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    岩海苔

    @iwanori333

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    岩海苔

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    こちら2021年9月12日に発行されたウツハン♂アンソロジー「情火を映し恋ぞつもる」に寄稿させて頂いた小説になります。
    今見ると色々拙い……ヒィ…

    春の訪れ 轟音を立てて淵源雷神龍の巨体が沈む、あれ程苦戦を強いられていたにも関わらず、終わりはあっけないものだった。
    カムラの里の猛き炎ことハヤテは、この時をもってして英雄となり果てた。
      討伐が終わったというのに彼は未だ高揚感が抜けずにいる、それどころか武者震いも止まらず、本能に突き動かされるまま天に向かって吼えた。それはまさしく勝利の咆哮、ハヤテに感化されたオトモ達もそれに続いて吠えていた。
     ひとしきり声を上げれば落ち着いたらしい、大きく深呼吸すれば地に伏した雷神龍の素材を剥ぎ取り始める。
    ふとそこで、来るときには付けていた狐面がないことにハヤテは気付いた。はて何処へ落したのやら、きょろきょろと辺りを見渡していればガルクに背中を小突かれる。どうしたのかとその方を見れば、口に狐面を咥えているではないか。
    さすがは相棒だ、そう思いつついい子だと撫でまわしてから面を受け取る。けれど困ったことに幾度となく受けた雷撃のせいで紐が焼き切れていた、これではつけることができない、どうしたものか...とハヤテが悩んでいれば、討伐した雷神龍が視界に入る。
     そうだ、己はもう里の英雄になったのだ、ならば誰が拒むというのか。すでに里の人間が皆優しいことは知っている、見せたことは無いが、目の色が普通と違う事も受け入れられている。
    けれど、いざ実物を見せたら拒まれてしまうのではと、心のどこかで思っていたのだろう、ハヤテはなかなかこの面を取れずにいた。だが今日は違う、英雄になったという事実が素顔を見せることを後押しした。
     そうと決まれば気に変わらないうちに行動するのみ、オトモ達の準備が整えば拠点のキャンプへと翔ける。荷物をまとめその中に面を押し込む、大丈夫だ、拒まれるなんてことは起きない、そう己を鼓舞しつつ、帰る前に軽い手当もしておこうと回復薬を取り出した。
    ハヤテは二日近く死闘を繰り広げていたのだ、当然無傷という訳にもいかない、気付けば体のあちこちに痛みを感じていた。残っていた回復薬を飲めば傷にも掛ける、傷に沁みて思わず顔を歪ませたが耐えられなくはなかった。手早く包帯も巻けば気休め程度の処置が終わる、詳しい診察は里で待つゼンチに頼むこととした。
    その方が賢明だろう。
     こうして帰り支度を整えれば、帰還と勝利の知らせである狼煙を焚く。これで里にハヤテの帰還が通達される手はずになっていた、皆どのような顔をして迎えてくれるのか、そわそわと今から落ち着きを無くしながら竜宮砦跡を離れた。


      船着場から里への道を歩む、いざその時が近づけばハヤテはこれ以上ないほど緊張していた。もしかすると決戦の時より緊張しているかもしれない、だがここまで来てしまえば後戻りはできないだろう、こうしている間にも彼の帰りを待つ者達の姿が見えてきていた。
      里と外を繋ぐ門、そこにハヤテの姿が現れれば皆歓声を上げた。お帰り、よくやった、英雄の帰還だなどと褒め称えていたが、一人、また一人と気づいてゆく、片時も外そうとしなかった狐面をハヤテが付けていないことに。
    「ハヤテ...お前、面はどうした」
      真っ先に声をかけたのは里長のフゲン、普段は何もかも豪快に笑い飛ばす彼も、この時ばかりは驚きを隠せずにいた。
    「あー...その、紐が焼き切れて付けれなくて...でも、いい機会だからこのまま戻りました。今日で晴れて里の英雄になった訳だし、そんな俺を拒む人なんてこの里にはいないでしょう」
     ようやく面を取る決心が付きましたと少し照れ臭そうにハヤテが言えば、驚いていたフゲンの表情が綻んだ。
    「......そうか、そうか漸くか待ちくたびれたぞ」
     声に喜びを滲ませつつ頭を撫でてやろうとすれば、それより先に一つの影がハヤテを掻き抱いた、ハヤテを愛弟子と慕うウツシ教官だった。
    「あぁ我が愛弟子よ...君って子は、一体どれだけ俺を 喜ばせれば気が済むんだい里の英雄になっただけでなく、その顔も見せてくれるようになるなんてもう感激しすぎて教官泣いちゃうよぉ」
     なんて既に涙声ながら抱きしめる、そんな熱烈な抱擁を受け傷が痛んだのだろう、ハヤテは堪らず痛いと呻いた。
    その声に気付けばフゲンがウツシを引っぺがし、人混みを掻き分けてきたゼンチが傷を見せろと言ってくる、ハヤテはそれに素直に従い傷を見せれば、ゼンチはハヤテの手を引き
    「治療するから一旦家に戻るニャ、抱擁や宴はそのあとニャ」
     と人を押し退け共に彼の自宅へ向かう、その背後から
    「先に準備してるからねちゃんとご飯は残しておくから焦らずおいで」
     と、大き過ぎる声が響く。相変わらずだなとハヤテは 苦笑するものの、その顔はどこか嬉しそうだった。
     自宅へ戻ればゼンチによる診察が始まる、あれだけ激しい戦いをしたのだ、己が思っているより酷い怪我があるのではと身構えていたものの、結果は打撲や捻挫がほとんどで、一番ひどくても左腕のヒビと拍子抜けする内容だった。これにはゼンチもいくらハンターとは言え体 力馬鹿が過ぎるニャア...と感心を通り越して呆れていた 。
    打撲箇所に湿布を張り、腕に包帯を巻けば治療は終わった。するとタイミング良く宴の準備ができたとヨモギ達が呼びに来る、早く行こうと急かされ手を引かれて外へ出れば、久々に素顔で見る日差しをハヤテはやけに眩しく感じていた。
    「ハヤテさんってそんな顔してたんだね初めて見たけどどこか安心できるよ」
    「僕もそう思うな、なんていうんだろう...人柄の良さが顔に出てるっていうのかな僕も安心する」
    「なんだそりゃ...褒めてんのかまぁ、変な顔だって言われるよりマシだけどよ」
     むぅ、褒めてるよぉと頬を膨らませながら怒るヨモギをはいはい分かってるよと言いつつハヤテは撫でてやる。そうすればころりと表情を変え、ヨモギは嬉しそうに微笑んだ。それを少し羨ましそうに見ていたイオリも同様に撫でてやる、そうすればこちらも嬉しそうにはにかんでいた。本人は気づいていないが、ハヤテは意外と子供の面倒を見るのがうまい為里の子らにはかなり慕われている、その証拠に宴の場に着く頃にはかなりの人だかりができていた。
     ハヤテが集会所の中へ入ってくるなり一気に場が沸き立った、賞賛と労いの言葉が飛び交えば、あれよあれよという間に宴の中心へと通される。そこには既にフゲンやゴコク、ハモンといった顔馴染みの者だけでなく、ウツシまでもが酒を片手に盛り上がっていた。
    主役がいないのによくもまぁここまで盛り上がれるものだとハヤテは思いつつ、彼に気づいたウツシに隣に座れと促されれば素直に従った。
    「それにしても、本当に愛弟子が無事帰ってきてくれて 良かったよ...信頼していなかった訳じゃないんだ、でも 相手はここにいる誰もが対峙した事のないモンスターな訳で、そう考えるとやっぱり心配になってしまうんだよ 。だから本当に無事帰ってきてくれてよかったぁ...」
    「ウツシときたらお前が討伐に向かってからというもの 何も手に付かなくなりおってなぁ、屋根から落ちるわ団子は詰まらすわ...終いには愛弟子愛弟子と呟きながら徘徊する始末だったぞ、お前にも見せてやりたい程狼狽えておったわ」
    「さ、里長...それは言わない約束だったでしょう」
    「諦めるでゲコ、鬱陶しかったのは事実でゲコからなぁ 」
    「ゴコク殿までッ...」
     わいわい言い合う酒飲みたちを筆頭に、宴の賑やかさは勢いを増すばかりだった。あちこちで歓声が上がったかと思えば嬉し泣きする者だったり、酔ったあまり踊りだす者がいたりと本当に賑やかだ。そんな光景を見ていればハヤテの顔も自然と緩む、皆がここまで騒げるのも自分が雷神龍を討伐できたからだと、ひしひしと実感が湧いてくる。こんな時こそ酒を飲めたらどんなに気分が良いか、普段あまり酒を嗜まないハヤテでさえそう思うほどだった。
    しかし今は一応怪我人の身、当然ながら酒は飲むなとゼンチから止められている、残念に思いながら少しでも気を紛らわせようと酔っ払い共を観察することに。
     その対象になったのはウツシ、彼はそれなりに酒に強いはずだが、今日ばかりはかなり酔いが回っているように見える。里を救った英雄が愛弟子であり、公言していないが恋人なのだから羽目も外したくなるのだろう。フゲンたちに渋い顔をされながらも、未だ愛弟子談義は続いている。
     こうして各々が宴を楽しんでいれば、不意にフゲンがハヤテを呼び寄せ、婚約する予定はないのかと直球に聞いてくる、これにはさすがのハヤテも食べていたうさ団子を喉に詰まらかけた。
    「う、げほッごほ...き、急に何言いだすんですか里長 ...」
    「いやなに、英雄としてお前の名が広がれば見合い話が来るであろうだがお前に想い人がいればそういう面倒事に目を通さなくて済むからな、どうだ誰か気になる相手はおらんのか」
     そう言われてハヤテは思わず口籠る、確かに恋人はいる、見合いも受けたくないが自分が愛しているのは教官でもあり師匠でもあるウツシだ。けれどそれを暴露してしまう勇気はない、自分は男で、ウツシも男なのだ。
    こんな関係だと知られてしまったらそれこそどんな反応をされるか、下手をすれば里から追い出されてしまうかもしれない、無理やり仲を引き裂かれ代わりを宛がわれてしまうかもしれない。そんなのは嫌だ、でも素直に見合いを受けるのも嫌だ、ぐるぐると思考が纏まらずハヤテが口を開けないでいると
    「お見合いなんてだめだ愛弟子は俺のものですッ」
     酒ですっかり顔を赤くしたウツシが、フゲンとハヤテの間に割って入った。
    「誰が何と言おうが愛弟子は俺のですお見合いなんか させません」
    「ウツシ...お前がハヤテを特に気に入っているのは知っておるが、こればかりはいくら師のお前とて口出しはで きんぞ決めるのはハヤテ本人だ、いい加減弟子離れをせんか」
     若干呆れつつもフゲンはそう諭す、彼の言う通り傍から見たハヤテとウツシの関係は師弟なのだ、そんな二人が恋仲などと誰が気付くだろうか。己から注目が逸れたのをいいことに話をうやむやにしてしまおうとハヤテが考えた瞬間、ウツシがとんでもない事を口走る。
    「愛弟子と俺は恋仲です噓じゃないですよ、何度も逢瀬 を重ねたし接吻だって済ませたんですから俺という相手がいながら愛弟子にお見合いをさせる気ですか 」
     そんなの許しませんからねと、ハヤテに抱き着きながら叫べば、あれだけ賑やかだった宴の場がしぃんと静まり返る。そしてハヤテに注がれる視線、今すぐにでもこの場から逃げてしまいたい程のものだった。
    「.........今の話、ウツシの妄言ではないのだな」
     長い沈黙の中、一番に口を開いたのはフゲンであった。張り詰める緊張感と鋭い視線を二人に向ける、酔っているウツシはともかく素面のハヤテは生きた心地がしなかった。
    「ッ...は、い......で、でも、これは一時のものじゃない 、ちゃんと俺たちで話し合って真剣に考えた結果です。 男同士でも、子が生せなくても、それでも...それでも俺たちは、一緒になろうって決めました...」
      腹を決めたのか真っ直ぐにフゲンを見据え、微かに震える声ながらもハヤテは己の胸の内を伝えた。こうなってしまったら全て曝け出してしまえ、それで里から追放だなんてなったときは、その時に考えればいい。今はとにかく真剣に向き合うことがせめてもの礼儀だと、そんな思いでフゲンを見つめていれば
    「...よくぞ言った」
     びりびりと空気を震わせ、フゲンの明朗快活な声が集会所どころか里中へと響き渡った。
    「......え」
    「よくぞ打ち明けたいい加減待ちくたびれたぞ、前々 からお前たちを見ていてそうではないかと思っていたが何も報告せんからなぁ...全く、この儂を待たせるとは大した度胸だ」
     そう言ってわしわしと頭を撫でてやる、けれどハヤテは未だ状況を飲み込めずにいた。無理もない、追放覚悟で打ち明けたのを当然のように受け入れられたのだ、フゲンだけでなく他の者たちからも口々に祝福される。
    「え、ま、待って下さい怒らないんですか俺たち男同士なのに、それどころか百竜夜行が終息する前からこんな関係だったのに...」
    「なんだ、そんなことを気にしていたのか」
    「そんなことって...」
     すっかりフゲンのペースに乗せられハヤテは狼狽える、どういうことだ、これは許されたと見なしていいのかいくらなんでも寛大すぎるだろう、と未だ困惑気味だ。
    「先ほども言ったがお前たちを見ていれば誰でも分かることだぞウツシのお前の可愛がりようは師のそれを超えておるし、何よりお前もそれを甘んじて受けていたからな」
    「えっ、そんな風に見えてたんですか 」
    「無自覚とはたちの悪い...ならば教えてやろう、傍から見たお前たちは師弟ではなく恋仲そのものだ。あんなに見せつけておいて何を今更、いつ婚姻の報告に来るか気が気ではなかったぞ」
      呆れ気味にフゲンは言うが、ハヤテにとっては寝耳に水であった。あれほど隠していたのに全て筒抜けだったとは、それどころか早くくっつけとまで思われていたとは。
    穴があったら入りたい、面で隠すことのできない赤面を両手で覆いながらハヤテは切に願う。
    「お前のことだ、子が出来ん事も気にかけ言わんでおったのだろうそんなこと誰も気にせんわ誠に優秀なのは血筋などではなく本人の力だ、それはお前が誰より知っておろう」
     そうフゲンに言われハッとする、何を隠そうハヤテはカムラの子ではない、それなのに英雄にまで上り詰めたのは自身の努力と、それを支え見守ってくれた者たちのおかげだ。そんな簡単な事にどうして気づけなかったのか、じわりと胸の中が熱くなり、その熱がハヤテの檸檬色の瞳からぽたぽたとこぼれていった。
    「あ愛弟子が泣いてる...泣かせましたね里長」
    「儂のせいではないわ、まだ酔っているのかお前は」
     ハヤテの涙を見たウツシは喉をがるると唸らせフゲンを威嚇する、しかしフゲンはそれを物ともせずいい加減酔いを覚ませと脳天へ拳骨を食らわせた。
    いたぁぁい...と悶絶し頭を抱えて蹲るウツシを見ていれば、ハヤテはたまらず吹き出した。
    「ふ、はッ...いくらなんでも酔いすぎだろ、いったい どれだけ飲んだんですか教官」
    くつくつと堪えながら笑う、どこか吹っ切れた様なその笑顔はその場にいる者たちを和ませた。幼い頃から頑なに顔を隠していたハヤテが、その顔を惜しげもなく見せたどころか心の底から笑っている、その事実のなんと感慨深いことか。昔から彼を見守っていた面々はそれだけで満たされた気持ちになる、里の子でなくとも愛おしい存在に違いないハヤテを皆で撫でてやれば、照れ臭そうにしながらもはにかんだ笑みを見せた。
     しかしこれを嫉妬の目で見る人間が一人いる、ウツシだ。トラウマを自ら克服し何もかもを打ち明けた姿は涙が出そうなほど美しい、けれど恋人であるウツシですらあまり見られない笑みを皆に向けられれば、嫉妬心が湧き上がるのも当然だ。今までは体制を気にして大っぴらに独占できなかったが今は違う、子供じみた嫉妬を隠すことなく剥き出しにすれば、ウツシは皆から撫でまわされているハヤテを己の腕にしまい込む。
    「もう撫でるのはお終いハヤテは俺のなんだ、そろそろ 返してもらいますよっ」
    「ウツシの奴とうとう本性を現したでゲコな、いやぁ愉 快愉快」
    「ゴコク様、これは笑い事ではありません恋仲なのは認めますが、それにかこつけてハヤテさんを独り占めするなんて許されないことです」
    「えぇ、ヒノエ姉さまの言う通りです。ハヤテさんは皆にとって孫のような存在、それなのに恋仲だからと独占するのはお門違いですよウツシ教官」
      やいのやいのとまた騒がしくなる、あちらへ引っ張られこちらへ引き戻される大騒ぎになったが、中心のハヤテはそう悪い気はしていなかった。
     しかしどうしてもハヤテを独占したいウツシによってその心境は変わることとなる。ハヤテは誰にも渡しませんと叫び皆が見ている前で勢い良く接吻を食らわせたのだ。これには流石に周りの者たちも呆気にとられ、ハヤテも何が起きたのか分からず固まる。けれど状況が飲み込めれば顔を真っ赤にさせウツシを引き剥がし、このすけべと叫んでパァンッと小気味良い音を響かせ引っ叩いた。それを食らえばウツシは頬を押さえ蹲って悶え、これを見ていたフゲン達は自業自得だと冷たい視線を送る 。
    一方のハヤテは未だ顔が赤いまま、急に公衆の面前で接吻されたのだそうなってしまうのも仕方ない、もう口も聞かねぇと捨て台詞を吐けばヒノエ達の所へ避難する。残されたウツシは随分情けない声で引き留め謝っていたが、宴が続く間は口を利いてもらえず、悲痛な声が終始ハヤテの背後から響いていた。
     そんな宴から早一週間、持ち前の回復力の高さでゼンチを呆れさせながら、ようやく明日からの狩猟復帰を許された。その為今日が終わればまた暫く休暇とはおさらばだ、狩りが始まれば次はいつ休めるかもわかったものではない。現に英雄となったハヤテ宛ての依頼が溜まりつつある、これから増えることも考えれば短くても一か月は狩猟漬けの日々になるだろう。
    しかしハヤテはさほど気にしておらず、むしろ久々に体を動かし心ゆくまで狩りができると喜んでいた、さすがはウツシの愛弟子というところだろうか。
      そんな訳で、ハヤテは最後の休暇を楽しむため集会所へと向かっていた。なんでも今日は少し遅めの花見があるらしく、百竜夜行より開放されて初めての花見ということもあって皆浮足立っている。元々この里に住まう者たちはお祭り騒ぎが好きなのだ、夜行の最中であっても軽い宴会をする程に。ハヤテもあまり酒を飲まないとはいえ、宴の雰囲気は好きである、こういう所で自分と里の繋がりを感じ少し嬉しく感じた。
      まだ集会所には距離があるというのに、喧騒がこちらにまで聞こえてきた。この様子だと既にどんちゃん騒ぎなのだろうなと思えば進みが早まる。ふとそこで、こんなに賑やかにも関わらず、いつもの場所でいつものように見張りをする人影がハヤテの目に入った。
    折角の花見だというのにご苦労なことだ...そう思うものの声はかけず集会所に入る、しかしすぐ外に出たかと思えばその手には包みを持っており、そのまま雷狼竜を模した面を付けながら見張りをしている者、恋人であるウツシの所へと翔けた。
    「わざわざこんな日まで見張りですか」
     足場の不安定な屋根の上にも関わらず、落ちることなく綺麗に着地すればそう声をかける。
    「君こそわざわざこんな日に俺のところに来てるじゃないか、今日はお花見だよ俺のことはいいから行っておいで」
     こっちは仕事だから気にしないでとウツシは言う、恋人相手に随分な言いようだ、休みでなければ語らうこともできないのかとハヤテは不満げに視線を送る。
    「仕事だとしても休憩ぐらいはできるでしょう、それとも恋人からの差し入れも食べられないくらい忙しいんですか」
     そう言いながらハヤテはウツシの隣に腰掛ける、これにはウツシもぐぅの音も出ず、降参したように腰を下ろした。それを見届ければハヤテは持ってきた包みを開け、花見用に拵えられた三色団子をウツシに一本差しだす。
    「それにしても...今日はまた随分賑やかですねただの花見なのに」
      団子を一口齧りながら、ハヤテはどんちゃん騒ぎの集会所を見下ろす。
    「まあ百竜夜行が収まってから初めての花見だからね、皆浮かれるのも仕方ないよ、それだけ平和になったってことさ」
     こちらも団子を頬張りながら随分平和そうに話す、恋人が傍にいるというだけで嬉しいのか、ウツシの表情はなんだか穏やかだった。
    「そういうもんですかね...」
    「そうだともそれに里をここまで平和にしたのは他でもない君だよ今思い出しても涙が出てくるよ...君が討伐を終えて帰ってきてくれた時、本当に嬉しかったんだ」
     あの時はドタバタしていて伝えそびれちゃったんだけどねとウツシは慈しむような視線を向け、優しくハヤテの頬を撫でる。以前ならば慌ててやめろと言っていたものだが、関係が周りに知られて以降それを人前でも甘んじて受け入れるようになっていた、ウツシにとってそれは何よりも嬉しい変化だった。
    「...ふふっ」
    「ん...何笑ってんですか」
     ウツシの笑い声が聞こえたのか、ハヤテはむすりと表情を歪ませる。
    「あぁごめんごめん、つい嬉しくて...前までこんな風に撫でさせてくれなかっただろう今みたいな時間帯は特に」
    「...そういえばそうでしたね、お望みなら前みたいな対応しますけど」
    「えっ、待ってお願いそれだけは勘弁して...」
    「俺まだ許してませんよ、結果として受け入れられたけどあんな急に関係を明かすことなかったじゃないですか、しかも皆が見てる前で」
     教官は酔ってて覚えてないかもしれないですけど俺本当に恥ずかしかったんですよと口を尖らせ不満げに言う、その表情のなんと愛らしいことか、たまらず抱きしめてしまいそうになるのをウツシは堪えた、彼にしては理性が働いた方である。
    「あー...そのことなんだけどね覚えてるんだ実は、というかあそこで暴露したのはむしろ皆がいたからだよ」
    「......はい?」
    「だっていちいち言って回るのは骨が折れるだろうそれに皆お酒が入って浮かれてたし、何とか受け入れてもらえるかなって」
      衝撃の事実を告げられハヤテは開いた口が塞がらない、かと思えば
    「.........はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉」
    オトモ広場で休んでいたフクズクすら慌てて飛び立つほどの大声をあげる。
    「待ってくれ、ていうことはあれか何もかも計算ずくであんな事言ったって訳か」
    「う~ん...まぁ、そうなるかな」
    「あんたなぁ‼」
     つい言葉が荒くなってしまう程驚嘆しハヤテは怒りを露わにする、話が聞こえていた里守達が気の毒に思うくらいの叫びだった。
    「ご、ごめんてあの状態なら断られないかもって考えたら止まらなくなっちゃって...本当にごめんこの通り」
     そう大げさに土下座し頭を下げるがハヤテの怒りは収まらない、むしろ火に油を注ぐだけだった。
    「そんなんで許すと思ってんのかこの馬鹿教官失敗したら一生面倒見るつもりだったくらい言え」
    「えっ、そんなの望むところだけど...いいの」
     思いもよらない言葉にウツシはポカンと呆気にとられる、一方のハヤテは見事な墓穴を掘ったらしく、これでもかと顔を真っ赤に染めていた。
    「い、今のは違うそういうことを言いたかったんじゃなくて、もっと誠意を見せろって話で、その......うぅ... そ、そうだよ...俺は教官以外と添い遂げる気なんてこれっぽっちもねぇんだよ、悪いかッ...」
     これは言い逃れできないと悟ったのか、今度はやけくそになったハヤテの声が響き渡った。こんな熱烈な告白 をされて誰が喜ばないというのか、ウツシはあまりの嬉しさに声が出ず、よろよろと立ち上がり近づけば何よりも愛おしく思う番を力一杯抱きしめた。ぐえっとハヤテ の苦しそうな声が聞こえたが、お構いなしに抱きしめ続ける。
    そんなウツシの態度に最初は抵抗していたハヤテもどうしたのかと動きを止めた、ここまでウツシが静かなこと今まであっただろうか。
    「教官...どうしたんだよ、急に黙って...」
      それでもウツシは答えない、代わりに肩へぐりぐりと頭を押し付けてくるだけだった。
    「......まさか泣いてんのか」
    「...そこは見逃して欲しかったなぁ...」
     ぐす、と鼻を鳴らしながらようやく口を開く、けれどその声は若干涙声で、本当に珍しい状況だった。
    「教官も泣くことあるんだな...明日は双剣でも降ってくるんじゃねぇの」
    「だって、俺と添い遂げたいなんて言われるとは思はなかったから、嬉しくて...」
     そんなことで泣くのかこの人は、とハヤテは驚きを隠せなかった。それと同時に愛おしさがこみ上げてくる、いつもウツシが己に可愛いと言ってくる気持ちが少しだけ分かった気がした。
    「なんだよ、普段から一生離さないみたいなこと言ってるくせに...今更だろ」
      俺は何があってもあんたの傍を離れる気はねぇよと、顔を上げさせたウツシの頬を優しく撫でればそう言ってやる、自分が伝えられる最大限の気持ちを込めて。
    「......ほんとに、一生傍にいてくれる」
     まるで何時ぞやの、ハヤテが初めて想いを伝えた時のような台詞を、今度はウツシが吐いていた。
    「当然だろ先に離さないって言ったのはあんただウツシ」
     そっと額を合わせながらハヤテは優しく囁いた、鼻先が擦れ合うほど近づけばようやくウツシは微笑む。
    やっぱりあんたは笑うのが一番似合ってる、その太陽みたいな笑顔で救われたのは一度や二度じゃない、けれどそれをハヤテが面と向かって言えるようになるのはまだ先のことだろう。
    「そっか...そうだったね、俺が先に言ったんだものね...それならちゃんと責任を取らなきゃ......愛してるよハヤテ。この命尽きるまで、君の傍にいると誓おう」
    「そうこなきゃな、俺も愛してるぞウツシ。離れる気なんてこれっぽっちもねぇから」
     そうして想いを言い合えば二人は再び抱き合った、人目も気にせずそのまま軽い口付けも交わせば、幸せそうにふくふくと笑いあった。
    カムラの里に春が来る。
    英雄のもたらした春が。
    ハヤテ達にとっての春が。
    桜の花弁を纏った春風が里を包み込み、彼らの行く末を祝福するように暖かな空気を運んでいた。

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