気付くんじゃなかった ふざけて露伴にキスをした。そしたら、すげー驚いた顔をして目ぇパチパチ瞬きさせて、そんで急に悲しい顔になる。
「……ぼくのファーストキス、お前なのか」
「へ!?」
俺だけじゃなくて、その場にいた康一も由花子も億泰も目ん玉まるめて言葉を失う。
「まあ、こんなもんなのかもしれないな」
弱々しくそう言って俯いた露伴は、それまでバカみたいに喋ってたのに途端に黙り込んだ。
「え、マジで」
「仗助くん……」
確かに、あんまり趣味は良くなかったと思う。けど、飲みの席だっつーのに延々と俺に嫌味ばっかり言ってくるのがムカついて、どうにか黙らせたかった。キスでもしたらびっくりして静かになるだろ。そんくらい軽い気持ちで、まあ酒も入ってるし平気だろってこう、ちゅってやったんだが。
「おい仗助、謝ったほうがいいんじゃねーの?」
「そうよ。なんで急にキスなんて、私なら康一くん以外の男にされたら殺すわよ」
完全に他の奴らも露伴の味方だ。いや、そりゃそうだ。でも、あの岸辺露伴がキスしたことないなんて思わねーよ! 悪かったなとは思うが、もう事故みたいなもんじゃねーの?
いや、俺が起こした事故だけどよ……。
「悪ぃ、露伴」
「いいさ、どうせ君は酒の席でふざけたつもりなんだろ。成人したくらいの飲み慣れてない奴らに特有のノリさ。酒が入ったらこんなことも起きるだろっていうね。それに従ったお前を責める気はないさ。たまたまぼくに経験がなかったってだけなんだから」
いや、めちゃくちゃ責めてるじゃねーかよ! そうは思ったが口にしたら袋叩き決定だ。結局、キスくらいじゃ黙らなかったなこいつ。
「それより、さっきの康一くんの話の続きが聞きたい」
「そうね、私も」
「いやぁ大したオチもないですよ?」
「いいじゃねぇか、しろよ」
そこからは、まあ割と普通の雰囲気に戻って露伴も俺にあれこれ言わなくなった。まあ、完全に空気扱いされたっつーのが正確な表現だが……悪いことしたのは俺だからしょうがない。
ひたすら大人しく空気に徹して時間を過ごした。
そんなことがあってしばらくした頃、俺は大学の帰りにたまたま露伴と顔を合わせた。道でばったりって感じで。いつもなら適当に挨拶しておしまいなんだが、俺にはあの時キスしちまったなーという負い目があったんで話しかけた。
「あー、こないだはすいませんでした」
「こないだ?」
「飲み会でキスしちまって」
「ああ〜……」
そこで露伴は急に笑い出した。やっぱこいつヤバい奴なんだ。話しかけなきゃ良かった。でもなあ。そう思ってたら、笑いすぎて涙を浮かべた露伴が俺の肩に手を置いた。
「嘘だよ」
「は?」
「お前がファーストキスだなんて嘘。どうだった、悪者になった気分は。それとも、ぼくのファーストキスの相手になれて嬉しかったか?」
「はああああ!?」
俺がデカい声を出すと、またゲラゲラ露伴が笑う。
「ははは! まさか二度も笑わせてくれるなんてな! 最高だよ、東方仗助!」
「くっそ、なんだよ!」
「いやいや、元はといえばお前がキスなんてしたのが悪いんだからな」
「ぐぅ……っ!」
露伴はそのままニヤニヤした顔で、俺を眺めた後で「じゃあな」と行っちまった。
なんだよ、いや……初めてじゃなかったから良かったのか。とりあえずあんだけ笑われたならもうチャラだろ。クソ、やられたぜ。
初めてじゃなかったのか。
「ん?」
今、なんか違和感があった。あれが露伴のファーストキスじゃなかったことに。もやもやする。俺じゃなかったのか、初めてのキス。
「あれ」
少しだけ、引っかかる。なんだこの感じ。悲しいじゃない、ムカつくでもない。
「悔しい……」
してやられたのとは別に、初めてじゃなかったのが悔しい。これは、なんだ。
引っかかる、だがどうしてなのかはわからない。まあ、考えても無駄だ。こんな日は、さっさと風呂に入ってサッパリしちまおう。そうすりゃ、犬に噛まれたもんだって流せるはずだ。
そうやって決めて早風呂を決めた俺は、湯船の中で「悔しい」の正体に気が付いて頭を抱えるのである。