん、ありがと真希さん』
    「そっち、今何時なんだ?」
    『えーっと……八時過ぎたくらいかな。今日はミゲルと野宿』
     憂太がスマホを傾けると、奥で火に当たっているミゲルの姿がちらりと見えた。仮にもかつて敵対した人間に背を向けて通話に興じていていいのかとも思ったが、並の術師では憂太に傷一つ与えられないのだから警戒なんて無意味なのだろう。里香はいなくなっても、彼には無尽蔵と言っても過言ではないほどの呪力が満ちている。その気になればミゲル一人くらい片手で殺すことだってできるはずだ――温厚な彼がそんなことをするとは思えないが。
     そんな彼から連絡がきたのは数日前のこと。ちょうど移動中に時間が取れそうだから久々に通話がしたいという旨のメッセージが送られてきたのだ。憂太が五条の指示でミゲルと共に海外へと旅立って以来、彼との連絡はもっぱらラインのやり取りだけだったが、たまに時間がありそうなときはこうしてビデオ通話を行っている。
    「悪ィな、棘たちいなくて」
    『ううん。任務だっていうなら仕方ないよ』
    「また時間取れそうだったら連絡してやってくれ」
    『そうするね。あ、そういえば交流会、どうだった?』
    「あー……」
     どうだった、と言われると返答に迷う。何せ今年の交流会は去年のように単純なものではなかったからだ。去年は里香の解呪前であったことが幸い(災い、とも言う)して東京校の圧勝で終わったが、今年はそもそもマトモな戦闘を行えたとも言いにくい。もちろん得るものはあったが、悠仁の暗殺に始まり特級呪霊の侵入など、とても交流会とは言えなかったからだ。
    「棘が三振したときはどうなることかと思ったけど、まあ悠仁がカッ飛ばしてくれたからなんとか勝てたな」
    『え、何? 三振? 三振??』
    「私も真依のことは完封できたし、まあ楽しかったよ」
    『待って!? 交流会の話だよね真希さん!?』
    「おう、交流会の話だよ」
     からからと笑う真希を見て、画面の向こうで憂太が頭上に?マークを浮かべている。あまりからかうのもかわいそうだと思ってネタバラシをしてやれば、彼は「え〜……」と残念そうな声を上げた。
    『僕も野球したかった……』
    「オマエできんの?」
    『……MAJORは読んでた』
    「他誌じゃねぇか」
     画面越しでなければ間違いなくどついていたなと思いながら、真希はもぞりと足を動かした。クーラーなくては熱中症の危機が迫るほどに暑いが、かと言って身体を冷やすのもよろしくない。きちんと肌に布団がかかるように体勢を整えて、困り眉のまま笑う憂太を見遣る。
     こうして見ても、やはり彼は特級術師に見えやしない。けれどその呪力の膨大さは、呪具なくして呪霊の見えない真希でも理解できるほど膨張してしまった。一度は四級に落ちながらも実力で特級に返り咲いた彼は、だからこそ今こうして国外任務に赴いているのだから。
    「交流会、本来は三年と二年が出られンだろ。だったら来年はオマエもちゃんと出ろよ」
    『また野球するかなぁ』
    「案外サッカー……いや、そもそも体動かすモンとは限らねえか。どうする? いきなりデュエル始まったら」
    『……有り得ないって言い切れないのが厄介だね』
     あれだけ学生たちに時間を与えようとする男のことだ。殺意の篭る一対一の戦いを選ばない可能性は大いにある。けれど今の真希は、案外そんなものでもいいのではないかとさえ思っていた。もちろん普段戦うことができない相手と手合わせをするのは悪くないが、仲を深めるのも決して悪いことではない。それこそ真依とだってもっと時間を取れるかもしれないのだから。
    『でも、そうだね。うん。僕もみんなと一緒に戦いたいし、来年を楽しみにしておくよ。一年生たちもすごくいい子なんでしょ?』
    「おう。恵も同級生が増えて連携上手くなったしな。オマエも帰ってきたら一通り手合わせしてやれよ」
    『そうする。……っと、そろそろご飯だから、切るね。時間取ってくれてありがとう真希さん』
    「いーよ。私もオマエの腑抜けた顔、久々に見たかったから」
    『腑抜け……もう、真希さんってば。じゃあまた連絡するね、狗巻くんとパンダくんにもよろしく』
     憂太の画面からパチ、と、薪の爆ぜる音がした。あちらの気温はどれくらいなのだろうか。ミゲルの故郷へ向かったとは聞いているが、具体的な場所は秘匿のためだとかで教えてもらってはいない。もちろん憂太の安全面に関しては一切の心配などしていないが、それでも彼とて人間だ。風邪を引くことも食あたりに合うこともある。こうして声を聞けるだけマシではあるけれど。
    「んじゃおやすみ、憂太」
    『おやすみなさい。あ、そうだ。真希さんまた髪ちゃんと乾かさないで寝たでしょ? 風邪引くからちゃんと乾かして寝なね』
    「オカンかよ。ハイハイ、解りました〜。んじゃな」
    『うん、またね』
     切るのが惜しいと思いながらも、真希はゆっくりとボタンをタップした。すぐ近くにあった顔が消えて、真っ暗なディスプレイに自分の顔が映り込む。憂太に言われた通り髪は適当に乾かしただけでベッドに入ったせいで、毛先がくしゃくしゃになっていた。
     目ざとい奴め、とこっそり吐き捨てる。けれどたった三十分の通話でそんなことに気付いてしまう彼がすぐ近くにいないのがひどく物寂しい。認められた気になるな、とは過去に自身へと投げかけた言葉だったけれど、それを反芻して真希はスマホを枕元に投げて布団を被る。
     四時を過ぎ、起床予定時刻まではあと二時間を切っている。棘もパンダもいないから、今日は一日中野薔薇たちとの訓練だ。寝不足のまま向かうわけにはいかないからとぎゅっと瞳を瞑る。
     瞼の裏に浮かぶ憂太の情けない微笑みを振り払うように、真希は布団の中で足を擦り合わせた。



    2021.12.22 柿村こけら
    劇場版公開まであと二日!
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    p_manxjugg

    MOURNING本当はこれも本にしたかった作品でした…。ただ書き続けるのが困難になってしまったのでこちらにて供養したいと思います。
    moratoriummoratorium

    (ブリテン共々落としてやろうと思ったのにな。)

    奈落に落ちゆく中でオベロン=ヴォーティガーンは思った。旅をしていく中で感じた違和感が確信に変わった時(そんな茶番終わらせてしまいたい)と思うほどに苦々しい思いをしたからだ。カルデアのマスター藤丸立香はごく普通の人間だ。特に秀でたところはなく、最初こそ注意深く見ていたが見れば見るほどに彼女が平凡な女性ということしか感想を持てなかった。だからこそだ、冒頭のようなことをオベロンは強く思ったのだ。彼女はもう自分一人の意思では止まれないところまで来てしまった。「ここで引くわけにはいかない」という『諦めることを諦めてしまった』、その事実に憤りを感じざるを得なかったのだ。自分はまだいい。「そうあれ」と望まれて生まれたのだから。だが、彼女はそうではない。あの時奈落で対峙した時の彼女の意思の強い目を思い出す。あれは決して正義としての意思の強さではなく、もう後がないことへの決意だったのだ。ならば最後に…夢に訪れた彼女はなんだったのか。虫たちと戯れていたあの姿は。オベロン自身が招いたつもりはなかった。ならば…。そこで思考を停止した。考えても仕方がない。今更考えたところでもう終わったのだ。彼らは見事奈落から脱出し遥か彼方へと旅立っていった。
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