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    柿村こけら

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    柿村こけら

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    劇場版公開まで勝手にゆたまきカウントダウンするやつ〜事変直後のゆたまき編〜

    #ゆたまき
    teakettle
    ##呪術

    丑三つ時、割れたガラス、空腹。 終わらない夜はないけれど、朝が必ずしも希望を運んでくれるとは限らない。
     憂太たちの搭乗した飛行機が成田に着いたのは日付が変わるギリギリだった。その頃には東京の都市機能はすっかり失われていて、あと一日でもいいから早く帰ってこなかったことをひどく悔やんだものだ。五条の命令とは言え半年近くもの時間を共に過ごしたミゲルはすっかり相棒同然の存在になっていて、彼は渋谷に向かうという憂太をひどく心配した。今から行ったところでどうにもならないだろうと言われたが、それでも憂太は焼け野原となった渋谷へ目指すことを決めた。
     一つは呪霊の大量発生。渋谷で放たれた大量の呪霊は既に23区をあらかた崩壊させ、放っておけば人の多い都市へと移動して行くに違いない。道中で少しでもそれを削っておきたかった。
     一つは状況の把握。現地に行かずに何を理解できるわけもない。棘からのメッセージは日本時間で二十二時を過ぎてから一つも届いておらず、真希やパンダとも連絡がつかない。五条が本当に身動きの取れない状況にいるというのなら、特級術師の一角である憂太が対処に当たらない理由はないのだ。まだ間に合うというのなら五条だって助けた方が戦力的にも助かるだろう。
     そして最後に――憂太の「大切な人たち」が渋谷にまだいる。同級生に、交流会で顔を合わせた京都校の学生たち。家入や夜蛾をはじめとした高専関係者。東京の都市機能がストップするほどの大災害だ、きっと彼らは大怪我どころでは済まないだろう。反転術式を使えるのは家入だけだし、その呪力だって限りがある。多少なれども反転術式を使える身としては、一人でも多くの仲間を助けたいと思うのは当然だ。
    「ッ……!」
     タクシーは当然走っていない。十一月の風が冷たく吹き付けてくる中、憂太はスマホの地図を片手に東京までの道を走る。呪力で強化を施しているためそのスピードは駅伝走者以上であるが、戦闘に入ることも考慮して温存はしながらアスファルトを踏み抜いた。千葉の道路は東京から避難してきた車で溢れていて、都内に近付けば近付くほど混雑は広がっていく。怪獣映画のワンシーンみたいだ、なんて思いながら憂太は人々の間を擦り抜けた。上層部はこの惨状を一体どう思っているのだろうか。いくら保身に走る大人たちと言えど、一般人が大勢被害に遭っている状況で静観しているということはないと祈りたい。
     江戸川を越えて都内に入ってから呪霊の数がとにかく増えた。川は呪術的にも大きな意味をもつものだ。だからこそだろうと考えながら、憂太は刀を抜いて道を駆ける。夜の帳は上がる準備を始めていて、も二時間もすれば日の出が拝める頃合いだ。抜き身の刀で襲いくる呪霊を一刀両断し、念の為付近の生存者を探す。しかし「リカ」のせいで呪力感知がザルな憂太でも解るほど、その場に呪霊以外の呪力は見当たらなかった。ここら一帯の人間はもう呪霊の餌食になってしまっている。
     間に合わなかった、と歯噛みしながら、憂太は足を止めずに渋谷へと走る。相変わらずスマホに連絡はなく、誰の生死も不明なままだった。
     人間が簡単に死ぬということを、憂太はよく知っている。車に轢かれただけで命を失うようなか弱い生き物が、呪霊の蔓延る街で生きていけるわけもない。例え四級だろうが、呪力が切れているところを襲われればそれでおしまいだ。渋谷で起きた戦いは特級呪霊がいた上に混戦だったと聞き及んでいるし、呪詛師たちもいたという。その上五条というジョーカーが封印された状況で、必ずしも全員が五体満足で生還できるとは限らない。
    「は、あっ……はあっ……!」
     走り通して上がった息を整える。あちこちで火の手が上がるビル群を見ながら、憂太は首都高から渋谷の街を見下ろした。破壊された車の転がる首都高にももちろん人影はなく、だからこそ道として使えたのだと思うと皮肉だった。
     渋谷駅だったものはとっくに壊滅している。
     暗い中でも解るほどその爪痕は激しい。田園都市線の向こうでは誰かが領域展開でもしたのか、ビルは跡形もなく消し飛んでただの更地になってしまっていた。十月の末、万聖節の前夜祭――その日に渋谷がどれだけ盛り上がるかはよく知っている。ただ娯楽のために訪れた一般人は、きっともう誰も残っていない。誰も救えなかったのは何も憂太の責任ではないけれど、それでも悔しくは思う。もし自分があと一日早く帰国できていたら――なんて、考えるだけ無駄だったが。
     汗を拭い、首都高を再び駆け出す。早く階下に向かいたいという気持ちを抑えながらも向かった先は渋谷料金所だ。そこから感じる僅かな呪力を頼りに車の残骸を避けて走れば、テントのような物が見えてきた。
    「誰かいますか!?」
    「……乙骨!」
     テントはどうやら救護用のものだったらしい。負傷者は入りきらず、テントの外まで並べられている。その中を駆け回る家入は顔を上げると、急いで憂太のもとへと駆け寄った。
    「帰国したのか。それにしても随分早かったな……事情は?」
    「五条先生が封印されたってところまでは狗巻君から。それ以外は全く……その、五条先生は、」
     憂太の問いかけに家入は首を横に振った。それからちらりと首都高の向こう、更地の広がる渋谷の街並みに視線を投げる。
    「民間人はほぼ死亡だろう。だが、術師ならまだ生きている可能性がある。どこに誰がいたかは不明だが、救出に当たってもらえるか?」
    「解りました」
    「九十九特級術師の仲間も捜索に当たってくれているらしい。そうだ、先に言っておくと伏黒とパンダは無事だ。あとは京都校の生徒と歌姫先輩もパンダと一緒に戻ってきている」
    「そうですか……! それなら良かったです」
    「……私は治療に戻る。誰か見つけたら、そのままお前が治療してやれ」
    「はい。行ってきます、家入先生」
     こくりと頷いて、憂太は来た道を引き返し首都高から飛び降りた。瓦礫まみれの渋谷の街を駆け、湧いてきた呪霊を斬り捨てる。「リカ」の力を引き出せばきっと怒りに任せて一帯を焼き払ってしまうだろうと思いながら周囲を確認した。雑居ビルの並ぶ通りは呪霊が暴れた影響か、どこもすっかりボロボロになってしまっている。呪力探知のためにもミゲルを無理に連れてくれば良かったと後悔しながら、ぎりぎり辿れる残穢を拾い上げた。恐らく特級呪霊の放った攻撃の残滓であろうそれは、地面やビルを焦がしながら辺り一面に広がっている。
     少し先に広がる更地を一瞥し、憂太はかろうじて形を残している駅へと踏み込む。テレビの中継画面でよく見る光景はすっかり破壊され尽くしていて、商業施設へと続く通路はガラスが全て割れてしまっていた。業火に焼き尽くされたのか、床には大きな焦げ目が残っている。この辺りにいた一般人はほとんど食われたか逃げたかしたらしく、人影はまるでない――いや。
    「ッ!!」
     黒く焦げ付いた焼け跡が盛り上がっている。慌てて駆け寄れば、全身に火傷を負った人間が二人、倒れていた。片方はもう息がないが、もう片方はまだ僅かに動いている――それが誰かなんて、例え全身が焼け爛れていたって解った。
     憂太に生きる自信を与えてくれた人。
     肩を並べて戦っていきたいと思った人。
    「――真希さん!!」
     考えるより先に反転術式を発動させる。恐らく炎系の術式をもつ呪霊に至近距離で炎を浴びせられたのだろう。腰まであった髪は焼け飛んで、最低限頭を守る程度の長さしか残っていない。呪霊と戦うために特注されている制服も焼け焦げて、上半身のほとんどが爛れてケロイドのようになってしまっていた。右目に関しては完全に潰れている。いくら憂太の反転術式でも治らないだろうと解るほどに。
    「真希さん、真希さんっ……!」
     怪我を負ったのが何時間前のことかも解らない。棘と連絡がついた時間から計算しても、とっくに五時間は経っている。普通の人間なら死亡しているというのに、驚くべきことに彼女の心臓は鼓動を刻んでいた。焼け爛れた肌が突き刺すような痛みを与えているにもかかわらず、胸は僅かであるが上下して酸素を取り込んでいる。
     天与呪縛のフィジカルギフテッド――常人より膂力だけでなく治癒力も高いからこそ、彼女はまだ生きている。なら憂太にできることは、その回復を扶けることだけだ。呪力量だけなら五条を凌ぐ彼は、その膨大な呪力を消費して真希の怪我を片っ端から治療していく。しかし折れた骨は治せても、火傷の痕は消えてくれない。こればかりは例え家入でも無理な話だ。
    「真希さん……!」
    「……あ、」
     呪力を注ぎ続けてどれだけの時間が経ったか、憂太も解らなくなった頃。必死の呼びかけにようやく真希が声を上げる。幸い口周りには大きな火傷を負っておらず、口を動かすことは可能なようだった。半分になってしまった視界に入ってくるのはぼんやりとした人影と、割れたガラスの奥から射し込んでくる光だけ。夜の帳はほとんど上がって、太陽が頭を出していた。
    「真希さん、真希さん……良かった……!」
    「……ゆー、た?」
    「うん!」
     ピントが合わなくても、自分の手を握る男が誰だかは理解できた。特級術師のくせして目にいっぱい涙を溜めて、バカみたいな――真希が望んでも持ち得ない――呪力を注ぎ込んで怪我を治す男。乙骨憂太はボロボロになった真希を抱き締めると、その背中に手を回した。荒れた肌を柔らかな呪力が滑っていく。
     出張任務に行っていたはずの彼がどうしてここに、と疑問が浮かぶが、それを塗り替えるように真希の脳裏に広がったのは最後に見た光景だった。視界を灼く炎は、一体自分をどれだけこの場に留めたのだろうか。仲間たちはどうなったのだろうか。憂太の肩越しに太陽の登ってきた渋谷を見れば、そこには一番避けたかった光景が広がっていた。
    「オイ、今何時だ」
    「…………もうすぐ、六時。僕も詳しいことはまだ聞いてないんだけど、とりあえず高専に戻るみたい」
    「他の奴らは……」
    「家入先生のところに運ばれてる。僕もさっき着いたばかりで、探し始めてすぐ真希さんを見つけたんだ」
    「……そうか」
     詳細を説明せずとも、真希はそれだけで全てを理解した。五条の奪還は叶わず、一般人はほとんどが死んだ。憂太の胸に頭を預けながら、すぐ近くで倒れる男を見る。祖父が息をしていないことなんて誰が見ても明らかだ。むしろこれだけの火傷を負っていながら自分が生きている方がおかしい。上半身が吹き飛ぶほどの炎圧で、直毘人の身体は骨が見えてしまっていた。
    「オマエ、これからどうするんだ」
    「とりあえず狗巻君を探すよ。でもその前に、真希さんを救護所に……」
    「いい。私より棘の方が、」
    「ううん。この辺りにだって呪霊はまだ残ってる。今襲われたら真希さん、戦えないでしょ」
    「でも……!」
    「五条先生がいなくなった今、少しでも戦力を欠けさせるわけにはいかない。真希さんは天与呪縛があるから、治療さえすればすぐ前線に戻れるでしょ? だったら、ここには置いていけないよ」
    「ッ……」
     ずるい言い方をしているという自覚はあった。今後に向けての安全確保だと言われれば、真希はそれ以上文句を言うことができないからだ。彼女の悔しさは解るけれど、今はそうも言っていられない。実際問題、戦力として禪院真希を欠けさせたくはなかったし、憂太個人としても彼女をこんなところに放っていくのは嫌だった。
     直毘人の遺体まで運んでいくのは無理があったので、ひとまず彼は崩落の危険がなさそうなところへと移動させる。後で誰かに運んでおくよう連絡をしなくてはと思いながら、憂太は真希の身体を背負った。反転術式で治療したとはいえ真希の身体はまだ後遺症ばかりで、立つことさえままならない。背中に触れる真希の肌は燃えるように熱く、熱が燻ったままなのが伝わってきた。
     瓦礫の山を飛び越えて、憂太は家入の待つ救護所へ向かって歩き始める。首に回された真希の腕に火傷の痕が残っているのを捉えてから、視線を地平線へと向けた。登ってきた太陽が照らすことで、街に残る破壊の爪痕がより鮮明に見えてくる。
    「……」
     現地で戦っていた真希は、メガネがなくとも見える光景を一瞥し腕に力を入れた。何も残らなかった街。こうも壊滅的では、そもそも戦いを通して何を守れたのかも解らない。
    「真希さん、お腹空いてない?」
    「は?」
    「僕、成田から直行してきてお腹ぺこぺこなんだ。後でさ、ちゃんとご飯食べよう。狗巻君とパンダ君と……残った人みんなでさ」
    「オマエなあ……」
    「腹が減ってはなんとやら、って言うでしょ。……ね?」
     本当は、とても食事ができるような状態ではない。けれど憂太の言葉はひどく嬉しかった。たった数時間の戦闘で疲弊した精神がゆっくりと回復していく。日常の切れ端を捕まえているような、そんな言葉のおかげで。
     戦わなくてはいけない。五条は囚われたままだし、犠牲者はきっと増え続ける。呪術師である以上武器を取り続ける必要があるから。
     けれど休息を蔑ろにするわけにはいかない――真希はそれを、身に染みて理解している。
    「……マック、デリバリーしてくれると思うか?」
    「ドライブスルーならいけるかもね」
     よいしょ、と真希を背負い直しながら憂太は告げる。誰がドライブするんだよ、と突っ込んで、真希は焼け爛れた体を押し付けるように憂太へ体重をかけた。



    2021.12.23 柿村こけら
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