気がかりライナのいちにち 最近のクリスタリウムでは、百年語り継がれた水晶公七不思議に、新たな噂が集まっているらしい。
「最近は工芸館でも暇さえあればその話さ」
街の顔役たちが集まるセツルメント定例会議の終わり、皆が少しばかり背筋を緩めて植物園新作のお茶を飲む頃。ライナに話を振ってきたのはミーン工芸館のカットリスだった。
「ま、別に心配する様なことではないだろうけどね。何か悩み事ならあたしたちが手を貸すって伝えておいておくれよ」
「__という訳なんです」
「ラ、……公の七不思議……」
ところかわってエクセドラ大門の階段下。ライナは一人のドワーフ族と語らっていた。彼女の腰掛ける数段上に座った青年__ともすれば愛らしい少女にも見えるが、紛れもない救国の英雄である__は緋の滲む大きな瞳をきょとりとひとつ瞬きして返した。
「目撃した市民の話では、天気占いのピクシーに怒られて耳まで落ち込んでいたとか」
「えっ」
「夜な夜なアマロに跨っていたとか」
「な、なんで……?」
言葉にすればするほど謎の深まる奇行である。
ライナとて街長の怪しい噂を誰彼構わず広めるつもりは毛頭ないが、彼に対して、こと水晶公に関する話題に隠し立ては不要だと判断していた。
「私もさっぱり分からなくて……。昨夜なんて、あの公が深慮の間を自ら掃除してたんです……! 鼻歌まで歌って!」
あの公がですよ! なんてつい力が入ってしまうのも仕方がないほど深慮の間は常、なかなかに壮絶な有様である。ちなみに闇の戦士一行には、一部の熱い同意者を含め、周知の事実であった。
こうして、言ってしまえば他愛ないような話題も気兼ねなく話せることは、ライナの胸を温める。しかしやはり答えは出ず、ヴィースとドワーフの友たちは二人揃って首を傾げていた。
「すまない! またせただろうか」
ガタン、巨大扉の開閉音がすると程なくしてパタパタと階段を駆け降りてきたのは渦中の人物、水晶公であった。
ライナと一緒にウンウンと悩んでいた青年はその表情をパッと明るくして迎え入れる。
「公~! ううん、お仕事お疲れ様」
「あぁ、ライナと一緒だったのだな。2人でどんな話をしていたんだ?」
愛する孫と大切な英雄、その組み合わせにいつにも増して微笑む水晶公に、ライナもまた眉尻を下げた。自分たちに向けてくれる慈愛の心も、やはりいつもと変わらない。
「秘密です。それより公、これからお出かけですか?」
「え? あ、あぁ、えぇと」
「ピクニックだよ! イル・メグに遊びに行くんだ」
はにかむ水晶公の前にトンっと飛び出した青年が喜色を込めて答える。視界に入った耳はぴるぴると揺れて言葉の代わりに彼の歓喜を伝えていた。
__ピクニック……イル・メグ……そうか、もしかして。
「ところで公、本日のリダ・ラーンの天候は?」
「ん? あぁ、晴天も晴天、明日の夜まで透き通った空が見えるだろう!」
予想通り……というか、予想を超える楽しげな報告にライナは「やっぱり」と小さく笑った。
「ふふ、良かったですね。ではお気をつけて」
「ラハの体調優先だからね? 今夜には戻るよ?」
「わ、わかっているとも! ではライナ、留守を頼んだよ」
「はい。いってらっしゃい」
揃いの髪色をした2人が広場を駆けていく。
水晶公不在の間、留守は完璧に守ってみせようと、ライナはその決意を込めて敬礼をする。
(新しい七不思議も今日で解決ですね)
先程の会話、そして水晶公の様子で、ぱっとライナの中にある点と点が繋がったのだ。
(天気占い、アマロ、そして掃除に歌とは……)
そう。分かってみれば簡単なことだった。
大方、闇の戦士との行楽が楽しみで、何度も天候を確認したのだろう。それこそお喋り好きのピクシーに怒られてしまうほどに。
そして並び立って飛べるようにと、久方ぶりにアマロ騎乗の練習をして。あまつさえ翌日の楽しみが待ちきれない子どものように、そわそわと部屋を片し、幸福を歌っていたのだろう。
(……公)
ライナは蒼天に透き通るクリスタルタワーを見上げる。
(今という時を、めいいっぱい謳歌してくださいね。あなたの余暇も、微笑ましい噂話も、何よりも私が守っていきたいものなのですから)
空には二対のアマロが悠々と往く。
「いってらっしゃい! おじいちゃん」
ノルヴラントは歓びの快晴。
のどやかな風と共に、今日も誰かの幸福を運んでいる。