船は帆任せできずとも「おいおい。どういう風の吹きまわしだ?」
「へへっ、おやっさん。今の時代、男だって弁当くらい作れなきゃ」
そう得意そうに鼻の下をかいた細川は、作業着と良く似た色合いの弁当袋を得意そうに掲げて見せた。
時計の両針が12時間ぶりに集合し、時に縛られ過ぎてる現代人たちが各々の道具を下ろして昼飯に立ち上がる。自分も例に漏れず、曲げていた腰を伸ばしてとんとんと叩いた。
いつものごとく飯に誘おうと振り向けば、目をかけている若い作業員は「俺、今日は弁当持参してるんで」と胸を張って先んじて言ってきた。
あまりにも得意そうな様子だったので、
「誰に作ってもらったんだ?」
とすかさず冷やかせば、
「自分で作ったっす」
と堂々と返ってきた。
いつもは自分と同じく社食か外食だというのに。それで冒頭のやり取りになったわけだが。
そういえば、もう新人とは違うのに、最近やたら指に絆創膏を巻いてるのを不思議に思ってたんだ。これは暫く前から計画して準備してたな。
社食だろうと持ち込みだろうと食べる場所は専ら職員向けの食堂だ。並んで歩を進めながら、一体どんな心境の変化があったのかと興味半分に問いただそうとしたら…通過したオペレーションルームをあからさまに気にしている。そこからも間もなく昼休憩を取るために人の群れが出てくることだろう。
なるほど。
気を利かせて足を止めてやれば、追従して止めた。
俺の生暖かい視線に気づいたのか、目線を上方へ反らしている。正直なやつめ。
「あら、どうしたんです?こんな所で立ち止まって」
「お、大石さん…!」
そうこうしてたら、お目当の相手が向こうから声をかけてくれたらしい。
「細川くんもお弁当なのね。私は天気が良いから外で食べようとしてるんだけど」
「い、一緒してもいいすか?」
「ええ、もちろん」
なんて都合の良い流れ。手作り弁当をアピールするチャンスだ。
グッドラック!
小さく親指を立て、若い二人を応援するつもりでそっと自然に離れようとしたら
「大石さん、お待たせしました」
「待ってたわ。タイジュくん」
おや。風向きが…
「細川さんも一緒なんですね」
「た、タイジュ君。その手に持ってるお重は」
「自分が作ったお弁当です。良かったら細川さんもどうですか?沢山作ったんで。お口に合えば良いんですけど」
「聞いて細川くん。タイジュ君てお料理がとっても上手なの。あ、この間教えてもらったレシピ、スッゴク美味しかったわ。また良かったら教えて」
「喜んでもらえて良かったです。自分、じぃちゃんと二人で山暮らしだったから色々やってて…。あの大石さん、この前貸してもらった本、今日お返ししてもいいですか?」
「もう読んでくれたの?」
「はい!とても面白くてすぐに読んでしまいました。特にあの…」
……グッドラック!
勝負する前から何かに色々負けている部下に向けて、今度は隠すことなく大きく親指を立てる。
それに気づいた彼は、肩を大きく落とし半泣きになりながらも親指を立てて返した。
俺は背を向けて立ち去りながら…悪いが愉快でたまらなかった。
まぁ、がんばれ。
岸の遠い沖合いで、手漕ぎで船を進めなくてはならなくとも、諦めずに帆を張り続ければいつかは風が目的地まで連れてってくれるさ。