開演5分前ーー
最後の衣装チェックを終えて、舞台袖で静かに時を待つ。
始まりを待つ観客たちの興奮と期待にまみれた無数のざわめきは、これから巻き起こる嵐の胎動のようだ。
釣られて荒ぶりそうな心臓を深く呼吸を繰り返して宥めていると、背中をバシッと強く叩かれた。
背後を睨めば、イメージカラーの赤い衣装を纏ったハナビが快活に笑っていた。
「なーに真面目な顔してんだよ。緊張してるのか?」
「そんなんじゃない。ただ…一度チームを抜けた俺がまたこのステージに立っていいのか…それだけが心配なんだ」
バシッ! さっきより強く背中を叩かれて、今度こそ前のめりにバランスを崩してたたらを踏む。
「痛いぞ!」
文句を言うために向き直ったハナビの顔からは笑顔が消えていた。この男には珍しく無表情。だからこそ、本気の感情を突きつけられたかのようで背筋が伸びた。
「シャラップ」
…確かにこれから本番だというのに意気を削ぐようなことを言うものでは無かった。
心の中で反省する。
何度も己の中で折り合いをつけてきたつもりだったが、目の前にせまった決戦につい心の弱い内を晒してしまった。
ライブステージに命を掛け、構成の段階からスタッフに混じって演出を組んでいたハナビからしてみれば、俺のこの優柔不断さは看過できないものに違いな…
「ごちゃごちゃ考えんな。全部空っぽにしろよ」
思考すら黙れと、ずいぶんな無茶を言う。
その通りにするのは俺にとっては大分難しいのに。
「出来ねえなら耳をかっぽじて聞け。そんで頭じゃなくてハートで感じろ」
何を、と問い返す前に開始2分前のアナウンスが流れた。
場内の照明がゆっくりと落とされていき、反比例して上がっていくボルテージ。
それは荒れ狂う大海原の中心、はたまた爆発寸前の火口とも疑うような轟き。
チーム名を叫ぶ声、各メンバーを呼ぶ声、その中に確かに己の名前があったーー
目を見開いた俺に、無表情の仮面をさっさと脱いだハナビはニヤリと好戦的に口角を上げる。
「オレたちも事務所もファンも、とっくにオーケー出してるだろーが。あとはここだけだ」
そう言ってハナビは俺の左胸、心臓部分を手の甲でトンッと叩いた。
背中の2発よりも軽かったそれが一番痛かった。
「お前って…」
「あん?」
「…ロックだな」
心底愉快そうに笑ったハナビに釣られて笑い返す。不安はまだあるが、頭はすっきりした。
俺の変な力みが取れたのを感じたからか、ハナビはひらひらと片手を降りながら、今度は隅で人の字を一生懸命書いて飲んでいるタイジュのもとへと向かう。同じように背中を叩いてやるつもりだろう。
改めて思う。仲間とは、本当にかけがえのないものなんだな。
俺は一体何を見ていたんだろうか。
思考が過去へ飛ぶ前に、タイミングよく俺たちを呼ぶ声がした。
チームリーダーがメンバー全員を手招きしている。緊張と興奮と、まっすぐな闘志をない交ぜにした顔つきだった。
小走りになって俺たちが集結すれば、するりと当たり前に俺の肩に腕を回した。
反対側にはタイジュ、もうその雰囲気に恐れてる様子はない、その隣にはナガラ、そして…次々と連結が連鎖し俺たちは輪になった。
開演前の気合いの円陣だ。
ぐっと俺の肩に回された腕に力を込められ、驚いて隣を横目で伺う。
シンは俺の方を見なかった。ただひたすら前を向いて厳かにメンバー全員の士気を鼓舞する。
「オレたちがチームシンカリオンだ。オレたちのこと、分からせてやろうぜ!!」
俺たちの雄叫びは場内の轟きにも負けず空気を震撼させた。
さあ、開戦だーー