私の前に何台も並んだモニター。その一つ、メインステージを映したものを私は息を殺して注視し続けた。
等間隔に一列で彼らは並んでいる。
今のうちに乾燥している唇を舐めて唾を飲み込んでおく。
呼吸どころか鼓動すら邪魔に感じる瞬間が間もなく来る。
左の人差し指は操作卓のレバーの上に添え、右のはデータを落としたパッドの再生ボタンの真上に固定し、彼らの呼吸を液晶ごしでも感じ取れるのではないかと言うくらいに私は集中する。
シン君が曲の紹介を始めた。
今回のライブのために用意された新曲。もちろんこれが初披露。
メンバーが全員揃った、彼らの新しい決意の歌だと私は思っている。
彼らのためにも絶対に失敗など出来ない。
まずはささやかに背後を彩るメロディを流す。
シン君がこの曲に対する想いを滔々と語りはじめた。リハーサルではありきたりの台詞で済まされていたのに、本番の空気と彼の熱い感情によって台詞は大きく進化している。
こうなってしまっては台本なんて意味はない。
でも大丈夫。焦る必要なんてないわ。
シン君の言葉と心に耳を傾ける。
支えてくれた仲間たちへの感謝、信じて待っていてくれたファンへの感謝、そして今ここに立てる幸せについて、彼らしい飾らない言葉で紡がれていく。
…そんなあなただから私たちはあなたを信じたし、彼も戻ってこれたの。
ああ、タイジュ君、泣くのはまだ早いわ。
私はゆっくりとBGMのレバーを下げる。
歌い出しのタイミングで次をオンにしなければ。
下げるレバーと上げるレバーを何度も確認する。
いくら技術が発展してもその場の呼吸に合わせなければ、完璧なステージは完成しえない。
耳が痛くなるほどの無音、呼吸も鼓動も消え去った先、モニター越しでシン君と目があった。
今!
脳の命令が電流となって私の指先を動かす。コンマの狂いも許さなった。
私の操作で会場に魔法が掛かる。
静かに優しく始まる旋律に合わせて、彼らはマイクを口許に当てて一斉に息を深く吸い込んだのが、私のヘッドホンにまでしっかり届いた。
私は油断なく卓上のレバーから手を離さない。
順調に流れていく様子にやっと詰めていた息を少しだけ自由にした。
正面スクリーンに星一つ流れたのはその時だった。
暗闇の中、輝きを振り撒きながら彼方へと疾走していく星。尾をひくように散らばりながら燃え尽きていく星屑が、火花のようにキラキラと彼らに降り注いでいるように見えた。
映像班が力作だと豪語していたけども、確かにこれは心が奪われる出来映えだ。
流れ星は一つ増え、二つ増え、彼ら一人一人の色を纏ったそれらはやがて合わさり、一つの銀河になっていく。その渦に五感が巻き込まれていく。そんな錯覚に酔いしれた。
そして思う。その星たちは紛れもなく彼らだと。
私は彼らが『好き』だと。
両手でマイクを持って一生懸命歌うナガラ君。
さしのべるように手を掲げて遠くまで見据えるヤマカサ君。
その横で誰よりも負けない笑顔を湛えたギンガ君。
何度もリハーサルで繰り返し聞いてるのに、いつも泣きそうな気持ちになるのは何故なのかしら。
タイジュ君の優しい声が深く広がる。
ハナビ君の伸びやかな声がそれに合わさった。
音楽が終盤に差し掛かり更なる盛り上がりを見せる。
シン君が拳を突き上げて声と心を張り上げて、その隣のアブト君の声が完璧に合わさる…のだけれども、リハーサルよりも僅かに震えてる?
…きっと彼も私と同じ気持ちなのね。
彼の中にある大きな感情、それをもっと引き出してあげたい。
きっとそれは私たちの力にもなるから。
私は音量の摘まみを僅かに調節した。気づかれないように、だけど明らかに。
その僅かな波をシマカゼ君の深い声音がおおらかに包んでくれて不思議なハーモニーとなっていく。
会場中の感嘆のため息と静かに頬を伝う涙の音が聞こえてくるようだった。
ステージを見ている皆さん、私の位置からは見えないけども、皆さんの涙の音が聞こえてくるわ。
空間が『好き』に満たされていく。
最後のワンフレーズまで歌い終えた彼らは、中央のシン君、アブト君を囲むように集まった。
私は余韻を残しながら滑らかにフェードアウトさせた…その途端に降り注ぐ温かい拍手の大雨。
目の端に滲んだ涙をそのままに、私は次の準備をする。
感動している暇などない。彼らの輝きを後押しするための次を選択して押す。
引き継いだのは明るい未来を示唆するようなアップ・テンポのメロディ。そのままバックグランドミュージシャンの紹介に入った。
「オン・ギター、細川アツターー!」
ハナビ君の紹介に合わせて彼のギターテクニックが披露され、会場はまたもや盛り上がりを見せた。
次々に紹介されていく中で私は急いで次の予定を確認する。何度もリハーサルして頭の中には完璧に入っているつもりでも欠かせられない。
あと数曲のうちに挨拶、そして締めの一曲。そのあとアンコールと続くから…あれ、タイジュ君、どうしてバックステージに? 何かトラブル? ハナビ君も?
紹介者はいつの間にかシン君に変わっていた。
「そして、オレたちに無くてはならないチームの一員! オン・マニピュレーター、月野メーテル!」
えええ、そんな、私はバックにいるつもりだったのに
「行きましょう、メーテルさん」
「エスコートするぜ!」
会場から流れ込まれる私に向けての大きな周波数に押し流されそうになったけれども、チームの一員だなんて言われたら私も引き下がるわけにはいかない。
小さな私でも彼らの一員であることの誇りを胸に、彼らと並ぶため、キラキラの向こう側に私も一歩踏み出した。